十話:グラスダの服
フローラはリスタにとびかかり、そのまま緑色の宝石を投げつける。それをリスタが槍で叩き落そうとすると、その瞬間、宝石から蔓が伸び、白槍やリスタ自身をからめとってしまう。
「やっ!!」
「うぐっ!」
そしてリスタの腕にフローラの蹴りが入る。普通なら妖精族の蹴りなどほとんど威力はないのだが、靴に何か細工されていたのか、刃物が刺さった痛みがリスタの腕に走った。そうして2回目の蹴りが再びリスタの首元に入ろうとしたとき、リスタとフローラの間に炎の壁が割って入る。その炎はリスタの体に絡まっている蔓だけを焼き尽くした。その炎を操っているのはジェーンだ。それに気が付いたフローラは少しリスタと距離を置いて、ポケットに手を突っ込んだ。
「ジェーン・ドゥ……邪魔しないでよ!!」
そうしてフローラはポケットから取り出した赤色の宝石をジェーンに向けて投げた。その宝石は一瞬にして破裂し、ジェーンに爆炎と爆風が襲い掛かるが、それを結界魔法でたやすく防いだ。
「トラウマだったのか知らないけど、さっきまでまともに戦えなかったくせにさ」
「こんな私でも、何度も戦場に赴いたことがあるからね。心を落ち着かせるのは慣れてるんだよ。それより、だ……グラスダの服だったっけ?」
「それが何?」
「……いや、やっぱりいい。捕まえてからじっくり聞くとしよう」
そう言ってジェーンはリスタのほうをちらりと見る。体は傷だらけで、民家にたたきつけられたときにおそらく骨も折れている。だというのに、そのことは後回しにして、その視線はずっとフローラの方へと向いていた。
(回復させてあげたいけれど、私は光属性の回復魔法は使えないし……)
フローラは思考を巡らせる。
光属性と闇属性は対となる属性だ。それにより、同じような効果を持つ魔法がいくつか存在する。そのうちの一つが回復魔法。どちらも体の傷を癒すものだが、種族により耐性が違う。人間族や獣人族、エルフ族などは光属性に耐性を持ち、光属性の回復魔法で体の傷を癒すことができる。その代わり、闇属性の回復魔法では回復することはできない。むしろ体の傷を悪化させてしまう。その逆もまたしかり。そして、ジェーンがリスタに回復魔法をかけることができない理由がもう一つある。それは、光属性に耐性を持つ種族は闇属性を扱えず、闇属性に耐性を持つ種族は光属性を扱えないという問題だ。ジェーンは悪魔族。つまり闇属性に耐性を持つ種族なのだ。つまり、光属性が扱えず、光属性の回復魔法も使えない。
(この場は私がどうにかするしかないか……)
ほんの一瞬、ジェーンの脳裏にあの目が浮かぶ。約1000年前のあの虚ろを見ているような眼は今でもジェーンの脳裏にはっきりと残っている。聖人のようなあの柔らかな笑みを見せていた彼は、いくつもの罪を犯していたということも覚えている。それを知っているのは、ジェーンが彼のしたことのいくつかをその身をもって受けてきたから。そして、彼のしたことのほとんどをその目に焼き付けてきたから。
ジェーンはフローラに向けて魔法を放つ。それを避けようとしたフローラだが、その足には真っ黒な鎖が絡みつき、その足を地面に固定する。
「逃がしませんよ」
「ちっ!!」
その鎖を断ち切ろうと何とか抵抗するフローラだが、ちぎれる様子はない。ジェーンの手にはバチバチという雷のでできた球体が出来上がり、それをジェーンはフローラへと放った。それは魔法を扱えないリスタにもわかる。その魔法には膨大な魔力が込められており、当たればひとたまりもないということを。
「こうなったらっ!!」
その魔法に当たる瞬間、フローラはまたポケットから宝石を取り出した。それは先ほどとは違い、少し灰色にくすんでいる。それを地面に落とすと、ボフン!と大きな煙幕が立ち込める。
それを払うためにフローラは風の魔法を使うのだが、もうそこにはフローラの姿はなかった。
「……ひとまず帰ろう。君の傷も治さないとね」
ジェーンがそう言うと、リスタは首を横に振り、白い槍を自分に突き刺す。リスタは苦痛に顔をゆがめ、地面に膝をつく。しかし、その表情とは裏腹に、体の傷はどんどん治っていく。そうして傷が完全に癒えるとリスタは槍を引き抜きジェーンの方を向いていった。
「帰りましょうか」
と……
* * *
フローラと対峙してから2日が経った。今リスタはレピファが休んでいる部屋に訪れていた。フローラのもとから助け出されたレピファの精神はかなり疲弊していて、その療養のために現在、ジェーンの屋敷の一室を借りてそこに住んでいる。
「レピファさん、大丈夫ですか?」
「はい、ごはんもちゃんと食べられますし、体調も悪くないです」
「それはよかったです。メアにも伝えておきますね。あの子、とっても心配していたみたいなので……」
「メアさんが?」
「はい。もう、ずっとレピファさんの部屋に行こうとして止められて、むぐっ!」
「ニャー!!」
そんなとき、リスタの口をメアが抑える。珍しくメアはリスタに怒っているようだった。
「んむむ!むあ……わかりましたから。勝手に言いませんって」
そんな風に言うリスタの口元にはまだニヤニヤとした笑みがある。おそらくまた言うのだろうなということをなんとなく感じながら、レピファは椅子から立ち上がった。
「どこに行くんですか?」
「ちょっと運動がてら冒険者ギルドまで行きます。依頼はまだこなしませんけど、受けるだけならいいと思うんです!」
「じゃあ私も……」
「リスタさんはジェーン様に呼ばれてたんじゃないんですか?」
「うっ……じゃあメアが付いて行ってくれますか?」
リスタがそう言うと、メアは『任せろ』とでも言うかのように鳴いた。
「いやいや、別についてこなくていいですって!いつもやってたことなんですから!」
「いやそれでも……」
「ニャー」
カルディールやジェーンなどの騎士団や魔法師が警戒を上げているおかげで、またすぐにフローラが戻ってくる可能性は少ないと言われているのだが、レピファがさらわれたことが気がかりとなり、リスタもメアも彼女のことを心配しすぎるようになってしまった。そんな時、レピファが借りている部屋の扉がノックされる。
「リスタ様。ジェーン様がお待ちですので、いつもの部屋に行っていただきたいのですが……」
扉の奥から申し訳なさそうなテューネの声が聞こえる。それを聞いてリスタは少し心配そうにしながらレピファのいる部屋を出ていった。ただ、メアはレピファの部屋に残り続け、結局レピファはメアを連れて冒険者ギルドへと足を運んだのだった。
* * *
一方リスタはというと、ジェーンがいつもいる部屋に来ていた。少し前から「話したいことがある」と言われていたためだ。
「それで、話したいこととは……?」
「ん~……何から話そうか……とりあえず座って」
促されるまま、リスタは椅子に座り、ジェーンの言葉を待つ。
「よし、先にフローラの心器について。グラスダの服だったよね?」
「はい。1度目にあったときも、今回の時もそう言って姿を変えていました」
「姿を変えるときに魔力探知で見てみたけど、あれは魔法じゃなかった」
「じゃあ心器ってことなんですね……姿を変える……じゃあもしフローラがジェーンさんとか、他の人になっていたら……」
「いや、それはできないと思う」
「な、なぜ?」
リスタがそう口にすると、ジェーンは少し間をおく。その一瞬、何かを思い出すようにリスタではないどこかに視線をやった。
「……グラスダの服の効果を、私がある程度知ってるからだよ」
「えっ?ど、どういう……」
「1000年前。私の友人にも、同じ心器を使う子がいたから」
これまでの仮説として、心器は使う者の数だけ種類があると思われていた。だが、その常識が間違っていたらしい。
「死肉を食らうとその死肉の元の姿になれる。ただし、条件としては自分の背丈と、死体の生前の背丈が似ていること。だからフローラはよく幼い子供を狙っていたのかもしれない。レピファちゃんも小柄でフローラと同じくらいの背丈だから、レピファちゃんのことを”新しい服って表現をしてたのかも」
「え?し、死体、を?」
「そう。私の友人は進んで殺しはしなかったんだけどね。優しい子だったよ。だけど、1000年前……魔王が私たち魔族を支配していた時は今よりも生活が苦しくてね。国の誰かが死んだら生きている誰かがそれを食べるなんて珍しくなかった。人間族は同族を食べると病気になるらしいけど、魔族には病気に対する免疫が高い種族も珍しくないからね。あんまり気にならなかったんだよ」
「……」
突然語られたジェーンの過去にリスタは絶句してしまう。が、重要なのはそこではない。
「とにかくそこは置いといて。それより、グラスダの服のこと。私の友人はその心器を使ってるのを見てるし、グラスダの服の強みも弱みも知ってる。だからあれを使ってるなら、レピファちゃんはともかく、私やカルディール君みたいなフローラよりも背が高い人になってくることはほとんどない。なれないこともないけど、向こうもかなり負担が大きいから……ただ……」
「ただ?」
「グラスダの服……一番厄介なのは食べた死体の生前の姿になることじゃない……生前と同じ力を得ることだよ」




