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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第二章 下層
22/44

22.嘘

 次にアルマが目覚めた場所は闘技場の控え室でも自室でもなく、知らない部屋のベッドの上だった。

『アルマ! 目を覚ましたのですね』

「ミコ……」

 ミコの声。良かった、側にミコがいたことに安堵を覚えながらベッドから起きあがろうとすると、アルマの全身に激痛が走った。

「うっ……!」

『無茶な動きをしたせいであなたの身体は激しく損傷しています。しばらく安静にしていなければなりません』

「……試合は?」

『あなたの勝利です』

「そう……なら良かった」

「良いわけあるか」

 ミコよりもう少し高い位置から聞こえた別の声。痛みを堪えながらゆっくり首の向きを変えると、開いたドアの奥から顔を出していたのは予想通りサルガドだった。

「どうしてサルガドが?」

「ここは俺の家だ。ミコから連絡があって、お前をここまで運んだんだ」

 試合が終わった後、意識を失ったアルマは救護ロボットによってすぐさま控え室へと運ばれた。怒りによって肉体のリミッターを外し、限界を遥かに超えた力で一撃のもとベンを倒したアルマは、その反動によって甚大なダメージを受けていた。幸い生命に別状はなかったが、手足を持たないミコだけではどうすることもできず、やむなくサルガドに協力を求めたのだった。

『信頼できる人間はサルガドしかいませんでした。助けていただいて感謝します』

「色々言いたいことはあるが……ひとまず無事で何よりだ。リリアも心配していたんだぞ」

「リリア……」

 アルマが意識を失ってここまで運ばれたことを、リリアも当然知っているだろう。危ないことはしないと約束したのに、私はそれを破ってしまった。

「リリア! リリア!」

 サルガドがドアの向こうへ呼びかけるが、反応は返ってこない。

「どこかへ出掛けているのかもしれん。アルマが目を覚ましたことは帰ってきたら俺が伝えておこう」

「ありがとう、サルガド」

「ああ。とりあえず、今はゆっくり身体を休めておけよ」

「うん」

 サルガドが部屋を後にすると、アルマは深くため息を吐いた。リリアに謝りたい気持ちと、顔を合わせなくて良かったという気持ちがせめぎ合っている。そわそわと落ち着かない感情を抱えながらも、肉体の限界を超えたことによる極度の疲労と睡魔には抗えず、アルマはすぐにまた眠りに落ちた。

 それからアルマは何度か目を覚ましては眠ってを繰り返し、いつの間にか窓の外はすっかり暗くなっていたが、結局リリアは一度もアルマの部屋に顔を見せることなく、眠っている間に訪れた形跡もなかった。


『アルマ?』

 アルマがベッドから起き上がり部屋を出ようとしているのに気付き、スリープ状態を解除したミコが飛び上がって声をかける。

『あなたの身体はまだ本調子から程遠い状態です。お腹が空いたのでしたら、私がサルガドに食事の用意をお願いしてきます』

「ううん。リリアに、嘘を吐いてしまったことを謝りに行く」

 アルマがそう言うと、ミコはしばし考え込むように沈黙した後、ひとつの質問をした。

『……アルマ。今回の一件を経て、あなたの目的に変化は生じましたか?』

「塔の上を目指す目的に変わりはない」

 迷うことなく答えるアルマ。

『では、リリアに謝っても意味がないのでは?』

 中層へ行くには通貨が要る。そして下層民が大量の通貨を得るためには、闘技場に参加するしか方法はない。今回のように、またそれ以上の危険に晒される可能性も十分に考えられる。

「わかってる。それでも、私はリリアに伝えなければならない」

 その問いかけにも、アルマは迷うことなくきっぱりと言い切った。それ以上ミコは何も聞かず、黙って部屋の外へ向かうアルマの後をついていった。


 激しく痛む身体を引き摺りながら、ゆっくりとした足取りで階段を降り、廊下を抜けて1Fの店に入ると、すでに酒盛りを始めていた何人かの客がアルマの姿に気付いた。

「どうしてアルマが店の奥から……って、大丈夫か?」

 壁に手を当て苦しそうな表情のアルマを心配して声をかける客たち。しかしアルマの耳に声は届いておらず、その目はただ一点を見つめていた。その先にあったのは、驚きと困惑で固まっているリリアの姿。

「リリア……」

 アルマがリリアのもとへ向かって歩き出すと、リリアは持っていた食器を運ぶトレーを放り出し、店の外へ駆け出していってしまった。金属製のトレーが床に落ちて甲高い音を立てる。

「リリア、待って!」

 急いで追いかけようとした足がもつれ、アルマが転倒する。酒場の客が慌てて助けに入ろうとするが、サルガドから「手を出すな」と制止され、アルマは自力で立ち上がり、再び壁やテーブルで身体を支えながら歩き出した。静まり返る店内の誰もが心配そうにアルマを見つめている中、どこからともなく声が聞こえてくる。

「アルマ、がんばれ!」

「リリアのところまであと少しだ!」

 足に力が入らず膝をつきそうになるのを、何とか踏ん張って耐え、次の一歩を前に出す。誰かの応援が自分にこれほどの力をもたらしてくれるということを、アルマは生まれて初めて知った。

 声援に背中を押されるようにしてアルマは店の入り口まで辿り着き、ドアを開ける。その先で、涙を堪えているような、とても苦しそうな表情のリリアがアルマのことを待っていた。

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