八話:闇を断つ闇
「力を抜いて、暗闇に身を任せて」
女はヴェンの目を自分の手で覆うと、ブツブツと何かをつぶやいた。しかし、それをメアがやすやすと見逃すはずがない。
「シャー!」
「お前は邪魔。影」
女がそう言うと、あたりにいた人型の影がメアを捕まえる。所詮は猫。図体の違いにより、すぐに身動きを取れなくされてしまう。
「ふぅ……これでこの任務はきれいに終わり──」
「グルルルル……」
「あぁそう言えばドラゴンも居たわね……」
そう呟いて女はブレイアの首元の、どす黒い印に目を向けた。
「あのお方の所有物なら、私が勝手に壊すのも違うわね」
そう言って女はヴェンを連れてその場を離れようとした。その時、ブレイアが口を開く。
「おろ、かな…エルフ、よ」
ドラゴンは普通の魔獣と違って人や魔族の言葉をきちんと理解している。よって、その言葉を話すこともできる個体は、少ないが存在する。だが、人や魔族の言葉を話すことは普通しない。彼らの舌の動かし方に人の言葉や魔族の言葉は合っていないからだ。彼らいわく、一生を費やしても一向に慣れないらしく、いつになってもストレスらしい。
「……魔獣以外の言葉で話せるのね。というより、私がエルフってこと、いつから気が付いてたの?エルフ族の特徴の長い耳と金色の髪は隠していたつもりだけど……」
「それ、だけ……木々の匂いが染み、つくのは、やつら、しかいない」
ブレイアはそう言うと、ゴフッと血を吐きだした。もう体が限界に達しているのだ。
「老竜のくせによくやるのね。その出血量と怪我なら若いドラゴンでも死んでるはずよ」
「く…はは……これでも、名の知れた、竜、だから、な……ヴェルドラント・ブレイアの名を、長寿のエルフ族が知らぬ、とは、言うまい……」
「ヴェルドラント……あぁ、あの勇者の……まぁもうあいつは死んでいる。お前はもはやただの骨董品よ」
「ふ、ふふ……フハハ……」
「何が可笑しい?」
「戴冠の檻……お前の、ような者のこと、だろう?ならば、震えて眠れ……恐悚の主、が、生まれるとき……必ず”勇者”は、生まれる……」
「本当にそう思う?今度はあのお方はその余裕すら与えないまま、世界を支配するというのに」
「ククッ……」
「何か間違ってるかしら?」
「いいや……違う。間違えた、んだ……わざと……これは、少しの、時間稼ぎ、だ」
「っ?!影!!!」
そう言って女は影に命令を下し、あたりを警戒させる。女の部下からまだ報告はない。計画の邪魔になる者はまだいない。
「勇者は……恐悚の主の天敵、は……もう居るのだ」
いないはずだった。
「断ち切り、貫け」
黒い軌跡が人型の影と、女の手をすり抜けた。かと思うと、女の体とブレイアの体に白い槍が突き刺さる。
「あがっ!?」
「グガッ!!」
女もブレイアも体に激痛が走る。もともと傷などない女の体には激痛しかないが、ブレイアの体は見る見るうちに再生していく。
「すみませんブレイアさん!少し耐えてください!!メア!周り警戒!来ますよ!」
「ニャッ!!」
人型の影から解放されたメアにあたりを警戒させている間に、リスタはヴェンを女の元から引きはがした。ヴェンの目元を覆っていた闇は、すでにリスタの闇鎌によって断ち切られている。
「無事ですか?」
「あ、あぁ……まだ頭がぼーっとするが……」
「それならひとまずブレイアさんの元に!」
そうしてリスタはヴェンをブレイアの元に運ぶ。
「べリア様!」
そんな時、あたりに複数人のフードをかぶった人物が駆けつけてきた。
「っ……」
それと同時にリスタが顕現させていたフェレンダリオスの白槍が消える。リスタが自分の意志で消したわけではない。誰かが消したか、限界が来たか。だが、消えた理由はすぐに直感的に分かった。
(ロマが冬眠してるせいですね……)
こうなればあまりフェレンダリオスの白槍に頼った戦いはできない。
「…ったいわねぇ?!!!」
「!」
すると、白槍から解放されたべリアと呼ばれていた女が声を荒げた。そうしてリスタのほうに目を向ける。その目には憎しみの炎が燃え上がっていた。
「やってくれるじゃない……」
「ヴェンさんを、連れ去ろうとしていた危ない人から連れ戻しただけです」
「ほんとに今日はクソね。畜生2匹に邪魔されただけじゃなく、変な槍と鎌持ってる人間にも邪魔されるなんて」
そう言ってべリアは手を軽く上げる。すると、周りにいたフードをかぶった者たち数人とともに、どこからか出現した人型の影が攻撃を仕掛けてくる。
(何人かは後ろで魔法、他は近距離!さばききれない!)
そう思ってリスタが少し歩を後ろに下げた時、ヴェンがリスタの隣に立つ。
「手を貸すぜ!」
そう言ってヴェンは複数人たちと真正面からぶつかり、そのまま吹き飛ばす。頭から血を流しているというのにその傷を物ともさせない戦い方だ。一方リスタは飛んできた魔法を黒い鎌で断ち切り、メアとともに魔法を放っている者たちを次々と気絶させていく。
「調子に乗るな!!」
その時、べリアが声を荒げた。その手には引き込まれそうなほど真っ黒な闇が球体として出現する。
(魔力探知を使えなくてもわかる!アレに込められた魔力の多さが!ほかの人や影はあれのための時間稼ぎ!)
「ヴェンさん!メア!私の後ろに!!」
「お、おう!」
「ニャッ!!」
「闇よ!飲み込め!」
べリアがそう言うと、手のひらの闇の球体がリスタ、メア、ヴェン、ブレイアに覆いかぶさるように広がり、そして──
「は?」
布を裁つように、いともたやすく2つに分断される。その光景に気を取られてしまったべリアの近くに、リスタはすでに迫っていた。
「フェレンダリオスの白槍!」
それをべリアが聞いたのは、すでにリスタの間合い。避けようとしてももうどうにもならない距離だ。そして……
「がぁっ!!!!!」
再び激痛がべリアを襲う。例えるならその痛みは”信頼していた者の裏切り”だ。あの時の平衡感覚がわからなくなるような浮遊感とともに、今までのものが嘘だったということに気が付かされた時の傷。それをつけられたかのようだ。
「ヴェンさん!」
リスタがヴェンの名を呼ぶと、ヴェンはべリアをその場に取り押さえ、素早く手足を縛る。その間もリスタは白槍をべリアに突き立てていた。
「っう!し、かた、ない!!重空ぁ!!!」
─ドロリ
べリアが叫び、右手を雪の中に突き刺す。すると雪はまるで沼のような闇に変わる。
「そこの竜だ!喰え!!」
「なっ!」
ブレイアは今、フェレンダリオスの白槍の治癒能力で出血などはなく、それが原因で死にはしないが、激痛が走る作用により疲弊しきっているのだ。
「ブレイア!逃げろ!!」
ヴェンがブレイアに近寄ろうとしたその時、沼のような闇がヴェンの足に絡まった。その隙にべリアはリスタやヴェンの拘束から逃げ出してしまう。
「やばっ!ブレイア!!早く!起きてんだろ!!?早くそっから逃げろ!!!」
「もう、遅い…!!」
「メア!!その人を止めて!!」
「だから遅いって言ってんの!!!!」
その瞬間、その場にいる全員に体が重くなる感覚が襲ってくる。
「ぐっ!、ブレイ、ア……!!ブレイア!!!!」
ヴェンがブレイアに向かって叫んだその瞬間、ブレイアが何かを言って、そして笑った。
「!」
沼のような闇がブレイアに張り付きだしたかと思うと、一瞬で飲み込む。やがてそれはうぞうぞとスライムのようにうごめき出した。
「重空……魔力は、それで足りるでしょ……あい、つら、を……」
(あの女の人、体力の消耗が!!やるなら今!!)
リスタはそのままべリアとの距離を詰めようとする。だが、沼のような闇がそれを許すはずがない。
「っ!」
シェリルオーラの黒鎌でリスタが足元を断ち切っても、そこだけが無くなるだけで、周りは無くならない。しかもすぐになくなった場所が埋まってしまうのだ。だが、一瞬でも道が切り開かれるのなら十分。リスタはそのまま突っ込んでいく。
(動かない!なら意識を落とさせてこの周りの魔法を強制的に解除する!)
そうしてリスタは手刀でべリアの首元を攻撃する。
「っ!」
そのままどさりと倒れこむべリア。沼のような闇もともに消え去り、スライムのような巨大な闇もしぼんでいく。そしてそれはそのままべリアの手の中へと吸い込まれていった。
「お、おわっ──」
「ええ、今回は終わりです」
安心から、リスタが息を大きく吐こうとしたその瞬間、男の声が聞こえた。
「え…?」
「全く……貴女の存在は作戦の一部だというのに……」
「ちょっと!その人は…!」
「アルト・ミューロンのように捕らえられて、口封じのために殺すわけにはいかないんですよ。わかってください」
「アルト・ミューロン……やっぱりあなた達は!」
「ええ、貴女の想像通りです。とまぁ無駄話はこれくらいにしておいて……今回は見逃してあげます。そこの青年も、そして貴女のお仲間も」
その男からは異様な雰囲気と、反論をさせまいとする重い圧を感じた。
「……わかり、ました」
そんな男を見てリスタはすぐに手を引く。戦っても勝てないとわかっているからだ。
「自分の今の立場をきちんと理解している方は好印象です…それでは」
そう言うと男はべリアを抱えると空間に溶けるように消えて行ってしまった。そしてその場に残されたリスタは、その場に呆然と立ち尽くすしかなかった。




