四話:眉間のしわ
「なんで町にいるのに野宿みたいな……」
リスタは朝一番にそう言葉を漏らす。本当ならばあの奇妙な者に追いかけられてから、すぐにこの町を出る予定だった。だが、急にこの町の領主と名乗る男が町の出入りを制限し始めたのだ。よって、あの奇妙な者を警戒して、リスタ、ルティラは交代で眠っている。ヴェンのほうにはメアを配置し、ヴェンが眠っている間はメアにあたりを警戒させた。
「仕方ありませんわ。ただ、この制限がいつ終わるか……私たちの宿泊資金が尽きればかなりマズいですわ」
「その時は何としても抜け出すが、お金を稼ぐ方法を考えないと……というかもうすでにその計画も立てないといけませんね」
リスタはそう言いながら自分のカバンの中身を確認する。この町に来る前よりもずいぶん物が少なくなったものだ。
「とにかく、どうにかしましょう。ヴェンの部屋に行きますよ」
そう言ってリスタはルティラと眠っているロマを起こさないように連れてヴェンの部屋をノックする。
「いいぜ」
その声が聞こえ、2人はヴェンの部屋に入っていく。部屋に入るとヴェンはちょうどメアの毛にブラッシングしていた。それが気持ちよかったのか、メアはすでにうとうとし始めている。
「メアは眠たそうですね」
「無理に起こしちゃってたからな眠いのもわけない」
「私は昨日見たアレのせいで正直あまり眠れませんでした。まぁその分ルティラに眠ってもらいましたが……まぁそれはともかく、今の私たちにはお金がありません」
「はい」
「ああ」
「ですので、これをどうにかするためにいくつか案を出してください。前提条件は町の外に行かないことです」
「冒険者ギルドで受けられる依頼の中に町の中でやれるやつってあったっけ?」
「あるにはあります。飼い猫探しや内職などが主ですね。ですが、あまりそういうことは冒険者ギルドには回ってきませんね」
「そっか……う~ん……」
「……ひとまず、ルティラかヴェンのどちらかは冒険者ギルドに行って、受けられそうな依頼がないか探してきてくれませんか?あったら受けるという形で。もしペット探しを受けることになれば使えるということでメアを……と言いたかったのですが、今は眠っていたんでしたね」
「そうだな。ぐっすりだ」
「では、1人で探すことになるかもしれないのですか……」
「それなら私が行きますわ。こういうことは魔法が使える私が1番最適かと」
「わかりました。お願いしますね。もし何も依頼がなければ1度ここに戻ってきてください」
そうしてルティラは部屋を出ていく。残された2人は何かできるかを考える。
「お金を稼ぐのもいいですけど、逃げ出す準備もすべきですかね?」
「あ~そうだな。じゃあ俺はどっか警備が弱そうなところを見てきていいか?」
「わかりました」
「じゃあ行ってくるぜ」
そう言ってヴェンも部屋を出ていく。リスタもメアを連れてまた1度自分とルティラが泊っている部屋に戻った。
(私は……1度アレについて調査してもいいかもしれませんね)
そうしてメアをロマの近くに寝かせてからリスタも部屋を出て、宿屋のロビーに向かった。
ロビーでは昨日リスタがいる部屋を訪ねてきたマリーという少女と、その父親であるこの宿屋のオーナーが少し忙しそうにしていた。理由はというと、昨日の奇妙な者をルティラの結界魔法の中に閉じ込めた時にできた床のくぼみである。ルティラ自身がやったわけではないのだが、間接的に関与したということで、少し良心が痛み、リスタは手伝いをしようかと2人に話しかける。
「あの、何か手伝いましょうか?」
「へ?あ、お客さんですか……いや、大丈夫です。お客さんの手を煩わせるわけにはいきませんから」
「あぁ、いえ……その……実は……」
そうしてリスタは昨日起きた出来事を話す。それを聞き終わると、娘のマリーという少女が「じゃあ」と言って、リスタに手伝いを求めた。
「倉庫から木の板を持ってきてくれますか?」
「マリー。お客さんだぞ」
「お父さんは少し休んでて。昨日からあんまり寝てないでしょ?」
「だが……」
「はいはい、今日階段から落ちそうになったの見たんだからね?せっかく手伝ってくれるっていう人がいるなら素直に甘えよう?」
なんだかんだあり、オーナーは娘のマリーに説得させられてしまい、自室に帰らされていた。それを見届けた後は、マリーの指示のもと、リスタは自分にできることをいくつかこなしていく。その合間に、あの奇妙な者で知っていることや、この町についても色々と知ることができた。
まず、あの奇妙な者の存在は噂として何百年も前からあったらしい。ただ、その存在がしっかりと確認されたのは数年前からだそうだ。
「実際何なのか誰も知りません。……いや、あたしのおじいちゃんなら……」
「はい?何か言いました?」
「い、いや、なんでも。それより、リスタさんは旅人なんですよね?」
「はい。私と、あと2人の仲間と一緒に旅をしています」
「じゃあ、リスタさんたちはちょっと違和感を覚えませんでした?この町、モーシュに」
「違和感?いえ、特には」
「そう、ですか……」
「大丈夫ですか?あなたも寝不足とか……」
少し様子のおかしいマリーをリスタは心配するが、マリーは首を横に振る。
「いえ、ぐっすり眠りました。ただ……」
「ただ?」
「……リスタさんは、この町の領主に出会ったことは?」
「昨日、あの奇妙な者に追いかけられてからこの町を出ようとしたときに1度」
「そうですか……1度出会ったんですね。第一印象はどうでしたか?」
「う~ん………一言で言うなら、わからない人でしたね」
「わからない人?」
「はい。何かを隠し持っていそうな、そんな気がします」
リスタがそう言うと、マリーは何かを確信したような目でリスタを見た。
「リスタさん、私たちと……いや、あたしたちと戦ってくれませんか?」
「それは、どういう?」
「あいつがここの領主になったのは、数年前のことです」
そうしてマリーはぽつりぽつりと独り言のように語りだす。表面上はいくらでもきれいに見えるこの町での出来事を。
「あの領主はあたしたち獣人を毛嫌いしているんです」
そう言うマリーの目は憎しみに満ちていた。
「あたしたち獣人からいろんなものを奪って、従わなければ秘密裏に処理する。町の人たちはそれを知りません。この町には特殊な結界が張ってあって、領主についての悪評を言おうものならそれらの記憶がすぐに消されてしまうんです」
「え?それならあなたも、私も今頃……」
「はい。その疑問はもっともです。ただ、実はこの特殊な結界、抜け道というか制限がありまして……それを利用しているわけです。その制限がなければあたしたち獣人はもうすでにこの町に存在していないでしょうし……」
「なるほど」
「まぁ今はわからなくてもいいです。とにかく今は領主のことです。この町には獣人が何百人もいます。そのほとんどが反領主派を掲げるシュメルツェンという組織に入っています」
そう言ってマリーはリスタの手を引き、とある部屋に入っていく。それからリスタを部屋の中心のほうへと寄せて、自分は部屋のドアの前に立ち、鍵を閉めた。
「リスタさん。単刀直入に言います。シュメルツェンに入り、領主を殺す手伝いをしてください」
そう言うマリーの目は本気だった。人を殺しそうな眼光というのはこういうものなのだろう。鋭い目つきが、リスタの心臓を今にも貫きそうなその目つきが、リスタに「拒否権はない」と言っていた。
「2つ質問をしても?」
「どうぞ」
「1つ目です。なぜ私を勧誘したのですか?」
「リーダーの決定です」
「……あまり納得できませんが、まぁいいです。2つ目です。なぜあなたは領主を殺したいのですか?」
「なんでって、それは!」
「自分たちの身を守るためであることは前提です。が、マリーさん。あなたにはほかにも理由がありますでしょう?例えば、そう……大切な人が奪われた、とか。こういうことではよくあることだと思われます」
「そう、です。あたしのお母さんが、あいつに殺されて……」
「なるほど」
リスタが納得し、マリーに近づいていく。
「マリーさん。そんなに眉間にしわを寄せないでください。悪い物が寄ってきますよ」
そう言ってリスタはマリーの眉間をマッサージする。なぜそんなことをしたのか理解できず、マリーは固まる。リスタ自身も少ししてどうしてこんなことをしてしまったのかわからず、気まずそうにコホンと1つ咳払いをしてから、マリーに握手を求める。
「いいですよ。手伝ってあげます。ただ!先に2つ目の質問をさせてください」
差し出された手に握手をしようとしていたマリーがビクリと体を震わせ、固まる。
「お金がないので、しばらく無料で泊めさせてもらえませんか?」
申し訳なさそうにリスタはそう言うのであった。




