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世界を救ったそのあとで~元聖女は新しい居場所でがんばります!~  作者: 稀葉


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25 愛妻家と頽廃家 side-Noxion



 クロカゲをこれほど走らせたのは、ヤフェエールからの帰還以来かもしれない。

 朝陽が射し始めた頃、潮の香りが漂い始める。

 たどり着いたのは、時に貿易船を導く灯台の役目も果たすフェルディリアの魔法塔だ。

 塔と名前はついているが、やや規模を落とした城で、東西にひとつずつ塔を有する建物だった。

 馬の吐く息が白く煙る。その前で、ひとりの魔法師が頭を垂れた。


「お待ちしておりました。伝令よりもお早いお着きでしたね」


 出発前に飛ばした伝令鳥は、正しくここに届いたらしい。

 

「夜通し駆けてきたからな」

「それはそれは……ではまず何か召し上がりますか」

「魅力的な話だが、時間が惜しい。すぐに始めたい」

「畏まりました。準備はできておりますよ」


 案内された一室には、断ったはずの食事が用意されていた。ガルと顔を見合わせていると「このあとすぐに転移されるとか。少しでもお召し上がりください……と妻が申しておりました」と魔法師が笑う。

 食事は時間を要さない気遣いが感じられるものが並んでいた。


「オルネッタは相変わらず周到だな」

「ええ、しかも相変わらず美人ですよ」

 

 魔法師が胸を張る姿に毒気を抜かれる。

 たしかにこのあと食事をする機会など当分訪れない。ならばここで多少なりとも腹に入れておくのは肝要だと思われた。


「ここにあいつを探し出す"お守り"があるのか」

 

 蒸かした芋を飲み込んで尋ねると、「"お守り"はこっちだ」とガルが懐から革の筒を取り出した。収められていたのは、以前ミワがサインした書類だった。


「頼む」


 短く言って魔法師に渡すと、「見たことのない文字ですね」と首を傾げる。


「ああ、彼女の母国語でサインしてもらったからな」

「なるほど、それはいいご判断です。術式は名と魔力に依存しますが、馴染みの文字なら尚更でしょう」

 

 そう言うと魔法師が口の中で小さく何かを呟いた。途端三人の足下に魔方陣が浮かび上がり、光を放つ。


「元は、別に人捜しをするような術式じゃないんだ」


 ガルが口を開いた。


「契約を交わす書面での、なりすましや詐欺を防ぐのを目的に始まった研究だったんだがな。これが存外面白い」

「なにが」

「まあ見てろって」


 書類から光が立ち昇り、まばゆく弾けた。次の瞬間、まっすぐな光が伸びた。


「いったいどんな上級魔法師をお探しですか。こんなの初めてですよ」

「どういう意味だ?」

「この光の伸びる方向に、サインをした方がいらっしゃいます。この術式は魔法力が強い方ほど、より強く顕れます」

「そして、生きている相手にしかできない」

「──!」

「とりあえずミアは無事らしい」

 

 それでよかったとは到底思えない。

 無計画な誘拐でない限り、求められたのは"聖女の力"だろう。ならば命があればそれでいいという話ではない。瘴気のような危険なものの前に連れ出される前に、一刻も早く助け出す必要がある。

 逸る心を抑えて「わかるのは生死と方位だけか?」と尋ねた。

 

「いいえ、光の太さで大まかな距離がわかりますよ。これだけくっきり顕れていれば……計算します。少々お待ちを」


 魔法師は再び別の魔方陣を引いてなにやら唱え出す。ややして、「ヤフェエールですね。王城の辺りのようです」と告げた。


「王城? ミワがいなくなったのは昨日の午後のことだぞ?」


 ノルテリアからヤフェエールまで、どれほど馬を駆っても一週間はかかる。ミワがいなくなったのは昨日のことだ。

 そう言うと、魔法師は小さく息を呑んだ後に、「やりようはあります。普通はやりませんけどね」と逡巡しながら答えた。


「転移陣は、あくまで魔法師の行使する魔法を補助するためのものです。"転移魔法"を行使するのに必須ではございません」

「そうだな。ま、普通はやらないしやらせない」

「どういうことだ?」

「転移陣のない場所で転移魔法を使えば、その魔法師は生涯魔法が使えなくなります」

 

 それほど力を要す特殊な魔法なのです、と視線を床に落とした。

 

「なんにせよ返してもらわないとな。彼女は"フェルディリアの聖女"だ」


 好戦的な笑みを浮かべるガルを前に、無意識に握りしめた剣の柄が熱を帯びる。

 あの国はどれだけミワを傷付ける気なのか。


「まあヤフェエールなら好都合だ。ついでにあの武器の件も片付けて来ようぜ」

「ミワが最優先だ」

「当然だ。だが、オレの読みが確かなら、おそらくこれが一番手っ取り早い」


 軽く肩を叩いたガルは「悪いがこのまますぐ転移する」と魔法師に向き直った。


「本当にやるんですか?」

「なんだ、セリオだって"武器を作るなど魔法師の風上にもおけない!"と腹をたてていたじゃないか」

「そりゃそうですが」

「ちゃんとお代は払うさ」


 な? と笑ったガルに、それは当然でしょう、と項垂れた魔法師は「準備してきます」と部屋を出て行こうとする。


「すまない、オレも頼みがある」


 呼び止めると、セリオはひくりと顔を引きつらせつつも「ああ、はいはい。もうなんでも言ってください」と少し投げやりに言って頷いた。

 

 

 

 暗い石の廊下を歩く足音がやけに大きく響く。

 陽光差し込むフェルディリアの魔法塔と違い、ここはどこか陰鬱としていた。

 立地や窓の少なさだけではない。王城の敷地に建つ塔が本来の役目を担っている以上、この古い塔は“体裁”のために残されているにすぎない――そう考えると、この淀んだ空気も納得できた。


 前を歩く隻眼の魔法師が肩越しに振り返り、薄く笑った。

「フードをはずされては? それでは足下しか見えないでしょう」


 転移する前にローブを身につけ、フードを深く被った。武器の噂を聞きつけた貴族が買い付けに来た──そういう筋書きだ。


 わざわざ王城の塔ではなく、旧魔法塔へと転移してきたのは、ガルがあらかじめその場所での取引情報をつかんでいたからだ。表向きは特別な入国者を迎える場だが、実際には裏の取引に使われている。

 転移魔法は送る側、受け入れる側双方の国の許可が必要となる。普通に考えればこの取引の裏にはヤフェエールの王家がいるということになる。

 いずれにしろ、ミワが囚われている王城からは距離があるものの、馬で駆けてくるよりははるかに近い。ガルに利用されている気がしなくもないが、時間を稼げるのなら悪くはなかった。


「ご冗談を。こんな取引で顔を晒す危険をおかせるほどの勇気は、持ち合わせていないですね」


 ガルが答えると、隻眼は「なるほど。“勇気”、ですか」と呟き、片方の瞳を眩しそうに細めた。

 

「どこかで……お会いしたことがありましたかな?」


 探る視線に緊張が走る。この魔法師が誰の指示で武器を造り、売りさばいているのかはわからない。王家の差し金ならば、ここでミワに関係する者がこの魔法塔にいることを知られるわけにはいかない。

 ローブの下で、そっと剣に手を掛ける。

 塔の中にどれほどの人数がいるかもわからない状況では、まだ抜きたくない。

 横目にガルの出方を窺えば、彼は軽く肩を竦め、「顔をさらす勇気もない臆病者に何を言うかと思えば」と苦笑して見せた。


「そも武器の購入には、身分も名もいらぬと聞きました。ああ、案内料が必要でしたか?」


 ガルが指先で金貨(オーラム)を弾いて投げる。魔法師はそれを空で横から掴むと、「詮無きことを申しましたな」と目を伏せて、再び歩き出した。

 少し進んだ先、上階へと続く階段の前で「ここからはこの者が案内します」と年若い男へと引き会わされる。


「私もご一緒したいのですが、あいにく次の約束がありまして」

「"魔法師の作る武器"は大人気のようですね」


 ガルの皮肉を込めた言葉を意に介す様子もない隻眼の魔法師は「では、後ほど」と一礼して背を向けた。


 ふたつ上の階に、その部屋はあった。

 なにもない壁に男が手を当てると魔方陣が浮かび上がり、扉が顕れる。更に空中に指を滑らせて魔方陣を描くことで、その扉が音もなく開かれた。


「こちらにございます」


 扉の奥には、木箱に詰められた例の筒がところ狭しと積まれている。これらの全てに瘴気が詰められているかと思うと吐き気を覚える。


「へぇ……聞けばこれに瘴気が入ってるって言うじゃないか。使ったこっちも倒れるような武器じゃ困るんだがな」

「使ったらすぐにその場を離れる必要がございますが……詳しいお話しは後ほどお取引の時にでも」

「はは、金を貰うまでは手の内は明かさないってことか。……賢明だな」

 

 ガルが目配せしてくる。

 素早く当て身をすれば、男は低く呻いて気を失った。そのまま抱え上げて、壁側に横たえる。


「そんなところに転がせておけば、すぐにバレるとは思わないんですか?」


 扉の外から声が響く。

 ガルと共に、素早く剣に手を掛け身構えた。







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