十六話:これは私のため(4)
リスタは知っている。政略結婚など、愛などある方が稀なのだと。互いの家に利益があるから結婚をするのだと。特に王族の婚約者の決め方などは位の高い家系。それに加えて何か特筆すべきものがある人間が選ばれる。ツェルン侯爵家はフロンツ王国の中でもかなり位の高い家だ。さらに、先ほどのクローツの「魔法だけは」という発言。このことからルティラはたぐいまれなる魔法の才能を秘めていることを現している。
(だから、イライラするんですよ……)
リスタはクローツのことをにらみ、心の中でそう言った。せっかく才能があるというのに、見下され、蔑まれればその才能が生かしきれないこともあるというのに……
「ニャー!」
そんな時、メアがリスタの頬を軽くたたく。
「どうしました?」
「ニャ!」
そうしてメアが前足で指した方向を見ると、騎士がこちらに走ってきていた。アルトに”提案”された騎士ではないようだ。それが確認でき、少し安堵したその瞬間、その騎士の胸に真っ赤な花が咲く。パーティー会場に向かった騎士たちが今どうなっているか、リスタにはそんな考えを巡らせている暇もない。ただ、わかることが1つある。今、とんでもなくマズい状況だということだ。
「っ!」
リスタはすぐにルティラの近くに駆け寄り、あたりを警戒する。音もなく、気配もない。しかし、確実に狙われている。
「でん……」
リスタはクローツに逃げるように促そうとしたとき、リスタの横腹に風穴があいた。飛び散った血しぶきが近くにいたルティラの服にかかり、シミを作っていく。
「白蛇様の主様!」
そうしてルティラはリスタに回復魔法をかける。正直ここでフェレンダリオスの白槍の効果を発動するのはきつかったのでありがたい。
「ルティラ様、クローツ殿下。ここから離れてください。ここは私たちが請け負いますから」
「あぁ、そうさせてもらおう」
そう言ってクローツはその場から離れた。が、ルティラはまだ離れようとしない。
「ルティラ様?早くここから……」
「私もともに戦いましょう」
「え?で、でも……」
「私には、あなた様達にすべてを任せて逃げることなんてできません……殿下のように神様に頼るのも良いとは思いますが、私は神様を頼り切るのは嫌いなのですわ。私が精いっぱいできるところまでをやりたい。頼るのはその後ですわ!」
(強い人ですね)
リスタはそう思いながらも、あたりを警戒し続ける。そうして、この状況に至っている元凶が姿を現した。
「はぁ……貴女の魔力の気配が消えたので、どこに逃げたかと思えば、まだ城の中でしたか。少々焦りましたが、これなら問題ありませんね」
アルト・ミューロンはルティラを見ながらそう言った。
「狙いはルティラ様ですか?」
「そうですね。ですから、大人しく渡してくれませんか?そうすればあなたのことはひとまず見逃して……」
アルトがそう言いかけた時、彼の胸に白い槍が突き刺さる。一瞬アルトは苦痛の表情を浮かべるが、すぐに表情を取り繕った。
「なるほど……交渉決裂ですか」
「そもそもあなたたち戴冠の檻の要求を呑むわけがありません」
「そうですか。では今後、私たちの仲間になってくれることもないということでいいですね?」
「ええ…絶対に、魔王を復活なんてさせません」
リスタがそう言うと、ルティラは目を丸くしてリスタのほうを見る。
「ま、魔王?」
「そうでした。まだ説明していませんでしたね……ですが、今は説明している暇はありません。早くあの人を捕まえなければ」
そうしてアルトに刺さっていた白い槍が消える。
「早く終わらせて、あなたの婚約者に文句を言いに行きましょう。ルティラ様」
そう言ってリスタは闇夜に紛れるほどの真っ黒な鎌を取り出した。
「ルティラ様。あなたに攻撃は任せます。私は、あいつの妨害をしますので」
「わ、わかりましたわ!」
そうしてルティラは地面に手をつく。すると、アルト目掛けて地面から氷の棘が無数に出てくる。それをアルトはかわそうとするが、足に黒い鎖が絡みついてうまく避けることはできない。
(防ぐ術などいくらもである!)
アルトは回避の代わりに防御結界を張った。だが、リスタの持つ黒い鎌に魔法は無意味。黒鎌が結界を切ると、魔法が一瞬にして崩れる。
(厄介な!……だが、あの方が作った”これ”があれば)
アルトの服はとある魔獣から取れる特殊な素材であり、それを魔法で貫くのは宮廷魔法師でも難しい。魔族を含め、生物でその服を魔法で破壊できる者などほんの一握りしかいないだろう。そのはずなのに……
ズブリと腹や腕に氷の棘が突き刺さり、アルトは一瞬にして不利な状況に立たされる。
(な、なぜ?!ルティラ・ツェルンの魔法の才は確かなものだが、これほどではない!そのはずだ!)
そう考えるアルトの視線は自然とリスタのほうへと向く。
「考え事とはずいぶん余裕ですね!」
「ぐあっ!」
いつの間にか白い槍に持ち替えていたリスタが、アルトをその槍で突き刺す。傷は治る。氷の魔法で貫かれたおかげで出血も少ない。だが、足が動かない。痛みという精神を傷つける刃は生物を鈍らせるのだ。
無くなっていた皮膚が無理やり再生する。その際に生じる、無理やり皮膚を引っ張られ、伸ばされるような感覚。それがより痛みを増幅する。刺さった瞬間と再生の瞬間。2つの痛みがアルトを襲う。
「くそっ!ま、ほう、を……!」
「させませんわ!」
アルトの体内に回る魔力が風の魔法として出現したとき、ルティラが結界魔法でそれを封じ込める。
「なっ!」
風の魔法の利点は、不可視という点だ。攻撃発生の位置や攻撃の軌道が見えないという特性は風属性魔法の唯一無二のもので、魔力感知の魔法を使用していないと攻撃をよけたり、防ぐことは難しい。しかし、魔力感知を使用しながら体を動かしたり、もう1つ何か別の魔法を扱うことも非常に難しいことなのだ。
体を動かすことが難しい理由は、魔力感知を使用していると星空に投げ出されたような感覚に陥るというのが一番の理由だ。そのせいで平衡感覚が失われ、よろめいてうまく体を動かせないことが多い。訓練すればできなくもないが、戦いという場で使うには一生普通の目を使わずに魔力探知のみの視覚で生きていくしかないだろう。
そして、魔力感知を使っている際に別の魔法を使うことが難しい理由としては、魔力探知の魔法は、”魔力に込められた情報”を読み取る魔法だという理由だ。魔力感知の魔法を使っても空気中の魔力を感じ取れない理由はそこにある。空気中の魔力には情報など一切含まれておらず、生物の体内に入る、または、魔法として使われるときに初めて情報がつけられる。そして、魔法を放つとき、どれほど離れた場所に魔法を放つことができたとしても、魔法を発生させる”情報”は自分のすぐ近くにあるのだ。近ければ近いほどより情報を受け取る魔力探知の魔法の特性のせいで、自分の魔法が邪魔をするようになる。こちらも訓練すれば克服できないこともないが、かなりのセンスが必要だろう
それをルティラはやってのけたのだ。予想外のことが立て続けに起き、アルトの思考は対策を考えるためにフルスピードで回る。
「大人しくしてください」
「ぐっ!」
しかし、解決策が見つからない。ついに、アルトは痛みに耐えきれず意識を手放してしまった。
* * *
リスタはアルトを騎士に引き渡したあと、ルティラを連れてクローツの前へとやってきていた。辺りには国王や、この国の騎士団長もいた。王妃はいない。3人目の子供を産んだとき、亡くなったそうで、そのまま国王は妻を娶っていないらしい。
「クローツ殿下……」
「なんづっ……?!」
リスタはクローツの名前を呼ぶと、思いっきり頬をひっぱたく。それを見た瞬間、国王も騎士団長も驚くが、何もしない。理由はリスタのかぶっているフードの中から見える白い蛇。それのせいだった。
「ルティラ様はあなたのためにどれだけ努力をしたのか知っていますか?」
「そ、そんなの知るわけ…!づっ!」
もう一度、リスタはクローツの頬をひっぱたく。リスタの鋭く、冷たい視線がクローツに突き刺さる。
「ロマから聞きました。ルティラ様の努力も、何のためにその努力を積み重ねたのかも……それから、あなたの態度も」
そう言ってリスタはロマに触れる。ルティラが王妃となるために身に着けた所作、言葉遣い、語学、歴史、それから魔法。それらをこなしてきたのは、家のため。そして婚約者に恥をかかさないため。それなのに、クローツはアルトの作戦にまんまと引っかかっていた。アリス・グローヴィアに惚れこみ、ルティラのその努力と才を見れていなかった。
「それだけの努力をしている人間にあの態度はなんですか!」
「だ、大体、み、見えない努力をしているのが悪いだろう!」
「魔法の腕という結果もありましたが?殿下もそれはお認めになっていたのでは?」
「っ……!」
「もうよい」
リスタがクローツを詰めていると、国王が割って入る。
「クローツ。白蛇様の主様に無礼な態度をとるな」
クローツはそう言われ、初めて大人しくなる。それどころか顔を青くしている。この国では白蛇は神の化身。その白蛇が主と呼ぶ人物ならば、更に敬うべき対象だろう。
「いいえ、陛下。そのようなお気遣いは不要です。私はただ……いえ、やはり何でもありません」
割り込みが入り、少し冷静になったリスタは、またヒートアップする前に自ら口を閉じ、少し考えてから再び言葉を紡ぐ。
「少し、ルティラ様と話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、いくらでも。おい、我々は出るぞ」
国王はリスタの要求にすんなりと答え、現在いる部屋を騎士団長やクローツとともに出ていった。現在この部屋にいるのはリスタとルティラ、それからロマとメアだけだ。
「……気になっていたことがあります」
初めに口を開いたのはリスタだ。
「あなたは、”本当に”今を幸せだと思っているのですか?」
それは、ロマから事情を聞いた時からずっと思っていたことだ。他人の心というのは当人が言うまでわからないものだ。だから、直接聞いてみたかった。嘘偽りのない返事をくれるかは知らないが、それでも聞いておく価値はあると思ったのだ。
「私……は」




