十五話:これは私のため(3)
リスタがパーティー会場の扉を開けると、すぐに騎士がリスタの周りを取り囲んだ。
「何者だ?」
この場のリーダーらしき騎士がリスタにそう問いかける。だがリスタはそれには何の反応も示さず、あたりを見渡す。囲んできている騎士の奥には何人もの貴族たち。その中心に絶望した表情を浮かべている一人の少女がいた。録画の魔道具で見聞きした、婚約者の失脚という作戦が実行されているのだとしたら、その少女がクローツ・アルフ・フロンツの現婚約者、または、婚約破棄を言い渡されているのならば元婚約者と考えるのが妥当だろう。
リスタは自らを囲んでいる騎士を無視し、その少女の元に近づこうとする。しかし、騎士がその邪魔をする。
(当たり前ですよね……できれば避けたかったのですが……)
少し考え、リスタは腕に巻き付いているロマをチョンと触る。すると、ローブの中からロマが顔を出し、騎士たちに威嚇をした。
そうするとその場にいる騎士や、貴族でさえ騒然とし始め、騎士は大人しくリスタが進むために道を開ける。
「失礼。あなたのお名前は?」
リスタが少女に近づきそう言うと、少女は驚きながらも答える。
「る、ルティラ・ツェルン、です……」
「ふむ……あなたは、クローツ・アルフ・フロンツ殿下の婚約者ということでよろしいですか?」
「え、そ、そうですわ」
そう言うと、リスタのフードの中からロマがするりと這い出て、ルティラの手のひらへと降りる。
「あ、白蛇様……」
「ん?もしかしてここ数日間ロマのことを見てくださったのですか?」
「あ、えっと……そう、ですわ」
「それは……お礼を言わなければなりませんね。ありがとうございます」
「いえ、白蛇様は神の化身と……ということはあなたは……」
「いいえ、私は違いますよ。それより、どなたがクローツ殿下でしょうか?」
「俺だ」
リスタがクローツを探すと、1人の少年が出てくる。そしてリスタはその少年の目の前で録画の魔道具を使って見せた。
「現在起こっていることの犯人の正体私が明かして差し上げましょう」
そうしてリスタは魔道具に魔力を注ぐ。すると再びリスタが見たあの映像が流れ始めた。そして、リスタがこの空間に入ったときに注がれていたツェルンへの視線は、一気に映像の魔道具に映っている少女と男性に移される。
「アリス・グローヴィア、アルト・ミューロン。これはどういうことだ?」
「ち、違います!殿下!これは偽物ですわ!おっしゃっていたではありませんか!国王陛下はルティラ・ツェルンに殴られた、と!」
アリス・グローヴィアと呼ばれた少女がクローツにそう言った。だが、この映像が偽物かどうかは、魔法師や魔道具職人に見せればすぐにわかる。クローツもその知識があったようで、リスタが持っている魔道具を少し見た後、アリスの言うことを1部否定した。
「確かにそうだ。だが、これに細工などされていない。不安なら上級魔法師たちにも見させるが……まぁ、ただ、そこが引っ掛かるな」
そうしてクローツは国王が言ったことを伝えに来た騎士を呼び、その者に話を聞く。しかし、本当に国王はルティラ・ツェルンに襲われたと言っているのだ。
「ひとまず、この件は一時保留とし、本日のパーティーはこれにて終了とさせてもらう」
第一王子の成人パーティーとなると重大イベントだが、立場がはっきりしないルティラ、アリス、アルトの3人がいるので、クローツはパーティーの終了を宣言する。貴族たちは騒然とし始めるが、王族の決定は絶対だ。それに、もしものこともあると考えると、帰らざるを得ない。そうして貴族たちがパーティー会場を去ろうとしたとき、ロマが「シャー」と威嚇をした。
「どうしましたか?」
リスタが小さくロマに問いかけると、ロマはしっぽを使ってリスタにこんなことを伝える。
[メガネの奴、戴冠の檻]
「?!」
眼鏡をかけているやつと言われれば何人かいるが、ロマが見ているのはその中の、アルト・ミューロンと呼ばれていた男。リスタがその男をフードの下から見ていると、目が合った。
「!」
男の口がにやりとゆがむ。その瞬間、リスタとその近くにいたルティラに向けて炎の槍が飛んできた。
「シェリルオーラの黒鎌!」
リスタは大鎌を振り回し、炎の槍を消し去る。だが、それで終わりではない。リスタとルティラ、そしてアルト以外の全員の近くに炎の槍が出現し、先はすべてその場にいる者たちに向いている。が、その者たちに向けて飛んでいく様子はないようだ。
「1歩でも動けば、その槍が検知してそのまま貫く仕組みになっています。ですので、全員慌てず、その場で制止しなさい。そして、侵入者。貴女が動けば、全員はあの世に行くことになるでしょう」
アルトが声高らかにそう言った。パーティー会場の全員はそれに従うしかない。リスタも同様だ。なにせ、貴族たちの命がかかっているのだから。
「シャー!」
「ニャ゛ー!」
「おやおや、元気いっぱいな畜生どもですね」
「ロマ、メア、威嚇はしなくていいですよ。……それより、アルト、と言いましたっけ?」
「ええ。まぁ、もちろんこの国に潜入するための偽名ですが」
「どうしてこんなことを?」
「どうして……貴女ならなんとなく察しているのでは?」
「フローラから聞いたんですね……」
「ええ、もちろん。情報交換は大事ですからね」
リスタがそう言うと、アルトはリスタに向けて歩き出す。その顔には満足げな笑みがこぼれていた。
「貴女がいなければもう今頃はこの令嬢は罪人となり、我々がどうとでもできたのですが……」
そう言ってアルトがリスタの前に立つ。それと同時に、顔から表情が抜け落ちた。
「邪魔なんですよ」
そう言ってアルトはリスタの手足に触れようとした。その時、リスタはアルトの腕をつかみ、思いっきり壁へと投げつける。その瞬間、それに驚いた貴族たちは逃げ出してしまう。本来、少しでも動けば用意されている炎の槍が逃げた者たちを貫く。そのはずだった。
「痛いですね……それにしても想定外でした。まさかが動いたことを感知する魔方陣を壊されているとは……鎌を振った様子もなかったですし……いったいどのように?」
「教える義理はないです。それより……あなたのことを一刻も早く騎士団につきださなければならないので」
「そうですか」
アルトがそう言うと、パーティー会場の中にいた騎士たち全員が、リスタと、逃げ遅れた貴族。ルティラ、アリス、クローツを囲う。
「おいお前たち何をしている!!…アルト・ミューロン!これはどういうことだ!」
クローツがアルトに向かってそう叫ぶ。だが、クローツの言うことは無視してアルトはリスタに話しかける。
「念のために騎士たちに”提案”しておいて正解でした」
「……」
このパーティー会場の騎士にはアルトの息がかかっている者しかいない。そう言っているのだ。ここから安全に抜け出すにはどうするか。もっと言えば、他の者も逃がしたいところがあるが、かなり難しい。
「せめて騎士の足止めができれば……」
リスタがそう呟くと、ルティラが立ち上がり、手をふわりと振った。すると、あたりを囲んでいた騎士たちの足が凍り付く。
「今のうちですわ!」
そうして会場内の貴族やクローツ、ルティラ、リスタは外に逃げる。外にいた騎士たちはアルトの息がかかっていないようで、貴族たちや、パーティー会場内の騎士たちの対処を任せることとなった。
「とりあえずここまですれば……」
リスタがそう言いかけたその時、クローツがルティラのことをキッとにらんだ。
「なぜもっと早くそうしなかった!」
「……申し訳ありません」
「え?」
「逃げる隙を作れるならもっと早くしろ!」
リスタはその光景に困惑する。が、ルティラはただ謝っているだけだ。
「お前がもっと早く対処できていれば、白蛇様とそのお連れ様たちの手を煩わせることなどなかったのに!」
リスタには到底理解ができなかった。今無事なのはルティラが氷の魔法を使って自分たちを逃がしてくれたからだというのに。どうして「遅い」などと責められるのだろう。
「クローツ殿下、あまりルティラ様を責めないでください。私たちはルティラ様に生かされたのですから」
「いやいや、こいつは白蛇様や、貴女の手を煩わせました。初めから貴女の手を煩わせずとも対処はできたはずなのに、です」
「それはあの時、真犯人に濡れ衣を着せられそうになっていたから気持ちが揺れていたからです。ほとんどの人はその状況になったら動揺しますし、動揺すれば、魔力は乱れ、魔法を打つのは容易ではなくなります」
「ですがこいつは昔から魔法の腕”だけ”は……」
「”だけ”?」
リスタがその言葉を聞いた時、胸の内に何かが沸き上がる感じがした。その瞬間、ロマもメアも、クローツに向けて激しい威嚇を始める。
もし、殿下が婚約者のことを愛しているのなら、もしくは、敬意を払えるような素晴らしい人物だったのならば、まだやり直せると思っていた。だが、彼は敬意を払えるような素晴らしい人物だとは思えない。婚約者とはいえ、1人の民を見下すなど、将来国を背負う者としてありえない。リスタはそう思っているからだ。そしてもう1つ。いや、もう答えは出ているようなものではあるが、一応聞く。
「クローツ殿下。あなたは……ルティラ様を愛していますか?」




