九話:むかつく(2)
『ロマちゃんゲット!』
王城の窓際から落ちてきていたロマのことをメアはキャッチする。なぜメアがここにいるのか。それは数日前のことだ。
* * *
「メア、どうですか?何かわかりました?」
ツェルン侯爵家にメアが忍び込んだ次の日、今度はメアとともにリスタはツェルン侯爵家周辺を調べていた。ただ、あまり領主の屋敷周辺をうろつくのは不審者だと思われるので、そこには気を付けている。
「ニャ~」
そうして調べているうちに、メアはロマの何かを感じ取ったのか、ツェルン侯爵家から離れていく。初めは地面をかいだり、あたりをきょろきょろと見まわしていたが、時々確信したように走り出し、少ししてまたあたりを見渡したりを繰り返していた。そうして向かうのはフロンツ王国の王都。もともとツェルンを出た後に向かう予定だった場所だ。そこにロマがいるかもしれない。よかった。それにしてもどうして……
様々な考えが頭に浮かぶが、それよりもまずはロマに会えるかもしれないということがうれしい。
それからリスタとメアは王都を走る。庶民や商人が住む場所。貴族の屋敷がある場所。それらを通りすぎ……リスタの目の前に現れたのは巨大な城であった。帝国では皇帝が住み、王国では王が住む。そのような城だった。
「メア?なぜこんな場所に……」
「ニャ……」
リスタがメアに話しかけるが、メアはそれを聞いていないようだった。そして、メアはそのまま王城の中へと入っていってしまう。
「ちょっ!」
止めようとしたが、一瞬でメアは城への壁を越え、城内へと侵入してしまった。
「……門番が通しては……くれませんよね」
なす術が尽きたリスタは、メアがロマを連れて帰ってくれることを信じて一旦王城の周辺から離れたのであった。
* * *
『ロマちゃんゲット!』
メアはロマを受け止め、自分も地面に着地する。そのままメアはロマを連れてリスタの元に戻ろうとしたのだが、ロマはメアの前足を縛り、走ることを邪魔する。
『なんで?!主様のところに帰らないの?』
メアがそう鳴くが、その言葉は2匹の間で伝わることはない。だが、なんとなくメアがロマのことを心配しているという気持ちは伝わる。その心配を受け取ったロマが、「シュルル」と鳴いてある方向へと這っていく。それにメアもついていくと、とある部屋の窓のそばまで来た。場所は2階。ロマもメアも上ることは得意なので苦戦することなくそこに到着する。そうしてロマが窓の中を覗き込み、メアに視線を配る。
『何?あの子がどうかしたの?』
「シュルル……」
『心配?心配なのにゃ?』
窓の中で何かの本を読んでいる少女を見続けるロマ。それに倣い、メアもその少女を見続ける。眉一つ動かさず、本を読んでいるため、少女には窓の外に黒猫と白蛇がいることに気が付いていない。
やがて、2匹がその状況を見ていると、本を読んでいた少女の部屋に使用人が入ってきた。それに気が付いた少女は本から目を離し、扉のほうへと視線をやる。そうして使用人が何かを言ったとき、少女の顔が一瞬…ほんの一瞬だけ曇った。
「シュルル……!」
『あ、そういうことね……確かになんかむかむかするニャ』
普通の生物が気づかないような些細な心の変化。それに気が付けるのは、心獣である2匹だから。そして、本に集中していたからだろう。本に集中していたことによって凪いでいた心に少しの波が生じ、それを2匹は感じ取ることができたのだ。
『アタシ、主様に伝えてくる。ロマちゃんはここに残る?』
メアはそう身振り手振りでロマに伝える。無事に正しく伝わったようで、ロマはうんうんとうなずき、地面にしっぽを這わせた。なぜそんなことをしたのか、メアは初め全く分からなかったが、何回かロマが同じことを繰り返すうちに、それが文字を書いているしぐさだということに気が付いた。
『2日後、迎えに来て?……でも、ここに主様は簡単に来れないにゃ……』
メアは爪を地面に這わせ、ロマに伝えた。
[大丈夫。ゴシュジンなら何をしてでも来てくれる]
『そう……そうね!主様だものね!』
そうしてメアは2階から飛び降り、リスタがいるであろう方向に走っていく。ロマはそれを見届け、少女のいる部屋へと入っていった。
* * *
「シャー」
「し、白蛇様!今までいったいどこへ……」
ルティラがそう聞くと、白蛇はしっぽの先で地面に文字を書くようなそぶりを見せる。
[王子を探したけど結局どれが王子かわからない]
そのような文章をルティラに伝えた後、一つ、大きなあくびをする。
「お眠りになりますか?」
ルティラが白蛇にそう聞くと、白蛇は眠たそうにゆるゆると首を縦に振る。それを見てルティラは白蛇を自らの寝床に案内し、部屋の電気を消した。
「申し訳ありません。いつも私の寝床で眠らせてしまって……あっ!もしお望みでしたら私が床で寝て差し上げますわ!」
[そういうのいらないわ。それと、そろそろそう言う態度やめて。最初は気分良かったけど、そろそろ鬱陶しくなってきた。むかつく]
ルティラの発言に対して、白蛇はルティラの手のひらにしっぽを這わせて自分の意思を伝える。
「そう、ですか。やはり伝承の通り、白蛇様は慈悲深いのですね」
[そんなことないわ。普通よ、普通]
「普通……」
[そ、アタシのゴシュジンもそう言ってたし]
「……前々から気になっていたのですが、その……ゴシュジンというのは……」
ルティラが白蛇にそう話しかける。だが、白蛇のしっぽはルティラの手を少しかすめる程度で、文字を綴ろうとしない。
「……おやすみなさい。また明日、ですわね」
そう言ってルティラは白蛇に布団をもう少し深く掛ける。
もう冬が目の前まで迫ってきている。夜の肌寒さは勢いを増し、朝にも寒いと感じるときがあるほどの季節だ。そんな時期に冬眠していない蛇を温めないなど、殺そうとするということと同義だ。
「白蛇様……何のためにそのように無茶をなさるのですか?」
ルティラが本を読んでいる途中に白蛇が入ってきたとき、体には土がこびりついていた。今はルティラが魔法で出したお湯によって洗い流されているが、入ってきたときは別の蛇が入ってきたのかと思ったほどだ。土がついているということは、冬眠をしようとしたか、外で動き回っていたかのどちらかだろうが、冬眠しようとしたとなればこの場所には戻ってこないだろうし、さんざん白蛇が言っているゴシュジンと再会する時期がかなり遅れることとなる。だから、今日はきっと外で動き回っていたのだ。それもこれも、すべては……
「私の、ため?」
自惚れか、事実か。真意はルティラにはわからない。だが、それがルティラの勘違いでないのなら、自惚れではないのなら……
「……」
どうしても口角が上がってしまう。なぜか、それがうれしいからだ。その気遣いがうれしいからだ。うれしくてうれしくてたまらないのだ。
「白蛇様……私、あなたから元気をもらいました。もうちょっとだけ頑張ってみることにしましたわ」
ルティラはそう呟き、ベットの上でとぐろを巻いている白蛇を抱き寄せる。お湯で体を洗ったからか、まだほんのりと温かい。そう、この温かさはきっとお湯なのだ。だが、ルティラは思う。もしかしたらこの温かさは、白蛇様の心の温かさから来るものなのではないか、と。
(この国で神とあがめられているのなら、もしあなたが本当は神じゃないのだとしてもそう思わせてくださいまし)
人間は信じる生き物だ。信じることで力を得るのだ。信じて行動をするから、人は希望を持つ。そして希望は人を強くし、いつかは誰もが想像しえないような結末を迎えることだってある。
信じ、行動することが、大切だとルティラは知っていたが、勇気がなかった。だが、その勇気を得た今、ルティラが辿ると思っていた運命はどう変わるのだろうか。




