26 透明な首輪 side-Noxion
本日2回目の更新。
全32話で本編完結。
残り6話です!
「そんなところに転がせておけば、すぐにバレるとは思わないんですか?」
──サヴァイゼっ!
戸口に佇むのがサヴァイゼと知り、剣の柄に手をかける。サヴァイゼはそれを制するように「魔法を使わせないでくださいね」と両の掌をこちらに向けて敵意がないことを示しながら笑う。
「騒ぎに、したくはないでしょう?」
ミワを城の外へと追いやったのは、サヴァイゼだったと聞いていた。女ひとりで金貨の詰まった袋を手に町を歩くことが、どれほど危険か知らないはずがない。ましてや、急に言葉が理解できなくなったミワが味わった恐怖は並ではなかった。金は盗まれ、食うにも事欠いて、怯え弱りきった姿が思い出される。
腹の中に吹き荒れた熱さのままに剣を抜きかけたのを、すかさず横から伸びてきた手に制されて我に返る。
サヴァイゼの実力は傍で見てきて知っている。ここで抜けば、塔の魔法師たちが察知して騒ぎになるのは、火を見るより明らかだ。
「ってことは、きみも見つかりたくないわけだな?」
「否定はしませんよ」
「離せ、ガル。こいつは王太子の手先だ」
低く告げると、「そうなのかい?」とガルはサヴァイゼに言を向けた。
「"手先"だなんて、人聞きが悪いなぁ。少なくとも、今ここにいるのは僕の意思ですよ」
このままじゃおしゃべりもできませんね、と扉の内に身を滑り込ませたサヴァイゼが扉を撫でると、そこはただの石壁に変わった。
「へぇ、その若さで詠唱なしとは恐れ入るな。で、ノクス? オトモダチか?」
「知るか」
「冷たいですね、ノクシオンさん。一緒に寝起きした仲じゃないですか」
「ふん。ならば、サヴァイゼ。これはなんだ」
背後に積まれた木箱を、親指で指せば一瞬目を伏せたサヴァイゼは、「ご存じの通りのものですよ」とにこりと笑った。
「きみも仲間か」
「武器の製造に加担しているか、という意味であれば違います。むしろ瘴気をこんな風に加工できるだなんて、やり方を教えていただきたいくらいです」
もったいぶった言い回しに苛々が募る。
「お二方はここまで何をしに? まさか──お買い物ですか?」
軽い調子で尋ねながらも、その目の奥は笑ってはいない。サヴァイゼもまた、俺たちを武器を買いにくる輩かと値踏みしているようにも見えた。
「ミワを連れ戻しに来たに決まっているっ、あいつはどこだ!?」
「お静かに」
口の前に指をたてた魔法師は、「あの方ならご無事ですよ。……今のところは」と続けた。
「なるほど。ところできみはここでなにを?」
「──捜し物を。僕の師が継ぐはずだったものを探しているんです」
ガルと俺とに交互に視線をやったサヴァイゼは、意を決したように「……知りたくはありませんか? はじまりの聖女の話を」と告げた。
ミワを放り出した奴だ。そんな男が語る話にどれほどの意味があるというのか。
見極めるように、魔法師の表情を凝視する。
「この塔にそれを隠した部屋があるそうです。聖剣使いにしか開けられない部屋が。僕はもう知りたくて知りたくて……。もしかしたら聖剣がなくても開くんじゃないかと書庫を片っ端からあたってみたりして、もうずうっと探しているんです。今ならノクシオン様がいらっしゃる。これは神が与えたもうた好機ですよね! 共に真実の扉を開きませんか?」
「きみも本物の聖剣使いが誰なのか、知ってたってわけだ?」
「ええ」
ふーん、と小さく頷いたガルは、顎をひと撫でする。
「で? その真実には、王家の弱みも含まれるのかい?」
興味深げな声音は、この件に首を突っ込むと決めているようだ。
そうでなくとも武器商人──もとい魔法師どもと渡り合う羽目になっているというのに、このうえ更に厄介なことを増やすのは御免被りたい。
けれど、もしもそこにヤフェエールとの交渉に使える札があるならば話は別だった。
「さあ? でも、この国で王をも拒む部屋というのは興味深いと思いませんか」
「いいだろう。ただし交換条件がある。きみが王城内の魔法塔に帰還する時、一緒に連れて行ってくれ」
当然転移魔法で帰るんだろう?、と言ったガルに、一瞬目を見張ったサヴァイゼは、抜け目がない方ですね、と苦笑した。
「武器を作らせているのは王家の奴らか?」
声を潜めて尋ねると、前を歩くサヴァイゼは「いいえ、このことは一部の魔法師しか知りません」と首を振った。
男三人で歩けば人目につきやすい。
それでも、建物の構造をよく理解している魔法師は、時折壁に手を当てては、扉を開き、階段への通路を開き進んでいく。古びた石壁がつづいているだけの場所にサヴァイゼが触れるだけで薄暗い階段へ続く道が顕れたり、最初からそこにあったようにありふれた扉が出現する様に、改めて魔法という特殊性を痛感する。
「瘴気の恐ろしさを誰よりも知っているお前がなぜ止めなかった」
「僕も武器のことを知ったのはここ最近のことなので。ほら、僕こう見えて優秀ですからね。それなりに忙しいんです」
軽口をたたいたサヴァイゼは「信じていただけないかもしれませんが」と抑えた声音で続けた。
「この国の魔法師は、聖女や聖剣に頼らずに瘴気をなくす術式をずっと模索してきたん……」
ふいに前方から足音が響き、緊張が走る。壁際に背を預けながら、サヴァイゼに続いて通路を折れた。息を詰めながら窺えば、足音はこちらまで来ることはなかった。
周囲を窺い、人の気配がなくなったのを確認してから、再びゆっくりと歩き出す。
「瘴気をなくす術式、ね。この国の王家が嫌がりそうな研究だな」
「ええ、今となっては仰るとおりです。でも、あの時はみんな、それが王家のために……世界のためになると信じていたんです。だから、足がかりが掴めたと王に報告をして……そこからですよ、この国の魔法師には自由なんてなくなっちゃいました」
肩を竦めた魔法師は、「魔法塔は王城に移され、僕ら魔法師は王家の"手先"です」と自嘲の笑みを浮かべた。
「何一つ間違ったことをしていなかったはずの魔法師が追いやられ、今や真実まで風前の灯火です」
なんでもないことのような口調で言いながらも、「だから、知りたいんです。すべてが消えてしまう前に」と言った語尾は僅かばかり震えていたようにも聞こえた。
「なるほどな。……フェルディリアに逃げてくるなら歓迎するぜ? 少なくとも、人に害なさない限り魔法師の研究に制限なんてないからな」
フェルディリアの魔法師──セリオの気安い態度が思い起こされる。それに引き換え、旅の間、リュミリエルはサヴァイゼを従者のように扱っていた。ヤフェエールの魔法師と王家との縮図があそこにあったのだと、今更ながらに思う。
「酷なことを言いますね。"首輪"のことをご存じではないんですか?」
「首輪?」
「ああ、ノクスは知らないか。魔法師は魔法塔に入る時に首輪をつけられるのさ」
ついサヴァイゼの首元に視線をやると、彼は「本当に首輪をつけるわけではないですよ」と苦笑する。
「魔法塔は国の転移陣の管理と同時に、国のトップシークレットにも触れられる。そんな魔法師がクーデターを起こせば、王家はひとたまりもないからな。誓約魔法で縛るんだ。許可なく国を出ることもできないし、誓約に反すれば最悪魔法力そのものを奪われる」
魔法師が魔法力を奪われる。それは死にも等しい屈辱だろう。
「もちろん、それをはずす手立てもあるっちゃあるがな」
「──現実的ではないですね」
苦いものを飲み込んだような顔のサヴァイゼは、諦念の笑みを浮かべてゆるりと首を振ると、それきり黙って歩き続けた。
古びた石の廊下は一見どこも同じような景色だ。けれど魔法師にしかわからない扉や通路がいたるところに隠されていて、しまいにはどこを歩いているのかわからなくなるほど複雑に入り組んでいる。
「こりゃ迷路だな」
ガルが呟くと、「ええ、ここは"秘密のゆりかご"ですから」とサヴァイゼが足も止めずに答えた。
「なるほど、よほどの秘密を隠してるわけだ」
「それだけは金貨でもお売りできませんがね」
背後であがった声に素早く振り返ると、まるでたった今闇から浮かびあがったように、ただひとつの眼光を強く光らせる魔法師が立っていた。




