五話:白蛇様
「それではおやすみなさいませ、お嬢様」
何日も、何年も聞いてきた言葉だ。だが、今日はなぜかその言葉が少し違うように聞こえた。
「明日から王城へ向かうのですから、早く寝ませんと」
妙な感覚はあったが、すぐに少女は—ツェルン侯爵令嬢、ルティラ・ツェルンは切り替えて明日からのためにすぐに就寝することとなる。明日から10日後、ルティラの婚約者であり、このフロンツ王国の第一王子である、クローツ・アルフ・フロンツの成人パーティーだ。その関係で、ルティラは王城に登城することになる。
そうしてルティラが眠りについた後、真夜中に顔に何かが落ちてきたような感じがして目を覚ます。
「んん……何……?」
そうしてルティラはベットランプをつけるが、特に何かある様子はない。気のせいかと思い、ルティラは寝返りをうってから目を閉じようとすると、視界の端に何かが動いたような気がした。王国の第一王子の婚約者という立場である以上、何者かが寝首を掻く可能性も付きまとってくる。その可能性が頭をよぎった瞬間、ルティラの頭は完全に覚める。
「誰ですか…?」
応答するとも思っていないが、自然と口からはそのような言葉が出ていた。ただ、案の定というべきか、何の言葉も返ってこない。そうしてルティラは魔法を使い、この部屋に結界を施した。王子の婚約者という立場上、様々な分野において学んでおいて損はない。魔法もその1つだ。
「私の命を狙う者なのならば、容赦は致しませんわ」
ルティラがそう言うと、彼女の手のひらに鋭いつららが生成される。同時にひんやりとした冷気があたりに漂い、ルティラの部屋全体を包み込んでいく。この部屋には結界が張り巡らされているので、その冷気がどこかに逃げていくこともない。
「……シュルル」
少しして、ルティラのベットの下からそのような声が聞こえてきた。その声にハッとしてルティラはすぐさま氷属性の魔法を解除し、部屋の電気をつけてベットの下を覗き込む。するとそこには、寒そうに体を少し震わせている”白蛇”がいたのだった。
「し、白蛇様?!」
そうしてルティラはその白蛇をベットの下から引っ張り出し、自らのベットの中に一緒に入り込む。そうして自分の体温で白蛇を温め始めた。
「申し訳ありません、部屋が暗くて……そ、それに少し被害妄想が過ぎましたわ」
そうしてしばらくルティラが白蛇を抱きしめていると、もぞりと白蛇が動き出す。
「寒くはありませんか?」
ルティラがそう言うと、白蛇は1度頷いた。それを見てルティラは安堵する。
「それにしてもなぜ白蛇様がここに?」
「シャー」
ルティラが疑問を白蛇に投げかけると、白蛇は首をかしげる。
「白蛇様もわからないのでしょうか?」
そう言うと白蛇はコクコクとうなずいた。
「なるほど……私に白蛇様の言葉がわかればもっとスムーズに会話ができたのですが……」
ルティラがそう呟いている間、白蛇は周りをきょろきょろと見渡していた。そうして何かを見つけると、白蛇はそちらの方へ向かっていく。
「どうかされましたか?……あっ、紙でしょうか?」
「シャー!」
「肯定……でしょう…か?とりあえず紙と……それとペンを……」
そうしてルティラが紙とペンを渡すが、ペンを渡そうとする手をしっぽでぺしぺしとたたく。
「ペンは要らないのですね?」
「シュルル」
そうして白蛇はペンの代わりにインクが入った瓶に向かって鳴き声を出す。
「インクですわね?」
そうしてルティラが紙とインクの入った瓶を渡すと、白蛇はインク瓶の蓋を器用に開け、そのまま尻尾で文字を書きだした。
[ここはどこ?]
「ここ、ですか?ここはツェルン侯爵領にある、ツェルン侯爵家ですわ」
[ツェルン侯爵領?ツェルンって町じゃなくて?]
「違いはありませんわ。ただ、言い方が違うだけですわ」
[ふーん。それにしても、アンタが何かしたの?]
「何か、と言いますと?」
[アタシ、移動してたら穴に落ちて、ここにいたんだけど]
「あ、穴?」
そうしてルティラは天井を見上げるが、特に天井に穴らしきものはない。
「何かの勘違いなのでは……あぁ、いや、白蛇様が間違っているというわけではございませんわ!」
[別に、間違っててもいいわよ。まぁ、わからないのならいいわ。それより私のご主人を探してくれない?]
「え……す、すみません。わ、私は明日、大事な用事でここを早々に発たなければならないのですわ。ですので、できるだけ早く床に就きたいのですが……」
ルティラがそう言うと、白蛇はジロジロとなめるようにルティラを見る。そうしてしっぽを動かし、こう書いた。
[少し、アンタについてもいい?]
「つ、つく、とは?」
[ご主人を探すのはあとでいいわ。どうせまた会えるから。それより、アタシは今のアンタが気に入らない。だから今アンタがそうなってる原因を見るためにつく]
「抽象的でよくわかりませんが……白蛇様がそうしたいと言うのなら私は拒みませんわ」
[あっそ。ひとまず少しの間よろしくね、ブドウ姫]
「ぶ、ブドウ姫?わ、私にはルティラ・ツェルンという名前が……」
[名前なんてご主人以外のやつを覚えてるわけないでしょ?ほんと、ご主人以外の生き物はバカなんだから。バカバカバカ]
そうして白蛇は紙いっぱいにバカという文字を書き連ねる。その様子に困惑しながらもルティラは謝罪をするのであった。
* * *
[ひとまずこのしっぽ洗ってちょうだい。氷属性の魔法が使えるなら水属性も使えるでしょ?]
「もちろん、かまいませんわ」
そう言ってルティラは白蛇のしっぽについているインクを洗い落とす。
「そう言えば白蛇様のお名前を聞くのを忘れていましたが……」
ルティラがそう言うと、白蛇はぶんぶんと首を横に振る。おそらく教えないということなのだろう。そういう意思を感じた。予想通りではあったが、残念だとルティラはひそかに思う。
「ひ、ひとまず私は床に就きますので……白蛇様もお眠りになりますか?」
ルティラがそう言うと、白蛇は何も言わずにルティラのベットの中に入りとぐろを巻く。そんな白蛇の後に、ルティラは部屋の電気を消して、少し緊張した様子で自分のベットの中に入った。
「シュルル」
すると、ルティラの首元に鱗の感触が伝わってくる。今、ルティラの首元には白蛇が巻き付いているのだ。少しひんやりとしたぷにぷにとした感触が気持ちいい。が、鱗が生えている反対側に首を動かそうとすると少しざらざらとしている。
「あ、あの、白蛇様?できるならば私の腕の中でお眠りいただけると嬉しいのですが……」
「シュルル……シャ~」
少し残念そうに白蛇はルティラの腕の中へ移動する。ルティラ的にはそんな反応をされると、困ってしまうが、白蛇はそんなことをまったく気にしていないかのように、すぐに目を閉じて眠り始めた。
(そ、それにしてもなんで白蛇様が?)
そんな風に様々な考えが次々にルティラの頭の中に浮かんでは沈んでいき、浮かんでは沈んでいく。それを繰り返していくうちに、ルティラの瞼は自然と閉じていき、眠りへといざなわれていくのであった。




