六話:ここを出ろ
「簡単にやられないでね?」
女がそう言った瞬間、ルティラとヴェンをとらえようと茨が地面から生える。
「なめんな!」
しかし、その茨はすぐにヴェンの戦斧によって断ち切られる。
「ふむ……身体強化……2重か。本来、身体強化魔法を使っている者に、更に身体強化魔法をかけることは不可能なはずなのだがな……なぁ、ルティラ・ツェルンよ」
「ふん、貴方と話すことなんてありませんわ!」
「ちょっとちょっと!何2人で話して納得してんの!ボクも忘れないでねっ!」
女はルティラに一瞬で距離を詰め、刀を振り下ろす。素早く、鋭い一撃。しかしそれをルティラは防御結界で防いだ。その隙にヴェンが女に切りかかる。
「おらっ!」
が、しかしその戦斧は女に届くことは無かった。
「俺も魔法は使える。忘れてもらっては困るな」
悪魔族の男がそう言うと、ルティラとヴェンの地面に赤黒い魔方陣が浮かび上がる。
「「っ!」」
それに当たればただではおかないと2人は本能で悟る。できる限りの対策を。そう思い、ルティラが結界を張るが、その隙に悪魔族の男が別の魔法が2人を襲う。
「くそっ!!」
ヴェンはルティラに体当たりし、魔方陣の外に突き飛ばした。その瞬間、大きな1本の棘のような火柱が天へと昇る。
「あつっ!」
「づぁ!!!」
ルティラは攻撃は当たっていないが火柱の熱気に、ヴェンは火柱に当たってしまい、左腕に痛みが走る。
「クロムッ!ボクに説教しておいてキミだって殺しかけてるじゃん!!」
「すまない。加減を間違えた。ただ……お前がいるからまだいけるだろう?ルティラ・ツェルン」
そう言って悪魔族の男はルティラを見る。
「っ……」
ここで回復しない選択肢はない。だが、あの悪魔族の2人がルティラ、そしてヴェンを”計画”に必要と言い、何もしてこないということを踏まえれば、ルティラとヴェンが万全の状態にあることに理由があるのだろう。ルティラがそう考え、ヴェンに耳打ちする。
「回復します。ただ、回復をしながらリスタがいるであろうあの宿屋に走りますよ。全力で」
それを聞き、ヴェンはコクリとうなずく。
「ねぇまだ回復しないの?もうちょっとキミたちと遊びたいんだけど~!」
刀を持った女が退屈そうにそう言った瞬間。ルティラとヴェンは走り出す。
「あ、逃げた!んもう!クロムがあいつらのことを拘束しないからだよ!!」
「お前が押さえておけばよかっただろう?だが、まぁいい。どこへ行こうと俺たちからは逃げられないのだからな」
* * *
「そう、何もないのだよ」
リスタの前からそんな声が聞こえてきた。声の主の姿は1度見たことがある。少し小太りで、ギラギラとした瞳。すべての指には宝石があしらわれた指輪をはめている。昨日、この町を出ようとしたときに見た。
「あなたは……この町の領主様ですか?」
「そう。私が領主。オーブル・モーシュ」
そんなことを言いながらオーブルという男はリスタの前まで歩を進める。
「あなたのその口ぶり。何か知っているのですか?」
「知っているかもしれないし、知らないかもしれない。どちらだと思う?」
「証拠などを含め、考えるのならば、あなたは何も知らないことになりますが、私の直感としては、あなたが何かを知っているのは確実ですね。この空間魔法はあなたが開いたものなのでしょう?私やマリーさんを閉じ込めて何がしたいんですか?」
そんなことを話していると、突然オーブルの後ろに蜃気楼のような空間の歪みが生じ、そこからフーちゃんが出てきた。
「ふん……獣殻……ネズミに毒されおって」
その時、オーブルの指にはめられている指輪の2つがきらりと光った。その瞬間地面が変形し、岩でできた巨大な槍がフーちゃんに突き刺さる。
「無駄だ。こやつの攻撃は私には届かん」
「っ!獣殻!」
そう言われるが、マリーはもう一度フーちゃんを召喚し、攻撃を仕掛けさせる。
「無駄だと言っているだろう」
「……ァォゥ…………」
「マリーさん!」
「とめないで!!!」
そう言うマリーの目には憎悪が、ドロドロとすべてを吞み込まんとする憎悪が宿っていた。
「私は魔力を一切使っていない。なのにお前はどうだ?獣殻を呼び出すたび、何かが引きちぎれそうな痛みが走るだろう?」
「なっ?!マリーさん!やめて!」
「だが、憎いんだろう?お前の母親が、この私の手によって殺されたことが!!」
「!!」
「マリーさん!」
「あの女の最後の言葉を教えてやろうか?」
ニヤニヤとしながらオーブルがマリーを見る。だが、その目はすぐに驚きの目に変わった。
「うっ……」
リスタはとっさにマリーの首に手刀を食らわせ、マリーを気絶させてしまった。
「ふむ……仲間割れかな?」
「こうしておいた方がいいかと思いまして……」
「……君は奇妙な人間だ。さすがに驚いたぞ」
「……心に従ったまでですよ」
すでにリスタの右手には真っ黒な鎌が握られ、それはオーブルに向けられていた。
「ふん、俺を殺そうというのか?」
「殺す……ですか……」
その瞬間、リスタはトンッと地面を軽く蹴る。だが、それだけでリスタはオーブルを射程に収める。
「目的は、脱出です」
シェリルオーラの黒鎌をオーブルが身に着けている指輪目掛けて振るった。
「!」
それを防御しようとしたのか、指輪が一瞬だけきらりと光った。だが、何かに気が付いたのか、すぐさまオーブルはリスタのその攻撃をよける。
「お前……その大鎌……なぜ…なぜ!!!お前が!!」
突然、オーブルは額に青筋を浮かべ、リスタに向けて明確な殺意を向けてくる。
「お前がなぜここにいる!!」
「?」
「お前は人間だろう?!なぜだ!なぜ生きているんだ!!」
「くそっ!あのお方に知らせなければ……」
オーブルはリスタに聞こえない声で呟き、少しずつリスタから距離を取ろうとしたその時。
「くぅ!!」
「ぐあっ!」
爆発音とともに、リスタの近くに2つの人影が飛んでくる。
「ルティラ!ヴェン!」
その2つの人影の正体はルティラとヴェンだ。傷などは見当たらないが、服がところどころ破けているところを見ると、回復魔法のおかげで傷がないとみるのが妥当だろう。
「リスタさん……すみません、逃げてもすぐに追いつかれてしまい……」
ルティラが無理やりその体を起こそうとしているその時、氷の槍が2つ飛んでくる。しかしそれをリスタは黒い鎌で断ち切った。
「誰ですか」
「お~?また1人増えた。っていうか魔骸は3つじゃなかったっけ?あのネズミちゃんと、金髪の人間と、斧を持った人間」
「そのはずだが……っ!」
「どうしたの~?」
「おい、アカリ。お前はさっさとあそこにいるオーブルとともに空間魔法内を出ろ」
クロムという悪魔はアカリという悪魔にそう言った。
「え?なんで?ってか戦えないやつ3人とそこにいる1人の人間に負けるわけな……」
そんな話をしている隙に、すでに黒い鎌がアカリという悪魔の角に迫っていた。
「はやっ……!」
クロムという悪魔は茨でそれを防ごうとするが、黒い鎌に巻き付いた瞬間、水分を吸われたかのようにしぼみ、簡単に千切れる。結果、リスタの攻撃を防ぐことはかなわずアカリという悪魔の角に、鎌の軌跡が通り、次にその鎌の軌跡はクロムという悪魔の角に迫っていた。
「っ!オーブル!!」
クロムという悪魔がそう言うと、世界が一瞬だけ止まったような感覚に陥り、次にガラスが割れるような音がした。その瞬間、空間魔法が解除される。
「狂人が!!」
そんなオーブルの声がリスタの耳に届いた気がした。が、オーブルやアカリ、クロムの姿はもう見えない。そこにいるのはリスタのほかに、疲弊したルティラ、ヴェンと、気絶したマリーだけだった。




