三話:魔獣と言葉を交わす青年
青年はドラゴンの後ろに隠れていた洞窟にリスタとルティラを案内する。その中は少し生活感があり、明らかにこの青年が使っているといった様子だった。
「とにかく無事でよかったぜ。ブレイアにケガさせられてたら今頃ヤバかったからな」
「1回死んだ」ということはいったん内緒にしておき、そのまま2人は青年の話を聞く。
「というかアンタたち、なんでこんなところにいるんだ?道に迷っちまったのか?」
「その前にお聞きしたいことがあるのですわ」
「ん?何?…つっても、あれだろ?ブレイアのことだろ?」
「そのブレイアがあのドラゴンのことを指しているのでしたら、そうですわ」
「当たりだな。それで、何が知りたいんだ?」
「ずいぶんとすんなりと教えてくれるんですのね?」
「まぁ、あんたらが悪い奴じゃないってことは大体わかる。……だけど、ブレイアを倒そうとしたことはあんま良く思えないけどな」
青年が苦笑いをしながら2人にそう言うと、リスタとルティラの2人はそろって青年に謝る。しかし青年は特に怒ることもなく、話し始める。
「そうだ、名前を言ってなかったな、俺はヴェン・ローディー。あんたらは?」
「私はリスタ・ノートです。それでこちらが……」
「ルティラ・ツェルンですわ」
そうして3人の自己紹介も終わったところで、ルティラが話を切り出す。
「あのドラゴンについてですが……」
「ブレイアって名前がせっかくあるんだ。呼んでやってくれよ」
「失礼、ブレイア様はどうして商人の馬車を襲ったのでしょう?」
「あぁ……そのことか……」
するとヴェンは何かを考えるそぶりを見せたあと、2人を洞窟の外に連れて行く。相変わらず洞窟の外にはドラゴンが居座っている。
「なぁ、ブレイア。この2人って信用できると思うか?」
ドラゴンは魔獣の中でもとりわけ頭がいい。人間の言葉を理解するほどには。だが、彼らが扱う言語は人間や魔族が使うそれではない。それは彼らにしかうまく聞き取れず、当然そんな言語は翻訳する術も存在していない。しかし、ブレイアがその言葉を発したとき、ヴェンは相槌を打ちながら言葉を投げかけていた。
「ブレイアさんと……話しているんですか?」
思わずリスタがほとんど独り言のようにそう聞くと、ヴェンはリスタのほうを見てコクリとうなずく。2人はそれを信じることができなかった。魔獣の使う言語は、魔獣にしかわからないからだ。
「うん。そうか、わかった」
そう言ってヴェンは2人に向き直り、なぜブレイアが商人の荷台を襲ったのかを話し出した。
「この荷台に乗ってた荷物、奴隷だったんだ」
「奴隷……ですか」
「奴隷?!ありえませんわ!」
奴隷は国によって合法な国もあれば、罪人への刑罰として罪人を奴隷とする国もあったり、奴隷という制度を完全に規制していたりする国もある。少なくともリスタの記憶の中では、奴隷という身分は罪人に対する刑罰の結果。そして、ルティラが生まれ育ったフロンツ王国では完全に規制されている。その隣国であるこの国。つまりヨーラヴィリア王国でも奴隷制度は完全に規制されている。つまり、この荷台が奴隷を運んでいたとなると、その商人は犯罪者というわけだ。
「だから商人を襲った。と……それで、奴隷たちはどうしたんですか?」
「さっき隣町に連れてったところだ。つっても、俺は付き添いで、基本は騎士団の人たちなんだけどな。だからこの件はもう騎士に言ってあるぜ。奴隷商のことをすぐに捕まえてくれるだろうよ」
「隣町は近いんですか?」
「あぁ、歩きでも半日で着くぜ」
「無事にその子たちは家に返されるのですか?」
ルティラが心配そうにそう聞くと、ヴェンは笑顔でうなずく。それを見てルティラは安堵の息を漏らした。
「でも、どうしてブレイアさんはこうして荷台を守っているのですか?」
「それはあれだよ。証拠ってやつさ」
そうして話していると、リスタの頭に疑問が浮かぶ。
「そう言えば1年前に村が魔獣に襲われたと聞いているのですが……ブレイアさんがやったのですか?」
「あ~、あれな……ブレイアがやったんだけど……勘違いしないでほしいんだ」
「「違う?」」
「そうだな……ほんとは話さないつもりだったんだけどな。あんたらならなんでか話す気になっちゃうんだよな……なんでだろ。ま、とりあえず聞いてくれ。ちょっと昔の話になるんだが……」
* * *
幼いころから当然のように魔獣と会話をしていたヴェン・ローディーは、村人たちから不気味がられている……こともなく、むしろ感謝されていた。主な理由は魔獣と会話をして畑の被害を最小限にしてくれていたからだ。それに、彼自身の明るい性格のせいもあっただろう。そんな彼とブレイアが出会ったのは村が魔獣に襲われ、魔力に汚染された土地ができる少し前である。
「この辺りこんなに動物少なかったか~?」
ヴェンは肉を手に入れるため、イノシシやシカを狩りに来ていた。その時に違和感を覚えたのだ。普段いるはずの動物を全く見ないことに。
そうしてヴェンがあたりを探し回ると、休んでいるドラゴン。ブレイアがそこで傷を負った体を休めていた。
「大丈夫か?!」
ヴェンがブレイアと初めて出会って言った言葉がそれだった。ドラゴンという魔獣は非常に危険な存在だ。例え魔獣と会話できるとしても逃げるべきだろう。だがヴェンはそうしなかった。目の前の強大な存在ですら、怪我をしているとなると放っておけなかったからだ。そうしてヴェンはブレイアの傷を治療し、仲良くなったのだ。
「ブレイアっていうんだな。俺はヴェン。よろしくな」
『ヴェン。お前は人の子でありながら魔獣と言葉を交わすことができるのか』
「そうだぜ!」
『……親。もしくはそのもう何世代上の者はどうなのだ?』
「おふくろとか親父は特に。じいちゃんとかばあちゃんはわかんないな。俺が生まれる前に死んじまってるし……おふくろも親父もそんなこと言ってなかったし」
『ふむ……』
* * *
そうしてヴェンとブレイアが仲良くなってから1週間が経った。さすがにドラゴンとなると魔獣と話せるというヴェンがいたとしても村民を不安にさせてしまうと思い、ヴェンはブレイアのことを話しておらず、こっそりと会って交流を深めていたのだ。そんなある日のことである。
「た、助けてくれ!!!」
「どうした!!」
突然血だらけの旅人数人が村に助けを求めてやってきたのだ。彼らは道の途中でドラゴンに会ったこと。そして、急に襲われたことを村民に話していた。それを聞いた村民たちは急いで旅人を連れて家の中に隠れた。魔獣とのいざこざとなるとヴェンを真っ先に出すが、流石にドラゴンとなると危なすぎるということでヴェンも全員と同じように少し隠れて様子を見ることとなった。
「き、来た……」
ヴェンの父親が家の中で声を殺してそう言った。ただ、そう言われなくともわかっている。その巨体から鳴る重い足音。それが圧倒的な存在感を持つ生き物が来たのだと教えてくれた。
『ヴェン、ここは危ない。逃げろ』
しかし、その声を聞き、ヴェンは外に飛び出した。
「ブレイア!なんで旅人を襲ったんだ!」
『説明はあとだ。とにかく今は逃げろ。人間の男1人獣人の男2人、人間の女2人がここに来ただろう!そいつらはお前を狙ってきた!!だから早く!』
ブレイアがそう言った瞬間、ブレイア目掛けて無数の氷の槍が飛んでくる。
『手は出させん!』
そうしてブレイアは全員ではないものの、先ほど助けを求めてやってきた旅人たちが隠れていた家屋を炎で丸ごと燃やし尽くす。村民はそこにはおらず、旅人たちだけが焼かれていく。
『まだだ』
ブレイアがあたりをきょろきょろと見渡していると、その後ろにうまく回り込んだ旅人が、剣をブレイアの眉間目掛けて振り下ろす。血だらけだったはずだが、1度落ち着いたことで回復魔法を使うことができたのだろう。怪我は見る限りきれいさっぱりなくなっていた。
「死ねっ!!!」
「待ってくれ!」
ヴェンが制止するが、旅人はやめることなどない。そうして剣が振り下ろされ、ブレイアの眉間に剣が深々と刺さる。
『ぐぅっ!』
攻撃を受けながらも、ブレイアは炎を吐き、眉間に剣を突き刺した旅人を焼き殺す。そうして順調にブレイアは旅人たちを殺害し、そして……
『今日はすまないな』
それだけ言ってブレイアは立ち去った。それを見た村民たちはヴェンに事情を聞く。だが、何も言えることができなかった。
何度か話しているうちに知っていったのだ。ブレイアはそんなことをする魔獣ではないということを。だというのになぜこんなことをしてしまったのか。それがショックで、村民たちの質問にも答えられなかったのだ。




