七話:囁き
「リスタ!」
次の日、部屋でメアにご飯を上げていたリスタの元に、外に出ていたルティラが急いだ様子でやってくる。
「どうしましたか?」
「今大変なことになっていて……とりあえず来ればわかりますわ!」
そう言ってルティラはリスタの手を引いて外に連れ出していく。
「ちょちょっと!」
そんなリスタに餌をもらえていないメアも飛びつき、2人と1匹はともに外に出ていった。
* * *
リスタたちが外に出ると、何やら村人たちが集まっていた。その中に何人か騎士たちがいるのも見える。
「何かあったんですか?」
リスタがルティラにそう聞くと、ルティラが説明し始める。
「あそこにいる人たちが見えますでしょうか?」
ルティラが指さしたのはこの村の人たちではなさそうな恰好をした人たち。その中でも1人、黒の髪に青いメッシュが入っている、きれいな服を身にまとっている女性が目を引く印象だ。
「ええ……村の人、ではなさそうですけど……」
「はい。実は今朝あの人がやってきたらしくて、それでこれを配り始めたのですわ」
そう言ってルティラがリスタに差し出したのは怪しく光る宝石があしらわれたブレスレット。それをルティラがリスタに見せた後、耳打ちをする。
「魔道具?どのようなものですか?」
「効果は、魔方陣が意図的に複雑にされてわかりづらかったのですが、ある程度相手の思考に干渉する魔法が施されていますわ」
「思考に干渉……囁令の魔法ですか?」
「ええ、おそらくそれの可能性が高いですわ」
「でも、何が目的なんでしょうか?」
「それはわかりませんわ。ただ、何か嫌な予感が……」
「そう言えばルティラは思考に干渉されていたり……」
「それは私にはわかりませんわ。私の思考にもし干渉されているとするのなら、リスタがこの魔道具を壊してくれたら治ると思うのですが……」
「よし、一旦ここから離れましょう」
そうしてリスタはルティラを連れてその場を離れる。
「ここなら大丈夫でしょう」
そうしてリスタは真っ黒な鎌を顕現させる。その鎌を、怪しく光る宝石があしらわれた魔道具に振り下ろした。すると、完全に光は失われ、それが完全に無力化されたことがわかる。
「何か感じ方に違いはありましたか?」
「特にありませんわ」
特に異変はないということで安心したリスタはそのブレスレットに目を落とした、その時だった。
「フシャ~!」
リスタの肩に乗っていたメアが何かを見て威嚇の声を上げる。その視線の先には特に何も見えない。角のほうに何かがいるのかと思い、リスタが一歩足を踏み出した瞬間、リスタとルティラの足元が凍り付いた。
「メア!追いかけて!」
足元の氷に気づいたリスタはメアをそちらのほうに先に行かせ、リスタとルティラの2人は各々自分たちの足元の氷を除去して走り出す。少し先を走っているメアと、それより先を走っている”誰か”。その姿をとらえたリスタはシェリルオーラの黒鎌を顕現させたまま足に力を籠める。すると、メアを追い越し、”誰か”をその場に組み伏せた。
「答えてください、あなたはなぜあそこに?それからなぜ逃げたのですか?」
「答えるわけねぇだろ!」
そう言って”誰か”は自分の指に着けていた魔道具を起動させる。それから射出された紫がかった黒い槍がリスタを貫こうとした。しかし、それらはルティラの結界魔法によって防がれる。
「ちっ…村人ども!」
攻撃手段を防ぎ、有利に立っている2人だが、そんな2人の元にいつの間にか村人たちが集まっていた。助けてくれるのかと思ったが、様子が何かおかしい。目の中には怪しい光がともっており、それらがブレスレットの宝石から発せられていたあの光と似ていることに2人は気が付く。
(まずい!囁令の魔法が発動して……)
「リスタ!その人を抑えて!私はこの村人たちを抑えますわ!」
ルティラがそう叫ぶと、村人たちの足元が凍り付き、動きを制限する。
「言ってください!何が目的ですか!?」
「言うわけねぇだろ……」
「そうですか……メア、黒い髪に青色のメッシュが入った女性を探し出して」
リスタがメアにそう指示すると、メアは走り出す。
「あんな猫に何かやれるとは到底思えないが……」
「あなたはそこで黙っていてください」
そう言ってリスタは”誰か”の意識を落とす。そうしてかぶっていたフードを取ると、やはり村の人間ではなかった。そのままリスタはその男を拘束し家の壁のほうにもたれかからせる。
一方ルティラの方はというと、村人たちがつけていたブレスレットの宝石だけを器用に壊していた。その魔道具が壊れた村人たちはその場に倒れこみ、気絶している。
「……ルティラ、ここはあなたに任せても?」
「ええ、良いですわ」
「わかりました。気を付けてくださいね」
「お互いに、ですわね」
そうしてリスタはルティラにこの場を任せ、メアが走っていった方向へと自分も向かったのだった。
* * *
「そういうの、馬鹿な奴だけがやるのよ」
冷たい声で女がそう言い放つ。女の目に映るのは、傷だらけで息も絶え絶えのドラゴンを守ろうと、その前に立ちはだかる青年。頭から血を流しているというのに、自分の体ほどある大きな戦斧をこちらに向け、まだ敵意をあらわにしている。
「そのドラゴンを守る価値なんて貴方にはないじゃない」
「……友達だから、守るんだよ!」
「ふ~ん……友達、ねぇ?」
「グルルルル……」
「あら、ドラゴンが起きちゃったわ。そんな風になっててまだ威嚇するなんて……しっぽ振って私たちに命を乞うくらいしていれば見逃してあげたのに」
そう言って女は指を1度振る。すると、青年の体がピタリと止まる。
「なっ?!くそっ!動け!!」
「”絶望”は、”あのお方”への供物。”憎しみ”は、”あのお方”の原動力。その身に、しかと焼き付けるのよ」
そう言って女は動けない青年を無視し、ドラゴンのほうへと歩み寄る。
「くそ!やめろ!!やめろっ!!」
「また一歩、計画の完了に近づい──」
その時、女の顔に痛みが走る。その痛みは女が顔を傷つけられたと理解するのに時間はかからなかった。だが、傷をつけた主が何なのか、それを理解するのに少しの時間を要した。
「黒、猫?」
* * *
「黒、猫?」
女がメアに気を取られている隙に、ヴェンは戦斧を振りかぶり、女に振り下ろした。
「なんで動いて……」
「なんでだろう、なっ!!!」
女はその攻撃をよける。すると、地面に積もっていた雪があたりに舞い散り、深く積もっていた雪の下にあった地面が見えるようになった。
(魔法を解いた?人の”無意識”に作用するあの魔法を?いや、それよりあの攻撃に当たらないようにしないと……)
そうして女はヴェンとブレイアから距離を取る。
「助かったぜ、メア」
ヴェンがメアにそう言うと、メアは”油断するな”とでも言うように威嚇の声を上げる。
(第三者がどこかにいる……いや、でも、この辺りは私の部下が監視してる……何かあれば報告に来るはず。魔力の反応も正常……ということは……)
「ほんと最悪……なんで今日だけで2匹の畜生ごときに邪魔されないといけないの?雪の下にでも埋もれて死んどけよ」
女がそう言うと指を鳴らす。すると、あたりに何人かの人影が現れた。それは文字通りの人影で、顔などなく、服も着ていない。ただの黒い人型の何かだ。
「くそっ……なぁ、メア。助けてくれるか?」
「ニャ」
「ははっ、動物の言葉がわかんなくても、なんとなくわかるぜ。ありがとよ」
「ニャッ!!」
「やるぞ!助けが来るまで!!」
「助け?助けなど来ないというのに……」
「いいや、来る!絶対にな!」
そうしてヴェンは女に戦斧を振り下ろす。
「動作が大きい。簡単に避け──」
女はヴェンの攻撃をよけようとするが、メアがまた女の顔をひっかく。今度は目も一緒にだ。
「しまっ──」
そうしてヴェンは女に向かって戦斧を振り下ろす。
─ベシャッ
すると、人間を切ったときには聞こえない音がヴェンの耳に届いた。目の前には真っ黒な人型の影だったものがある。
「思ったより黒猫が利口ね。目を狙ってくるなんて」
そんな女の声が少し離れた場所から聞こえてきた。目はすでに治っているようだ。
「まぁ、動き方はもうわかった。あとは……じっくりいたぶるだけよ」
女の囁き声がヴェンの耳に入る。いつの間にか後ろを取られていたのだ。
(やばっ!)
女の手がヴェンの目を覆い隠し、光を遮断する。何もなく、永遠に閉じ込めるような闇が、ヴェンのすぐそこまで迫っているのだった。




