七話:離れて少し近づいて
リスタが起床する2時間ほど前。ルティラはすでに支度を済ませ、馬車に乗り込んでいた。
「……」
「お嬢様、どうかされましたか?緊張されているようですが……まさか体調がすぐれないとか……」
「ん?あぁ、いえ、大丈夫よ」
ルティラはともに馬車に乗り込んだ専属の使用人であるアン・トーリアにそう言った。しかし、実際はとてつもなく緊張している。なぜなら、この国、フロンツ王国では神の化身とされている白蛇が、ルティラのスカートの中に隠れているからだ。白蛇はルティラについていくと決めたのはいいものの、あまり人目にはつきたくないらしく、仕方なくルティラの服の中に隠れることとなる。しかし、貴族の女性の服装ではコルセットなどで上半身の部分をギュッと絞めるものが多いので、上半身部分には隠れられない。だが、スカート部分はふわりと広がっていることが多く、2メートルある白蛇も隠れやすい。よってこの場所に隠れることとなったのだ。
「アン……」
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもないわ。忘れて頂戴」
「?」
そうして馬車は動き出す。目的地はフロンツ王国王都にある王城。婚約者となってからもう5年ほど経つ。もう慣れたはずの旅路だ。そのはずなのに、妙な緊張感がある。白蛇が理由だということもあるだろうが、それ以外のことも理由のような気がする。ルティラはそう思ったのだった。
* * *
それから3日が経ち、ようやくフロンツ王国の王城へと着くこととなる。初めて登城したときは緊張したものだが、もう慣れたものだ。馬車から降り、王城の使用人たちがルティラの荷物を客人用の部屋へと運び込む。それと一緒に、ルティラもアンを連れてその部屋へと入った。
王城のこの部屋は少し特殊になっており、二つの部屋が中で扉でつながっている。大きめの豪華な部屋には貴族が、もう一つの少し小さめの装飾が抑えられている部屋はその貴族の使用人用の部屋だ。ただ、小さく、装飾が抑えられていると言っても、その部屋一つの値段で王都に一軒家を建てることができる。
「アン、少し1人にさせて」
「かしこまりました」
そうしてルティラが1人になったスキに、ルティラのスカートの中から白蛇が出てくる。この王城に来るまで、夜に宿で眠る時以外、白蛇はずっとルティラのスカートの中に隠れていたため、ようやく自由に体を動かせることを喜ぶかのように体をくねくねとうねらせる。
「申し訳ありませんわ、アンを驚かせないためにも白蛇様を隠しておくしかなくて……」
「シュルル……」
すると白蛇はルティラの首に巻き付いてくる。どうやらその姿勢が落ち着くようで、宿で眠る時も首元に巻き付いてくるのだ。
「その……これから白蛇様はどうされますか?」
そう言ってルティラはインクと紙を取り出す。すると白蛇はインク瓶の中にしっぽを突っ込み、文字を書き始めた。
[アンタのこと気になるからアンタの話をして頂戴。あのメイドに気づかれないようにしてね]
「承知しましたわ。では……」
そう言ってルティラは話し出す。この部屋には防音の魔法という、部屋の中の音を外に漏れないようにする結界が張られているので、どれだけ大声で話しても気づかれることはない。
「それでは……」
* * *
時はさかのぼり、2日前。ルティラがツェルンを出て1日が経った日。ロマを探し回り1日が経った日ともいえる。リスタはいまだツェルンにとどまっていた。
「……かなり調べ回りましたけど何もありませんね。メアは何かありませんか?」
「ニャウ……」
残念がるような鳴き声がメアの口からこぼれる。正直探せる場所はもう探した。後は一般人が立ち入りを禁止されている──例えば、ツェルン侯爵家の敷地内などのような場所しか探す場所はない。
「……ダメもとで……いや、確実に追い返されるに決まってます」
「ニャ~」
「う~ん……でも、ロマがそこにいたら一生見つけられませんよね……」
「ニャ~オ」
「どうしましょう」
「ニャー!」
鳴き声を出していたが思考の沼にリスタがはまっていたせいで、メアは大きな声でリスタを呼ぶ。
「んぁ?!ご、ごめんなさい、なんですか?そろそろご飯……ではないですよね……」
「ニャ~!ニャニャ!」
リスタがメアのほうを見ると、メアはその場でくるくると回り始め、ぴょんぴょんと跳ねる。
「ん?……あっ!メアが調べてくれる、と?」
「ニャ!」
「それはいいですね!そうしましょう!」
* * *
「それじゃあお願いしますね」
そう言ってリスタはメアを送り出す。カラスなどに邪魔されることもなく、無事にメアはそのままツェルン侯爵家へと着いた。そうしてメアは侯爵家の裏から侵入する。高い柵も体の柔らかい猫には無意味だ。
『……どこから入れば……にゃ!あそこの窓から侵入できそうにゃ!』
窓が開いている場所を見つけたメアはその場所から屋敷の中に入る。2階の部屋だったが、猫の身体能力にかかれば特に問題はない。そうして侵入したその先には……
「うわわっ!猫ちゃん!?ご、ごめんなさいね~、こっちには入ってこないで~……出て行って~……」
1人のメイドがその部屋の掃除をしていた。どうやら窓を開けていたのは換気のためのようだ。部屋の中を掃除するメイドは、メアを見ると、それとなく外に出そうと窓の外に追いやろうとする。だが、メアは頑なに出ようとはしない。なので、メイドはそんなメアを捕まえようと手を伸ばした。
『ふん!捕まるわけにはいかないニャ!』
そうしてメアはメイドの横をするりとすり抜け、ドアを器用に開けて屋敷を走り回る。
「わわっ!待って~!」
メイドが追いかけてくるが、メアはひらりひらりとメイドの手をかわし、巧みに屋敷の物を使いながらメイドの足止めをする。
『この屋敷……ロマちゃんの匂いはするけど……いなさそう。いったいどこ行ったのかしら?』
そう。メイドが掃除していた部屋に入っていた時から思っていたが、かすかにロマの匂いがしている。だが、姿も見えなければ気配も感じられない。メアとロマはそこそこ近ければ姿が見えていなくともお互いの位置がなんとなくわかるのだが、これだけ走り回っても感じられないということは、今はここにいないのだろう。
「おっとっと」
『ニ゛ャ?!』
少し考え事をしながら走り回っていると、いつの間にか姿を現した執事がメアのことを捕まえた。メアは爪を使って抵抗するが、その執事は一向に離すようなそぶりは感じられない。それを感じ取ったメアは大人しく爪を収めた。
「ほっほっほ。いい子ですな」
そう言ってその執事はメアをツェルン侯爵家の敷地外へと出した。
『ニャ~……主様にどう伝えればいいのニャ……ロマちゃんの匂いはしたけどいない……伝わるかニャ~?』
言葉が伝わらない問題を気にしながら、メアはリスタの元へと帰っていく。思ったよりも早く帰ってきたメアにリスタは驚きつつも、メアを抱き上げた。
「どうでした?いましたか?」
『いなかったニャ』
そう言いながらメアは首を横に振る。
「そうですか……」
『でも匂いがしたニャ……これどう伝えればいいのニャ?』
う~ん、と考え、メアは”匂い”ということを伝えるためにリスタの鼻をポンポンと肉球で押さえる。
「メア……慰めてくれてるんですか?」
『ニャ!?た、確かに落ち込んでる主様は見たくないけど、今はそうじゃない!!ロマちゃんの匂いがするのニャ!!』
首をぶんぶんと横に振りながらメアは自分の鼻とリスタの鼻をポンポンと押さえる。
「う~ん……鼻?匂いということですか?」
『そうそう!!』
「匂いがする。と?」
『ニャ!』
「今はどこにいるとかは……?」
『そ、それはわかんないニャ……』
首を横に振るメアを見て、少し悲しそうな表情をリスタは見せるが、すぐにメアを抱きしめ、撫でる。
「ありがとうございます。メアがいなかったらツェルン侯爵家にロマがいたこともわかりませんでした。本当にありがとうございます」
『そ、そんにゃ……主様のためならアタシたちは何でもするニャ』
「はぁ……本当に、ありがとうございます……今日はもう休みましょう。明日は、ツェルン侯爵家で何があったかもう一度調べることになりそうですから。メアも手伝ってくれますか?」
『お安い御用にゃ!』
メアは大きくうなずき、そう言った。




