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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第二章 下層
21/44

21.不正

「明らかな不正行為。これでは賭けなど成立しない」

「ようやく気付いたか。だが今更お前が訴えたところで、どうにもならねえよ!」

 ベンの攻撃を回避すると同時にアルマがブレードを叩き込む。だが防刃カバーに覆われたブレードではベンの硬い装甲に傷ひとつさえも付けられない。衝撃の反動を利用して再びアルマがベンから距離を取ると、観客席からブーイングが聞こえ始めた。

「逃げてないで戦え、この臆病者が!」

「俺たちは派手な試合が観たいんだよ!」

 この程度の挑発に乗せられるつもりはまったくないが、このまま逃げ続けていても埒が明かないのも確かで、いずれ疲労とともに動きが鈍くなったところを捕えられるのを待つばかりだろう。だが今のアルマが、ベンの強固なMI装甲を破壊しダメージを与えるのは不可能に近い。どうすればこの状況を打破できる?

「つまり、闘技場側もあなたの味方だということ?」

「金さえ払えば大抵のことは目を瞑ってくれる運営様でな。おかげでずいぶんと美味しい思いをさせてもらってるぜ」

「……あなたは、中層に登るために闘技場に参加しているのではないの?」

 会話を引き延ばして時間を稼ぎながら、アルマは脳のMIをフル回転させる。だが一向に打開策は思い浮かばない。

「ハッ、中層の底辺で足掻くよりも、ここで馬鹿な中層民から金を巻き上げる方が楽に稼げるのさ。俺はな、一攫千金を夢見てノコノコ俺の城にやってくるお前らみたいな馬鹿どもに現実を教えてやるのが趣味なんだ。お前もサルガドと同じように、二度と俺に逆らおうなんて思わねえようにしてやるから、覚悟しな」

 ベンの聞くに堪えない汚い言葉の中の、ある一言にアルマの耳が激しく反応する。

「サルガドにも、私と同じことをしたの?」

 激しく稼働していたアルマのMIがぴたりと回転を止め、急速に頭の中が冷えていくのを感じる。

「あいつは特に生意気だったから、ちょいと懲らしめてやったのさ。何だ、敵討ちでもするっていうのか?」

 ああ、そうだったのか。この男のせいでリリアの母親は。サルガドと交わした会話を反芻しながら、激しい怒りによってアルマの拳が震え出し、全身が熱を帯びていく。だが頭の中のMIだけは、排除すべき目の前の敵を冷静に見据えていた。

「いいぜ、やれるもんならやってみな!」

 時間稼ぎに痺れを切らしたベンが、叫びながら突進を繰り出す。アルマは大きく息を吸い込むと、その場から動くことなくベンに銃口を向け、吐き捨てるように言った。

「覚悟するのはテメエだ、クソッタレのチキン野郎」


 闘技場内に響き渡る絶え間ない銃声。しかしベンの足は止まるどころかさらに勢いを増してアルマに迫ってくる。目にも止まらぬ早撃ちの後、アルマはすぐさま銃を腰に収め、反対側のブレードの柄に手を当てた。

「いざ尋常に……参る!」

 アルマはそう叫ぶと、あろうことか突進してくるベンの巨体に向かって自ら飛び込んでいった。懐に潜り込み腰のブレードを引き抜くと、厚い装甲に覆われたベンの身体に思い切り叩きつけた。

 馬鹿め、カバーの付いたブレードで鋼鉄を斬れるわけがない。動きが止まったところを捕まえて終わりだ。ベンがアルマの身体に向かって両腕を振り下ろす。しかし、どれだけ力を込めても腕がまったく動かない。なぜだ、まさかまたこの前のように装甲のMIプログラムを書き換えたのか。しかし、あの小さなMIロボットは試合会場のどこにもいなかったはずだ。

 ベンが動かない自分の腕に視線を向け、驚愕の声を上げる。

「な……!?」

 アルマが放った銃弾が装甲の関節部分の僅かな隙間に挟まり、それが噛むことで動作が阻害されている。しかも両腕とも寸分の狂いなく。無理やり動かして銃弾を砕こうとしたが、柔らかいゴム銃弾のせいでそれも出来ない。まさか、そこまで計算してこれを狙ったのか?

 次の瞬間、ベンの腹部に鈍い衝撃が走る。恐る恐る視線を下に向けると、アルマが握っているブレードがベンの上半身を守る装甲を叩き割り、その奥の肉体まで刀身を届かせていた。馬鹿な。防刃カバーが装着されたブレードで鉄が斬れるはずがない。つまり、力だけで無理やり装甲を破壊したというのか、この細い腕で?

「や、やめろ……!」

「はああああああっ!!」

 全身全霊の力を込め、アルマがブレードを横一閃に振り抜く。

「が……あ……っ!」

 砕け散った装甲の破片とともにベンの巨体が円形の舞台の場外まで吹き飛び、凄まじく大きな地響きを立てて落下した。誰もが予想していなかった目を疑う光景を前に、しんと静まり返る観客席。実況兼審判を務めるアンドロイドがベンのもとへ駆け寄り、意識がないことを確認すると、高らかに声を上げた。

『勝者、アルマ・シュナイダー!!』

 その宣言と同時にアルマの全身から力が抜け、思わず地面に膝をつく。なんとか立ちあがろうとするが踏ん張りが効かず、そのまま前のめりに倒れ込んでいくのを止められない。

『まさかの大番狂せ! あのベン・ウォードックが初参戦の新人に敗北を……』

 実況の甲高い声と観客席から湧き上がる不穏なざわめきを遠くに聞きながら、アルマは眠るようにゆっくりと目を閉じ、意識を失った。

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