二話:ドラゴン(2)
買い出しを終え、リスタとルティラがとっている宿に帰ろうとしたとき、とある会話が2人の耳に入ってくる。
「た、助けてくれ!」
「落ち着け、何があったかゆっくり話してみろ」
「ど、ドラゴンが!ドラゴンがこの近くにいたんだ!」
「ドラゴン……ってことはまたアイツか?」
「あぁぁ……もう終わりだ……」
「お、落ち着け!とりあえず医者に…!」
「私が治しましょうか?」
ルティラはその話に割って入る。会話していた2人のうち1人はかなりの量出血しており、明らかに危うい状態にあるのだ。
「おぉ!アンタ旅のものか?魔法が使えるのかい?」
「ええ、少し待ってください」
そうしてルティラが怪我をしている人物に手を当てると、淡い光がルティラの手に灯る。すると、見る見るうちに怪我がふさがっていく。数秒すればもうけがは見えなくなっていた。
「これで大丈夫ですわ。ただ、出血した分は戻っていないので、しばらくは安静にするのをお勧めしますわ」
ルティラはそう言うと、村の人にけがをしていた人物を医者に連れていくように言った。
「リスタ。聞きました?」
「ドラゴン、ですよね」
「そう、それです」
2人はその単語に顔をしかめる。人間の営みの中で厄介ごとは色々あるが、魔獣の被害というのがその中に入っている。魔力濃度の高い場所がある限り湧き続け、農作業、商売などの邪魔、果てには人の命を奪うこともある。
そして、1500年前。魔王が魔族の王として君臨していた時代。その時の魔獣よりは力が弱まっているが、ドラゴンと呼ばれる魔獣はいまだ人間以外の種族からも恐れられることもある。それほどの魔獣がこの村の近くに出たと言うのだ。
「もしかして、村の入り口で私たちが見たあの被害……」
「1年前に被害にあった魔獣というのは……」
「「ドラゴンの可能性が高い……」」
これは由々しき事態である。個体差や種類もあるが、人間の数倍から数十倍の大きさ鱗が鉄のように固く、魔力体制も高い。さらに魔力汚染を引き起こすことのできるほどの魔力を持ったドラゴンが村を襲えばすぐにこの村は滅んでしまうだろう。
「それにしてもおかしいですね、竜人族ならともかく、魔獣の竜なら冬には活動しないはずですが……」
リスタがぼそりと言うと、ルティラが「そうなんですか?」と少し驚きの顔を見せる。
「ええ……ひとまず宿に戻りましょう」
そうしてリスタはルティラを連れて宿に戻る。最悪。本当に最悪の場合、この場所を見捨てなければならないかもしれない。ルティラは反対するかもしれないが、リスタはそう思っているのだ。なんたって、リスタは昔話の勇者でもないし、今を生きる英雄でもない。ただ自由に生きたいと思っている人間だ。
「……あ!」
そうして宿に戻る道中、ルティラは何かを思い出したように声を出した。
「どうかしましたか?」
それが気になり、リスタがルティラに声をかけると、ルティラがリスタの手を取り目を輝かせながらこう言った。
「ドラゴンの鱗取りに行きましょう?」
* * *
そうして1日が経ち、現在。ルティラの圧におされたリスタはルティラとともに2人でドラゴン退治に来ていた。ドラゴンがこの近くに出たと怪我をしていた人物が言っていたように、2人が目的の魔獣を見つけるのに苦労はいらなかった。それは馬車の荷台のようなものの近くで鎮座しており、周囲を警戒しているようである。
「ルティラさん?」
「なんです?」
「何か策はあるんですか?」
「無いですわ」
「……ほんとにやるんですか?」
「ええ、私たち自身のためですわ」
「でも……」
「迷っている暇はありませんわ」
ルティラはそう言って、巨大な氷塊をドラゴンの頭の上に作り出し、重力に任せてそれを落とした。魔法と、その魔法を作り出した人間2人を認識したドラゴンは咆哮を上げる。
「それでも……この大きさのドラゴンを2人で相手にするのはキツイと思うのですがー!!!???」
氷塊はドラゴンの頭に直撃……などせず、ドラゴンが吐いた炎によってすべて溶かされてしまう。そのまま吐いた炎が2人に迫る。しかし、それはルティラが作り出した結界により当たることはなかった。が、結界にはいくつかひびが入ってしまう。
「なんて濃い魔力!リスタ!次来たら切れますか?」
「え?」
「だから!次ですよ次!炎を切ってください!!そうじゃないと次の攻撃は私の防御結界では防げませんわ!」
「あぁ!もう!やってあげますよ!!シェリルオーラの黒鎌!!!」
そうしてルティラの右手には真っ黒な鎌が顕現する。その瞬間、ドラゴンが再び炎を吐いてきた。先ほどとは違う、空気中にばらけるようなものではない。防御結界を張ろうものならそれを貫通するような威力を持った魔法だ。
「熱っ!」
炎に触らずとも火傷するような魔法をリスタは断ち切る。その瞬間、発動していた魔法が狂ったせいか、ドラゴンは少し困惑したそぶりを見せ、そして、すぐにその太い腕に備え付けられている鋭い爪をリスタに向かって振るってきた。ルティラがそれを止めようとし、防御結界を張るが、それはいとも簡単に破られ、そして……
「あがっ!」
リスタは爪に貫かれ、地面にその体をたたきつけられた。本来ならば即死の一撃。だが、それをリスタの心は許さない。
リスタが呼んでもいないのにフェレンダリオスの白槍が顕現し、ドラゴンの前足ごと貫いた。
—ギャオォォオ!!!!
ドラゴンはその巨体にふさわしい巨大な咆哮を上げる。ただ、リスタやルティラに向かって初めて咆哮を発したときのような威嚇のための咆哮ではない。痛みによる叫びだ。そして、痛みによってそのドラゴンはリスタから前足を離す。ドラゴンの体重に耐えきれなかったリスタの下半身はつぶれ、地面にぺしゃんこになってしまっている。
しかし、それがうぞうぞと動き出し、ぴたりと上半身とくっついた。そのままつぶれていた体が元の形を成し、リスタの体がビクンと跳ねたと思うと、彼女の目に光がともる。しかし、それと同時に激痛が彼女の体に走った。
「ぐっ、アァアアァァァァァァァァアアアア」
ドラゴンに負けないほどの咆哮。人間が出すような音ではない。
「り、リスタ!!」
ドラゴンがリスタの体を貫き、押しつぶしてから目の前の光景にあっけにとられていたルティラは半ばパニックになりながらリスタに駆け寄ろうとする、だが、再びドラゴンがリスタ目掛けて腕を振り下ろそうとしていた。
その時のことである。
「ちょっと待ったぁ!!」
そう言いながら草陰から飛び出してきたのは大きな戦斧を担いだ青年だった。その青年はドラゴンとリスタの間に入るとリスタを守るようにドラゴンのほうを向いて腕を大きく広げる。
「待ってくれ、ブレイア!!」
—グゴググ……
青年が「待ってくれ」というと、ドラゴンは大人しく爪を収め、馬車の荷台を再び守るかのようにその近くに再び鎮座する。
「こっちの人は大丈夫か?!!さっきブレイアにやられたように見えたけど……見た感じ怪我はないな!だけどとりあえず医者に……」
「だ、だいじょう、ぶ、です。今、起き上がります、から……」
痛みが治まってきたリスタは、青年の手を借りながら起き上がる。一瞬途切れた意識は明らかにリスタが死んだ証拠だ。だというのにすでにリスタの体はいつもと同じ調子を取り戻しかけている。
「リスタ!」
そんな時、ルティラがリスタに抱き着く。その手や体は震え、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
「あ~……とりあえず、あっちで話そうぜ」
そう言って青年はドラゴンの後ろの方にある洞窟を指さした。




