十一話:これから
「確かに竜人族の鱗や、妖精族の毒への耐性なんかは厄介でしたけど……」
「そうじゃない」
そう言ってジェーンは指の先に小さな炎を作り出し、見せる。
「私の友人……彼女は、姿を変えた者の全てを有していた。例えばこの火。これは今、私しか作れない。なんでかわかる?」
「わ、わかりません」
「正解はね、”私の魔力で作った炎”だから。魔力の質は全員違う。親子や双子でさえ、似ているけれど違う。魔力が完全に同じということは、完全に同じ人だということ。だけど、それを可能にするのがグラスダの服。魔力、記憶、癖……そして、扱える魔法すらも」
「そ、それって!」
「そう。私の友人は心器を持ちながら、魔法を使ってたんだよ」
そう言って、フローラは「だけど」と付け加える。
「フローラは魔法をつかっていなかった。私の友人がいわゆる例外だったのかもしれないし、心器には力の段階があるのかもしれない。なんにせよ、警戒はしておいた方がいいかもね」
「……あの、失礼なことをお聞きしますけど、その友人は今……」
「あぁ……もちろんもう死んでる。同じ心器は誰か1人しか持てないみたいだね」
「すみません……嫌なことを聞いてしまって……」
「いいのいいの。どうせあの力に魔王が目を付けたときから、死ぬのは決まってたから」
そう言ってジェーンは机の上に置かれているカップを手に取り、コーヒーをすする。
「そうだ。もう1つ聞いておきたいことがあったんだった」
「はい?」
「この質問は、君が不快に思うことを前提で聞くよ」
「は、はい」
「君はさ、自分が魔王だとか、それに近しい人間だとか、そういうのは思ったことある?」
「え?」
そう言われ、一瞬リスタが固まる。何を言っているのかはわかるのに、それを理解することができない。
「自分が、魔王?か、それに近しい人間……ですか?」
「うん」
「い、いや、おもったこと、ないです」
「そっか……実はね、少し前に、君の手を触って魔力を確かめたことがあったの、覚えてる?」
「はい。私は白と黒の魔力があるとか……」
「そう。その時に感じたんだ。どっちだったかはちゃんとわからなかったけど、2つの魔力のうち、1つは魔王の魔力と同じだった」
「え?……あ?え?……ま、間違いとかじゃ……」
「間違いなんかじゃない!!」
そう声を張り上げ、ジェーンは椅子から立ち上がる。
「あっ、ご、ごめん……取り乱しちゃって……」
そう言ってジェーンはまた椅子に座り、ぽつりぽつりと独り言のように話し出す。
「魔王……あの魔力は忘れないよ……ただの魔族が忘れられるような魔力じゃない」
そう言ってジェーンは自分の鎖骨あたりをリスタに見せる。
「わかる?この印」
「わ、わかりません…」
「これね、魔王の所有物って意味の印…いわゆる奴隷につける紋章と一緒。一生消えることがない。魔王の魔力ってね、なんかチクチクするの。魔法として攻撃しなくても、魔力を放出するだけで鬱陶しいし、痛い。そんな魔力だから、紋章としてつけられるだけで私たちに痛みを与えてくる。アレは死んでも私たちを苦しめるなんて……誰も思ってなかっただろうね」
そうしてジェーンは大きく息を吐き、リスタの方へ向き直る。
「ごめんね。とりあえず君が魔王とか、それに近しい人間だったりとかはなさそう。グラスダの服みたいに、完全にその魔力ってわけでもないから、やっぱり私の勘違いってことにしてくれない?」
「そ、それはいいですけど……ジェーンさんにつらい思いをさせてしまって……というか、ずっと疑ってくれても……」
「いや、それは君に悪いし、私も気分が悪い。だから、勘違いってことにして」
「わかり、ました……」
「ごめんね。今日はもう休ませて。明日から……ってそうだ、君のその体についても言わないとね」
「体……あ、心器を出してないと筋力が全くないっていう問題についてですか?」
「そうそう。その原因。とりあえず仮説だけど……え~っと……あった、これだ」
そう言ってジェーンは一枚の紙を差し出してくる。
「魔力不循環症?」
「そう。まぁ、そのままの意味だね。魔力が循環してなくて筋肉に魔力が回らない病気。体内の魔力が筋肉に回らないから、体外の魔力に体の動きが制限されてる状態なんだよ」
「じゃあ、私が心器を使ったときは体内の魔力が循環するからその制限がなくなるってことですか?」
「そう。だから、その制限をなくしたいなら心器を常に出しておくか、魔力を循環させる方法を見つけるってところかな?」
「なるほど……ありがとうございます!」
「うん。それじゃあ、私はもう休むね」
「はい、ゆっくり休んでください」
そうしてリスタはジェーンと別れ、自分の部屋へと戻る。リスタが借りている部屋へと戻ると、そこにはロマもメアもいなかった。ロマはテューネと、メアはレピファと一緒にいるのだろう。そんなことを思いながらリスタは机の引き出しの中を見る。そこには今まで冒険者として集めてきたいくらかのお金が入っていた。基本的にEランクの依頼を受けていたので、あまりお金はたまっていないが、それでも頑張れば1週間は持ちそうだ。
「魔王……」
リスタの頭にはその言葉が浮かんでいた。魔王。その魔力を自分が所有しているかもしれないということにどうしてか違和感を感じなかった。そして、そんな自分に少し恐怖を感じた。もし記憶を失う前の自分が魔王、もしくはそれに近い者だったら。
(迷惑、ですよね……)
いろいろ良くしてくれている人たちにこれ以上迷惑はかけられない。
「なんでこんなに焦ってるんだろ……」
どうしてだろうか。別に自分が魔王やそれに近しい者だという確証はない。ジェーンも言っていた。リスタが所有している魔力は完全に魔王の魔力ではない。半分だけだ。完全じゃない。完全に一緒だと同一の者とみなされるが、完全でないのなら別人だ。そのはずだ。
「そのはずなんですけれど……ね……」
あぁ、もういっそ、皆を守るために騎士にでもなってしまおうか。
そう思っていると、いつの間にかリスタのそばに、ロマとメアがいた。2匹はリスタを見つめている。
—自由に生きたい
心の声が大きくなる。それを意識し、目の前がキラキラとしたような感じがした。そして心がドキドキと高鳴った。ふと、リスタは部屋の外に視線を移す。地平線に沈む夕暮れがまぶしい。美しい。
「自由に……」
心は自由を求める。求め続ける。同じところにとどまり続けるのもいい。だけど、そのせいで心が変わってしまいそうなら、どこかへ行くのもいい。守りたいというのは本心だ。だが、守るために、騎士になりたいというのは本心ではない。だったら、どうやって皆を守ろうか。
「強くなろう。強い人は……ジェーンさんも、カルディールさんもここには居るけれど、もっといろんな人に会えば、さらに強くなれる」
自由。それは自らに由るもの。自らが心から思うものをすること。
ふと、ジェーンの苦しそうな表情が浮かんだ。魔王の話をしているときのジェーン。いつも楽観的な彼女がめったに見せないその顔はそこになかった。そして次にリスタは思い出す。レピファがリスタに謝っていた時の表情を。フローラを連れてきてしまったことによる罪悪感が限界に達してとっさに出てしまったあの謝罪。あの時の表情。
楽しそうな、幸せそうな時の表情を見たかった。そんな表情は見たくなどない。
—自由に!自由に!
「ロマ、メア、行きますよ」
「ニャ?」
「シュルル?」
「旅に、ですよ!」
「ニャ?!」
「早速準備して!ロマは自分用の毛布取ってください!メアは爪とぎを!」
「シュルル!!シャ~!!?」
2匹は困惑しているようだが、リスタはそんなことをお構いなしに準備を進める。そうして、最後に自らの全財産をお金を持ち物に加え、2匹に伝える。
「今日、夕食をもらったらすぐに出ていきますよ。一応手紙を書いておきましょうか。ロマとメアも何か残します?」
「ニャ~……」
「シャー……」
そうして手紙を書き始めたリスタ。その横で2匹は手紙の端の方に自分の肉球と鱗をそれぞれ押し付けていた。それをほほえましく思いながら、リスタは最初の一文を綴る。
「今まで助けてくれた皆様へ——」




