九話:希望へ向けて
1日が経ち、村は日常に戻っていく。ただ1人を除いて……
「ヴェンさん……」
リスタとルティラはヴェンがいる小屋に訪れていた。中に人がいる気配がするのだが、ノックをしても出てこない。
「リスタ。もう行きましょう。そろそろ次の町に行かないと……」
「でも……」
「……リスタはお人よし過ぎますわ」
「だって、目の前に困ってる人がいるなら、それを無視することはできませんから」
「はぁ……そうやって私のことも助けてくれたんですよね……荷物を持っててあげます。あとメアも」
「あ、ありがとうございます」
「ただし!」
「え?」
ルティラはリスタの目の前に人差し指を突き付ける。
「言うからにはどうにかしてくださいまし?」
「…わかった」
「よろしい。それじゃあメア、私たちは向こうで遊んでましょうか」
* * *
『生きろ。希望を持て』
ブレイアが闇に飲みこまれる瞬間、ヴェンの耳に届いた言葉だった。だが、どうやって希望を持てばいいのだろう。仲のいい友人が目の前で闇に飲みこまれて、どうやって立ち上がればいいのだろう。
いつかブレイアが言っていた。『時間が解決することもある』と。だが、本当に時間は”絶望”が”希望”に変えてくれるのだろうか?
「ブレイア……」
その時、ノックの音が響く。
「ヴェンさん、大丈夫ですか?」
声の主はリスタだ。心配してきてくれたのだろう。だが、顔を見せたくない。きっと今自分は情けない顔をしているから。そう思っていると、リスタが誰かと話している声がした。相手はルティラだ。それからどういう話をしていたのかはよく聞いていなかったが、ルティラはその場を離れていった。
「ヴェンさん……開けてください」
リスタがそう言った。だが、ヴェンに扉を開ける気はない。
「開けないのなら、そのまま聞いてください」
聞く気もなかった。そのはずなのに、どうしてか耳を傾けてしまう。
「きっと、ヴェンさんは後悔してますよね」
「……」
「でも、ブレイアさんは後悔していないし、あなたにしてほしくないと思っています」
「……そんなわけ」
ヴェンが自分にしか聞こえない声でそう呟いた。
「ヴェンさん。ブレイアさんが飲み込まれるとき、何か言ってましたよね?あなたなら聞こえたんじゃないですか?」
「……」
「多分、それはあなたにしてほしいこと。そして、心に留めてほしいことなんだと思います」
「……生きろ。希望を持て」
口の周りで残り続けるその言葉は、ギュっと胸を締め付ける。苦しい。何かが胸に突っかかる。だけど……嫌ではない。
「簡単に立ち直ることはできないことはわかっています。友人の死を見るなんて、考えただけでも……でも、それ以上に思うんです。もしそうなったら、私に生きてほしいと思っていたと信じて……彼らの想いを信じて、彼らの分まで生きていこう。と……」
「そんなの、自分勝手だろ……」
「…………多分、私のこと自分勝手だって思いましたよね?」
「そうだろ!!人の心が読めるわけでもないのに!誰かの気持ちを代弁して!都合よく解釈して……」
ヴェンは声を荒げ、ドアの向こうにいるリスタを怒鳴りつける。対して、リスタは優しい声色で続ける。
「都合がよくていいじゃないですか」
「なんで!!」
「あなたの心が壊れるくらいなら、都合よく解釈して、その傷を塞いで、そうして生きていきましょう?真実を知る機会があったのなら、その時知ればいい。無いのなら、自分の都合よく解釈したものを持って生きていけばいい。……私は、そう思います」
「……」
「確かに、ブレイアさんの気持ちを都合よく解釈するのは彼を貶すように思えるかもしれません。ですが………ですが、もっと自分を大切にしてもいいと思いませんか?」
「……」
「私が言いたいことはそれだけです。私に何を思うのかは、あなたの自由です。だから、恨んでくれてもかまいません。でも……さっき言った、自分を大切にしてほしいって言葉は忘れないでほしいです……それじゃあ、私、もう行きますね。次の目的地に行かないとお金が無くなりそうなので。それじゃあ、また会える日まで」
そう言ってリスタはヴェンの元を去って行く。しばらく歩いて村の出口に向かうと、そこでルティラが待っていた。
「ヴェンのことは助けられましたか?」
「……わかりません」
「はぁ……まぁ、あんなことがあったんです。そんなにポンポン人を助けられるのなら、この世の中苦労しませんわ」
「ごめんなさい。旅に出る予定をずらしてまでしたことなのに……」
「気にしてませんわ。元々旅とは気ままに行くものだと私は思っていますから。さ、行きましょう?」
「そうですね……それじゃあ、次の町へ」
そうして2人は冬眠中のメアと、寒さのせいでルティラのカバンの中で眠っているメアを連れて村を出る。
「町に着いたらまずはお金の問題ですね」
「ええ」
「どうしますか?ルティラも冒険者ギルドに登録……いや、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫です。もしフロンツ王国の人間が追いかけてきたらもっと逃げればいいだけですわ」
「ルティラが大丈夫ならそれでいいのですが……」
そうして2人は歩を進めていく。そうしてしばらく経ち、太陽が真上に昇ったころ。2人は休息をとっていた。
「そう言えば、戴冠の檻はなぜあの村に来ていたのでしょう?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
「ええ、聞いていませんわ」
「あぁ……まぁ、これは私の推測なのですが、ヴェンさんが狙いだったと思います」
「ヴェンを?なぜ?」
「戴冠の檻の……べリアと呼ばれた女性がヴェンさんを生きて連れて行こうとしていたからです」
「なるほど……戴冠の檻……フロンツ王国で私も狙われましたよね?」
「ええ、そうですね」
「でも、なぜ戴冠の檻は私やヴェンを狙うのでしょう?彼らの目的は魔王の復活でしょう?」
引っかかるのだ。なぜルティラやヴェンを戴冠の檻が狙うのか。
(私の魔力は魔王と近い……もし向こうがそれに気が付いているのなら、何か私にもアクションを起こしてくるはず。だけど……フローラのことは別として、私に何かしてくるわけでもない)
ルティラやヴェンを狙う理由として考えられる共通点はいまだないが、ルティラは魔法の扱いや、魔力量が多いということ、ヴェンに関しては魔獣と会話する能力だろうか。
(これから先、ルティラが狙われる可能性もあるとするのなら、原因を突き止めておくのも大切かもしれませんね)
そんなことをリスタが思っていると、誰かの声が聞こえた。
「お~い!!」
その声に聞き覚えがある。リスタとルティラはあたりをきょろきょろと見渡し、その声の主の姿をとらえた。
「お~い!!」
「ヴェンさん?!」
「ヴェン?!」
「俺も旅に連れてってくれ!」
「「え~!!!?!!??」」
* * *
リスタがヴェンの元を去ったすぐのこと。ヴェンは扉の前で座り込んでいた。
─もっと自分を大切にしてもいいと思いませんか?
「……友達なんだからブレイアにもっと優しくしたかったんだ。ずっと…ずっと仲良くしたかったんだ」
ヴェンがそう呟く。ブレイアとの思い出がヴェンの頭の中を駆け巡っていく。
─私の旧友は私に文句ばかり垂れていてな。だが、そいつが優しさをくれるときは、信用できた。あいつからは余裕と、そして揺るがない信念を感じた。
「揺るがない信念?」
─あぁ……私を捨ててでも、生き残って見せるという信念だ。
「そいつサイテーだな!信頼できないだろ!」
─そうでもない。そもそも少し前提が間違っていたな。”全力で私を守って、そのうえで私を捨ててでも生き残って見せるという信念”だ。
「は?それ意味わかんないだろ?」
─わからんだろうな。俺もわからんさ。
「は?」
─だから、ついていったのだ。そいつのすべてを知るために
「結局知れたのかよ?」
─知れなかった
「はぁ?」
─ただ……奴の信念を知ったとき、思ったのだ。奴の底なしの優しさ。それは奴の余裕から生まれていると。
「どういうことだ?」
─他者の死を悼むが、それを受け止め、壊れず、前に進む者。奴には余裕があった。周りには薄情だと思われもしていたが、私や、奴を近くで見てきた者たちはこう思っただろう。奴はすべての者たちのために背負う者だと。背負ったうえで異常なほど強い信念で前に進むための光を焚き、皆の先を歩いている者なのだと
「……ブレイアの言ってること難しいな……」
─わからなくていい。ただ、これは覚えておけ
「なんだ?」
─お前がもし、進めなくなっているときに、お前のことを助けようとしていて、それでいて「こいつは自分勝手な奴だ」と思えるような者を信じ、ついていけ。きっとそいつは、いつか多くの光を灯すだろう。そして、お前はそいつの手助けをしてやれ。すべてを背負おうとしているのなら、少しでも持ってやれ。私は、奴が壊れない者だと知り、それをしなかった。奴は強かった。ゆえに壊れず、私は何もしなかったんだ……
あの時のブレイアの声がヴェンの頭の中で反響する。
「今になって思い出すのか……」
ヴェンはそう言ってゆっくりと立ち上がり、部屋の角に立てかけてある戦斧を見る。愛用の武器の刃先がヴェンの顔を写す。
「……ブレイア、俺……信じる。お前も、お前の言う信念ってやつも、それから……希望も……俺、存分に生きてみようと思う。俺の都合で勝手にお前のことを解釈して、前に進んでやる。もし真実を知る時があったら……その時は俺がいっぱい笑えるような話、期待してるぜ」
そう言ってヴェンは戦斧を手に取る。それからカバンに荷物を詰めるだけ詰める。
「ヴェン?いったいどうしたの?!その荷物!?」
「あ、おふくろ。あの旅人たちってどこ行ったか分かるか?」
「えっと……西側の出口から出ていったけど……どうしたの?」
「おふくろ……親父にも伝えといてくれ。俺も旅に出るわ」
「え?ちょっと!!?」
「それじゃ。行ってきます!絶対2人が生きてるときに顔見せるから!!」
そう言ってヴェンは走り出す。その足を、希望へ向けて。




