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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第二章 下層
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14.管理局

 管理局の建物の中に入ったアルマが最初に感じたのは、「本当に同じ時代の同じ場所にある建物なのだろうか」ということだった。それくらい、管理局の中と外では文明のレベルにあまりにも大きな隔たりがあるようにアルマには感じられた。

 管理局内の壁や床、天井はもれなく外壁と同じ光沢を放つ未知の素材で覆われており、軽く指で叩いてみただけで、キスケのブレードでも傷ひとつ付けられそうにないほどの強度を有していることが分かる。

 室内を見渡してみると、正面にある壁と同じ素材の受付カウンターとその奥に立つ女性、そして部屋の左右両側の壁にじっと立ったまま動かない、塔の門番が普通の人間サイズになったような機械装甲を纏う兵士の他には何も存在しない、極限まで無駄な装飾が削ぎ落とされた空間が広がっていた。

 ほぼ暗闇の中だったため周囲の状況をしっかり把握できていなかったが、おそらく最初に塔へ入って下層地帯に至るまでに歩いてきた通路も似た造りをしていたのだろうと思う。アルマの数少ない経験からここと似た場所を挙げるとするならば、コロニー地下のシェルター内、貯蔵されていた肉などの生鮮品を全て片付けて空っぽになった後の冷凍室だろうか。

 対して下層地区の街並みやそこで暮らす人々の様子は、荒野と同じとは言わないまでも、実のところそこまで大きな違いがあるとは感じなかった。おそらくもっと生活する人が多く、機械獣の脅威に晒されていなければ、荒野も今の下層地帯と同じような環境だったのではないだろうか。

『こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか』

 カウンターの前まで進むと、受付の女性がアルマに用件を訊ねてきた。アルマに似た絹のようなブロンドの髪は美しく整えられ、ボディラインにぴったり合わせて仕立てられた紺色の制服には汚れやしみどころか皺のひとつさえ見当たらない。ここまで案内してくれたサルガドの、着古したシャツに破れたジーンズという出立ちとはあまりにもかけ離れている。

 だが、何より決定的な違いは、彼女がMIの搭載された人型ロボット(アンドロイド)であることだった。一見すると人間の女性としか思えないが、瞳孔から覗く人工的な光やこめかみのあたりに僅かに見えるメンテナンスプラグの挿込口が、彼女の身体が紛れもなく機械であることを示している。アルマは人体にMIチップが埋め込まれているため、メンテナンスの際は生体電流を介した特殊な方法を用いる必要があるが、機械ならその必要はなく、直接プラグを挿し込めばいい。

 つまり、今現在確認できる限り、この建物の中にはアルマを除き純粋なロボットしか存在しないということだ。


『私たちの住居についてお聞きしたいのですが』

 アルマに代わり、ミコが人間に対するのと同じ態度でアンドロイドの受付女性に訊ねる。

『アルマ・シュナイダー様とサポートロボットのミコ様ですね。ウォルター・ブラッドより話を伺っております』

 彼女はすぐに状況を把握し、にこやかな笑みをもって答えた。ウォルターが言っていた通り、すでに諸々の手配は済ませてくれていたようだ。説明によるとアルマたちの住居は東地区にあるらしく、すでに荷物もそこへ運んでくれているらしい。ただし、塔の中で人間が車を運転するのは禁じられているため、乗ってきた車は廃棄するしかないとのことだった。

『廃棄した車両は塔全階層共通の通貨に換金させていただきました』

 そう言って受付係はカウンターの下から一枚のカードを取り出し、アルマに手渡した。

『この塔では下層の住民にも最低限の衣食住は保証されておりますので、必ずしも勤労の義務はありません。ただ、それ以外に何か欲しいものを購入したり、サービスを受ける際はこの通貨が必要になります』

 通貨を使用する場合はこのカードを出せば自動で必要な代金を支払ってくれるらしい。ジャックが丁寧に整備してくれたおかげで何とか故障せず塔まで持ち堪えたあの車にそれほど高い価値があるとは思えないため、なるべく通貨は節約したほうが良さそうだ。

 だが『最低限の衣食住が保証されている』ということは、何もしなくてもひとまず下層地帯に留まり続けることは可能なのだろう。それに、まだ短い時間ではあるが下層地帯を歩いてみて、荒野より安全であるのはおそらく間違いない。この塔を出てわざわざ危険な荒野へ戻る必要は今のところ感じられなかった。それならば。

「塔の上へ登るために、何か必要なものはありますか?」

『はい。下層民から中層民へ上がる資格を得るためにも、通貨が必要になります』

 なるほど、労働の対価として通貨を得て、自身の位置する階層を上げていく。わかりやすいシステムだ。そして、MIで動くアルマにとって人間のために働くことは至極当然のことであり、少しも苦にならない。

 当面の目標は定まった。そう思い話を切り上げようとしたアルマに、アンドロイドの受付係がもうひとつ新たな事実を付け加える。

『ただ、一般的な労働で許可証を得られるだけの通貨を得ることはほぼ不可能です』

 その言葉の意味を処理しきれずアルマの動きが止まる。なぜなら彼女の言う『一般的な労働』がどこまでの範囲を指しているのか、今のアルマが持つ知識では判別できないからだ。

「では、どうすれば必要な通貨を得られますか?」

 アルマの問いかけに、受付係は柔和な笑みを少しも崩すことなく答えた。

『持っている通貨の額は、その人物がこの塔にとってどの程度希少で有用な価値を持つのかを示すものでもあります。それを証明する最も手っ取り早く、そして確実な方法は『闘技場』で活躍し、名声を上げることです』

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