15.新居
諸々の説明を聞き終え、管理局を後にしたアルマたちの前に一台の車が停止する。車輪が四つ付いているので間違いなく車ではあるのだろうが、その造形はアルマの記憶にあるそれとは大きく異なった、ひとつも角ばったところのない美しい流線型をしていた。
いったいどうやって乗ればいいのかとアルマが考えていると、車体の中央あたりの外装が上に開き、その中に座席らしきものが見えたため、恐る恐る乗り込んでいった。自分たちが乗ってきたものとは比べ物にならないほど柔らかいシートに座ると、ドアが自動で閉じられ音もなく車が発進し始める。
『ウォルターに感謝しなければなりませんね』
これからアルマたちが暮らす住居に向かう車中でミコが呟く。この車もウォルターが手配してくれたものだ。前方を覗き込んでみるが、そこには壁があるだけで、運転手の姿はどこにもなかった。そもそも人間が収まるようなスペースもなかったので、MIの制御による自動運転なのだろう。確かに全ての車がMI化されているなら人間が運転する必要はなく、むしろ事故の可能性を高めるだけだ。
管理局までの道中でも巡回警備や道路清掃など、至るところでMIロボットを見かけていたため、どうやらこの塔では荒野よりもずっと、MIロボットが身近な存在であるらしい。だからサルガドもミコを見たときに驚かなかったのだろう。
しばらく道路を進み、地区の境界を示す大きな看板を越えて東地区に入ると、窓から見える風景がそれまでと少し変化しているのに気付く。南地区は大通り沿いにある程度整然と建物が並び、食べ物や雑貨を売る商店も多いせいか行き交う人で賑わっていたが、東地区は建物の密度が高くより雑然としている。南地区が商店街なら、東地区は住宅街にあたるのかもしれない。人通りが少ないのも、街中か働きに出ている人が多いからだろうか。
こうして意思に関係なく雨霰のように降り注ぐ未知の情報を整理し脳の記憶領域に収めていく作業を、アルマのMIは塔に足を踏み入れてから今まで、絶え間なく行い続けていた。
久しぶりに自分で運転する必要のない快適なドライブを経て、無事に車はアルマたちの住居へ辿り着いた。降車して建物を見上げる。そこは4階建てのアパートメントで、それなりに年数は経っているが周囲にはあばら屋のような簡素な家も多い中でコンクリート製の上等な造りをしていた。ここでもウォルターが気を回してくれたのだろう。
4階まで階段を登り、指示された部屋のドアにキーを入れ回転させる。カチリと錠が外れる音がして、ドアノブを捻ると、新たな家主を招き入れるように音を立ててドアが開いた。
室内に入り、間取りを確認する。と言ってもトイレ、バス、キッチン、そして部屋がひとつのワンルームなのであっという間に終わった。ベッド、ダイニングテーブル、冷蔵庫、洗濯機など必要な家具も予め揃っていて、それほど広くはないものの、アルマとミコが暮らす分には十分すぎるほどだった。
「ここが私たちの部屋……」
改めて室内を見渡すと、アルマの車に載せていた荷物が箱詰めされ部屋の隅に積まれていた。そういえば、最後にミコが充電を終えてからかなり時間が経っている。そのことに気付いたアルマが発電機を探すが、どの箱の中にも見当たらない。
『不要と判断し、廃棄されたのでしょう。発電機がなくても、この部屋にはすでに十分な電気が通っていますから』
ミコはそう言うと、コンセントの場所まで移動してプラグを挿し、自ら充電を始めた。その瞬間、アルマは強烈な不安を感じ、左右の腰に下げたジェニィの銃とキスケのブレードに手を当て強く掴んだ。
MIは物理的に破損するか強制的に削除しない限り、一度見聞きした物事を決して忘れない。失うことはないとわかっているのに、ジャックが整備した車両や博士が直した発電機がもう二度と戻らないことに気付いたとき、アルマは自分の中から彼らの存在がどこかへ消えてしまったような喪失感に襲われた。
もしこの銃と剣を失ったら、私は。部屋に備え付けられたコンセントの側でスリープ状態になっているミコを見つめながら、アルマはもう一度ジェニィの銃とキスケのブレードを強く握り締めた。
「う……ん……」
ぼやけた視界に、白い天井と照明の光が映る。起き上がると、そこはベッドの上だった。そうだ、私も少し仮眠を取ろうとベッドに横になったんだと思い出す。
『おはようございます、アルマ。といっても、もう夕方ですが』
ミコはすでに充電を終え、スリープモードから復帰していた。窓の外はもう暗くなりかけている。かなり長い時間眠ってしまっていたようだ。人工的に再現された空なのに本当に夜になるんだと、そのリアルな再現度に改めて驚く。
『車に積んでいた食糧がまだ残っていますし、今日の夕食はそれで済ませて、明日から本格的に動き出すことにしますか?』
アルマのお腹が鳴ったのを聞いて、ミコが提案する。確かに最後の食事は塔に入る前だったので、かなり空腹の状態だ。長旅を経て疲れも溜まっているし、ミコの指示に従って今日は早めに休もうか、そう考えたところでアルマがふと思い直す。
塔の下層に降り立ってから、アルマの中にこれまでとは違う自覚のようなものが芽生え始めていた。『これからどうするのか、アルマ自身が決めなければならない』とミコは言った。だがそのために、この塔について、人間について、MIについて、その狭間にいる自分について、アルマは知らないことがあまりにも多すぎる。
だが幸いにも、ここは荒野と違って数えきれないほどたくさんの人間とロボットが存在している。まず私がするべきなのは、彼らとの交流を通じて様々な知識と経験を蓄え、MIの思考能力をさらに深化させていくことに他ならない。
寝惚け眼でぼんやりしていたアルマが、突然立ち上がる。そうだ。「交流」なら、うってつけの場所があるじゃないか。
「サルガドのお店に行こう」




