九話:服を変えて(2)
「私、本当はたとえどんな凶悪犯にだって、いたぶる趣味はないんだけど……」
ジェーンがそう言ってぱちりと指を鳴らす。すると、どこからともなく雷できた槍が出現し、フローラに飛来する。フローラは先ほどのようにそれを回避しようとするが……
「っ?!」
「追尾付きだよ」
何とか避けることはできたが、少しかすってしまい、来ている服が焦げ、黒くなった肌があらわになっている。
「今度は服だけじゃなくて、その服もはがしてあげよう。今回は特別痛くしてあげる」
「っ……ふふっ……ふふふっ……」
「なんで笑うのかな?」
ジェーンがフローラにそう問いかけると、フローラは気持ち悪いほどの笑みをその顔に張り付け、バカにするような口調で答える。
「強がっちゃって。アッハハッ!魔王様にたてついた裏切り者……まだ、アレが残ってるんじゃないの?だから、怖いんでしょ?」
「……何の話かな?」
「私、魔王様が死んだ後に生まれたからよく知らないけれど、ボスが言ってた。貴女みたいな裏切り者に魔王様は印をつけたって……それは今でも裏切り者を苦しめてる。魔王様が復活すれば、その印をつけた者は全員魔王様の言いなりになるって」
「それがいったい何?」
「何?そーんなにバカなの?それとも現実逃避したいからそんな回答なの?まぁどっちでもいいけど……いい?ジェーン・ドゥ。貴女が強がってるのはバレバレ。さっきのだって本当なら私を簡単に拘束できてたでしょ?知ってるよ?貴女がそんなに弱くないって言うのは。だけど、今は私が”弱い”って言えるくらい貴女は弱い」
にやにやとしながらフローラはジェーンにゆっくりと近づいていく。
「……なめられたもんだね。魔王ごとき、もう一回殺せばいいの。……私はもうあの時と同じじゃないんだから」
そうしてまたジェーンはぱちりと指を鳴らす。すると、今度は炎の大蛇がフローラを絡めとった。普通ならその身はあっという間に焼け焦げ、骨すらも焼き尽くし、跡形もなくなってしまうほどの膨大な魔力をまとった魔法。だが、その攻撃を受ける瞬間に、またもやフローラは服を脱ぎ捨てた。真っ赤な鱗をまとったその皮膚は炎を一切通さない。
「竜人……」
「そ~そ~、この服手に入れるのとっても大変だったんだから」
「なら……」
そうして次々にジェーンは魔法をフローラに放つ。それを時にはよけ、時には防ぐ。竜人は魔法への耐性がとても高い。だが、氷属性の魔法だけには弱い。寒さに弱いせいだ。だから、ジェーンは主に氷属性の魔法をフローラに放っていたのだが……
「弱い弱い!魔力が乱れてるんじゃないの?!」
バキンッとフローラはジェーンが放った魔法を砕く。普通ならありえない。竜人は力が強い種族だが、フローラの魔法はかなり精巧で、魔力が多くこめられており硬い。
(なんで?!まさか、本当に魔力が……っ!)
その時、フローラの背中に激痛が走る。焼けるような痛みだ。
「気そらしたら死んじゃうよっ!!」
一瞬の痛みに意識がそっちへ持っていかれた時、フローラの体に竜人の爪がズブリと食い込む。テューネはいつも丁寧に、人を爪で傷つけないように手入れされているが、フローラの爪は人を傷つけるために手入れされている。
「っ!!」
「はぁ…宮廷魔導士だっていうのに、なんでそんなに隙だらけなの?やっぱりアレのせいかな?アハハッ!」
そう言ってフローラはグイッとジェーンの胸ぐらをつかみ、そのまま片手で軽々とジェーンを持ち上げる。
「一回お腹えぐられただけなのにそんなフラフラになるなんて、ねっ!」
「うぐっ……」
そうしてジェーンはフローラに投げられ、そのまま家の壁にたたきつけらえた。背中が痛い。たたきつけられたから痛いのではない。過去の、あの時の痛みを、まだ体が覚えているのだ。
「……魔王……2度とこの世を歩かせないって誓ったんだから……はぁ、はぁ……」
焼き付くような痛みがジェーンの体を侵食していく。意識が痛みに乗っ取られそうになる。
「痛そうだね~、見てるこっちも痛くなりそう」
「冗談なら言わなくていい」
「あっそ。じゃ、あとは殺すだけだね」
「……」
ジェーンは自らの状況をある程度悟っていた。今のように弱体化した状態をさらしている以上、勝てるようなビジョンは見えない。なら、せめてでも……そう思ったときだった。空で何かがきらりと輝き、一瞬でその光は防御をしたフローラの腕に突き刺さった。
「っ!白い、槍!?」
フローラが驚き、槍を引き抜く。しかしそこには傷跡などない。それは誰かの体を傷つける物ではないからだ。
「シュルル……」
「ニャ~」
そうして驚くフローラをよそに、ジェーンの周りに2匹の動物が姿を現す。白い蛇と黒い猫。その2匹はジェーンを守るようにフローラのほうをじっと見つめ、警戒している。そして、更にフローラの前にリスタが立ちはだかった。
「ジェーンさん。何か事情があるのなら逃げてください。ここは私がやりますから」
「いや!でも…!」
「大丈夫です」
そうしてリスタは体の横で手を開く。すると、そこにはさっきフローラが体から引き抜いた白い槍が出現した。
「しん、き?」
さすがに2つ目の心器の存在に驚かされたようで、フローラが一瞬固まる。その瞬間をリスタは見逃さない。リスタの体は自然と槍を構え、そうしてフローラの心臓を突き刺した。そこに傷跡はできない。血も出ない。だが、痛みだけはある。痛みだけが自分が刺されたという証拠として残る。
「っ!!い゛っ!!?」
リスタの心器に皮膚の硬さは意味がない。まるですり抜けるようにするりと刺さる。一瞬霧のように思えても、痛みだけは本物で、脳は一瞬”死”という可能性を用意する。
「このっ!」
しかし、フローラもただでやられはしない。竜人の暴力的な力に任せ、リスタを吹き飛ばした。吹き飛ばされたリスタは民家にぶつかり、あたりには土煙が立ち込める。
(ダメだ!甘い!)
フローラの脳がそう判断した瞬間、白い槍が土煙の中から飛んでくる。
「っ!」
それをフローラは避ける。傷はつかないので体は疲れない。だが、心が疲れる。戦闘において心が疲れることは何よりマズいことだからだ。
「ロマ!」
まだ晴れきっていない土煙からそんな声が聞こえた。その瞬間、フローラの目に痛みが走る。彼女の左目にロマが噛みついたのだ。
「っ!あぁ!!鬱陶しい!!」
そんなロマをフローラは引きちぎろうとその体を引っ張った。だが、一向にその牙を離そうとはしない。ありったけの毒をフローラにそそぐためだ。
「くそがっ!!グラスダの服!」
その瞬間、またフローラの姿が変わる。リスタが初めて目撃したフローラの姿を変えたあの時。それと同じ見た目だった。
「ようやく竜人の姿から変わりましたね……」
リスタが投げ飛ばされた民家の瓦礫から、リスタが血を流しながら姿を現す。それを見てフローラの口元に笑みが見えた。
(手ごたえは少なかったけど、十分負傷させられてる。勝機はまだこっちにある。リスタちゃんの心器に殺傷能力はないから、私はリスタちゃんの攻撃で死ぬことはない。ジェーンは戦意喪失。厄介なのはあの痛みと……)
そうしてフローラは自分がつかんでいる白い蛇と、ジェーンを守るように彼女のそばにいる黒猫だ。
(リスタちゃんのこの蛇……意味わかんないくらいしぶとい。さっき竜人の体で引っ張ったのにちぎれそうな感じがしなかった……)
それにフローラは少し不気味さを覚える。普通の蛇がこれほどまでの耐久力になるはずがない。まぁ、もともとフローラはロマのことを普通の蛇だとは思っていない。あれほどの強力な即効性の毒を持っている蛇が普通の蛇なわけがないからだ。
(あの猫もリスタちゃんと出会ったときに邪魔してきた……この2匹はリスタちゃんの使い魔?それとも……)
そんなことを考えていると、ロマはフローラの手に何とかかみつく。が、それにフローラは全く動じない。それどころか、地面にたたきつけ、その頭を踏みつぶそうとしたときだった。
「……その猫ちょっと素早すぎない?」
ロマの頭を踏みつぶそうとした瞬間、メアがロマを助けた。フローラの記憶では、フローラがロマを地面にたたきつけた時はフローラとメアの距離は10メートルはあったはずだ。
「……リスタちゃんを殺せばいいか」
そう呟いて、フローラは背中についている羽を羽ばたかせる。すると、光の粒子が落ちていくのがリスタの目には映った。その時、近くにいたロマとメアはそれに触れてしまう。すると、ロマとメアは力が抜けたのか、そのままそこにはいつくばってしまう。
「やっぱりね。これくらいちっちゃいと効いてくれた」
「何を……」
「妖精族の鱗粉だよ。体がしびれる効果があるんだけど、人間くらい大きいとあんまり効果は見込めないかな。本当は今すぐにでもこの2匹を殺してやりたいけど……リスタちゃんを先に始末してからにしてあげる!!」
そう言ってフローラはリスタにとびかかった。




