十話:むかつく(3)
次の日、ロマは目を覚ます。そろそろ寒さで活動ができなくなりそうだが、それでもロマは気合を入れてベットを降りる。朝の気温がロマの動きを鈍らせる。
『アナタが笑ったら、いっぱい眠らせてもらうワ』
ロマはまだ眠っているルティラに向けてそう言い、ルティラが泊っている部屋を出ていく。そうしてロマは誰もいない廊下を選んで進んでいると、通気口を見つけた。通気口は人間が入ってこれない場所であり、ロマや他の小さな動物にとっては絶好の道だ。
そうしてロマが色々と移動していると、どこかの部屋の床下にたどり着いた。防音の魔法も床下にまでは張っていないようで、誰かが話している声が聞こえてくる。
『人間のメスと……誰?声的にはメスだけど……人間の魔力じゃないわネ。それよりももっと違う存在……』
そんなことをつぶやきながら、ロマは2つの存在の会話に耳を傾ける。
「ちゃんと準備はできてるんでしょうね?」
「ええ、もちろんできておりますとも。2日後は貴女が……アリス・グローヴィア様が殿下の正式な婚約者となる日でございます」
「ふふっ、そうよね。殿下もあのつまらない女とは早く婚約を解消したいとおっしゃっていたし、あなたの作戦もある。これほど完璧なことはないわ」
「ふふふっ……それはそうと、この作戦が成功した暁には、この国の財産の一部を我々、”戴冠の檻”に寄付してくれるということをお忘れではないですよね?」
『!』
「まぁ、落ち着きなさい。クローツ殿下は必ず国王となるお方。殿下があのつまらない女を捨て、私が婚約者になることができたら、私は王妃になれるわ。その時に必ずこの国の財産を寄付してあげる。やり方はいくらでもあるわ。まぁ、それまでは少し我慢してもらうことにはなるでしょうけど……」
『クローツ殿下……って、ブドウ姫の?』
そんなことをロマは考えながら、再び会話に集中する。
「いいえ、心配いりません。現国王陛下も、"なぜか"すぐ病床に伏せられることとなるでしょう。跡継ぎが無事に成人し、安心するからかもしれませんね?」
「ふん……”なぜか”、ね……あなたがいつも、言っている”運命は自分で手繰り寄せる”っていう言葉の意味がよくわかるわ」
そこからの会話をロマはあまりよく覚えていない。覚えているのは、自分の中に渦巻く不快感、そして怒りだった。自分の物だとは思えないほどの不快感と怒り。それをどこにぶつけようか。一瞬そんな考えが脳裏をよぎったが、一旦冷静に現状を整理する。
『人間のメスはブドウ姫の代わりに王子の婚約者になろうとしてる……まぁ、ひとまずはそう思って……それから……さっきの人間のメスと話してたやつが戴冠の檻の一員?』
考えながらロマは先ほどの会話を聞いた部屋の窓までやってくる。窓はしまっているが、少し中を見て見れば2人の人物が何かを話しているのが見える。その2人の顔をロマは記憶し、窓際から離れ、今度は別の場所へと向かう。
1日前にロマが見た、金髪の男がいた部屋だ。そこを窓から中の様子を見て見れば、1人の男と、ルティラが何やらドア付近で会話をしているのが見えた。
『ブドウ姫?』
少し気になり、ロマは近くの通気口から場内へ侵入し、ルティラと1人の男の会話を盗み聞く。
「何度も言っているだろう?そんな些細な事を気にしてどうする?」
「さ、些細などでは……」
「大体、国王が妻を何人も持つなど不思議ではないだろう?」
「ですが、殿下はまだ……」
「うるさい。弟はまだ小さく、他は妹ばかりだ。王になるのはこの俺だろう?」
「……」
「そう言うことだ。文句があるのなら、婚約は解消するからな」
そうしてバタンと扉が閉められ、ルティラは男がいる部屋の外で立ち尽くしている。辺りに他の人目がないことを確認して、ロマはルティラの元へと近寄る。その時、初めて気が付いたが、ルティラの表情はゾッとするほど無表情で、それでいて何かを抑え込もうとしているようにも見えた。
「…あ、白蛇様……」
ロマが自身に近づいてきていることに気が付いたルティラは、パッと笑みを見せ、ロマを隠しながら王城の人気の少ない場所へと移動していく。
『……むかつく』
人間の詳しい事情なんて知ったこっちゃいないが、とにかく腹が立つ。
『殺してやル』
それと同時に、感情を抑え込んでいるルティラに笑ってほしいと思う。自分たちは自由なのだと言いたい。だが、今ではない。ルティラはまだ囚われているのだ。まだ信じているのだ。王族と婚約して、結婚して、実家に恩返しをすることが幸せなのだと……。いや、見方を変えればそれもまた幸せだということをロマは知識として知っている。だが、それに同意することはできない。
『ブドウ姫……アンタ、もっと楽しく、幸せに生きれるでしょウ?それなのに、なんでそんなに暗い顔をする生き方を選ぶノ?』
ロマがそう言うと、ルティラはロマのほうへと顔を向ける。この言葉は一方的で、ロマからルティラに口での会話ができるわけはない。ただ鳴いていたロマのほうへとルティラが顔を向けただけだ。
「どうかされましたか?」
[なんでもないわ]
ロマはルティラの手のひらにしっぽを這わせ、そう言葉を綴る。
『……ゴシュジン、我儘なアタシのお願い、聞いてくれるカシラ?』
* * *
王城から戻ってきたメアは、リスタの元に向けて一直線で走っていた。途中、人間が集まっている場所もあったが、それも難なく突破する。そうしてメアはリスタの目の前に華麗な着地で姿を現した。
「メア!どうでしたか?」
「ニャ!」
リスタがメアを持ち上げると、メアは爪でリスタの腕を軽い力でひっかく。何回かそれを繰り返しているうちに、リスタはそれが言葉を綴っているのだと理解した。
「文字……いつ覚えたのかはとりあえず置いておきますね……それで……2日後に迎えに行く。ですか……2日後?!ど、どこに?」
[王城]
「……」
リスタは何も言わない。ただ、足の力が抜けてしまい、その場に座り込む。そうすると周りから視線が浴びせられ、無理やりすぐに立ち上がるが、それでも足の力が抜けそうなのを我慢している。
(王城?王城ってあの王城?本当に?)
リスタの頭の中にグルグルと様々な考えが巡る。主にめぐるのは「ありえない」という感想だが……
「ニャ~オ!」
「はっ!」
思考の沼にはまっていたリスタを、メアが現実に引き戻す。ただ、意味が分からないのは変わらない。
「メア……どうしてロマを無理やりにでも連れてこなかったんですか……」
[ロマちゃんが望んだから。それと、むかむかしたから]
「むかむか?」
[文章で話すのはちょっと難しいニャ。2日後に自分で見てもらったほうが速いニャ]
「う、う~ん……そうだとしても……王城に忍び込むのは……」
[主様ならできるニャ!]
「無理なものは無理ですよ~」
そう言ってリスタはメアの体に顔をうずめた。




