24 ふたつの魔法塔 side-Noxion
今日の更新はこれが最後!
くらりと目眩に似た感覚がした瞬間、景色が塗り替えられるように変わった。
狭く古めかしい石壁の部屋だ。足下の魔方陣が急速に光を失うと、隻眼の魔法師が「ようこそ」としわがれた声で頭を下げる。
「お待ちしておりました。お客人」
「やあ、正真正銘、転移魔法まで使うとは……魔法師が作った武器って触れ込みは本当らしいな」
「おや、お疑いなのにここまでいらしたのですか」
「そりゃ半信半疑さ」
大袈裟に肩を竦めてみせたガルは、「そうは言っても確かな筋の紹介だからな、金の手配は済んでいる。今持っているのは前金のみだが」と持参した袋を掲げて見せた。
「じゃ、取引の前に見せて貰おうか。瘴気を使った武器ってやつを」
魔法師は「いいでしょう」と頷き、背を向ける。互いに深く被ったフードの下で、小さく目配せしてから、その背に続いた。
──話は昨日に遡る。
昼に忙しすぎた反動か、夕方前には客足がぱったりと途絶えた。
ミワは遅くなってしまったと慌てて学び舎に出掛けていき、入れ違いにやってきたのがガルだった。
話があるというガルを厨房に招き入れると、開口一番「リュミリエルとミアはどういう仲だ?」と問う。
「呼び方のことなら最初からだ。そう呼べと言ったのは当の本人だからな」
「はっ、あのプライドの塊みたいな奴が? へぇ、それはそれは」
呼び方はともかくとして、討伐の旅に出る頃には二人は親しげに話すほどになっていたし、終える頃には恋人同士と呼べるほどに距離を近づけていた。
不意に、あの夜、ミワが迷いを打ち明けた姿が蘇る。
あの日、彼女の相談に背を押していなければ。
苦い後悔に、心の中で舌を打つ。
「余裕だな。ノクス。あの子を自分のものにはしないクセに、他には靡かないとでも思ってないか?」
茶を煎れてやり向かいに座れば、揶揄いの色を浮かべた目でそんなことを言うガルに溜め息しか出ない。
「そんな話をしにわざわざ来たのか?」
「いいや? ま、そうだな。本題に入ろうか」
彼は声をひそめて例の泉から見つかった筒のことを切り出した。
「ったく、なんでもっと早く言わない」
知っている情報を伝えてやれば、舌打ち混じりのガルに睨まれる。
「……あの時は助けるので精一杯だった。たしかに瘴気に似てはいたが、人間がそんなものを持ち歩いてるなんて思うか?」
ガルは苦々しげに鼻を鳴らす。
「まあ、そりゃそうだな。だが実際既に出回っている。“魔法師が作った武器”だとさ」
パレードの日、ミワを襲った男たちが手にしていたもの──あの筒。
瘴気のむごたらしさを散々目にしてきた後だっただけに、それを普通の人間が携えているなどという発想ができるはずもなかった。
「ミアの話が本当なら、ヤフェエールには魔法塔がふたつある」
「王城の傍にあったという話なら、本当だぞ」
各国の転移魔法陣から他国の魔法陣へ移動できることは広く知られているが、実際に利用できるのは特別な場合に限られる。魔王討伐や蒼綺石の持ち帰りのように。
討伐を終えての帰還も転移魔法による移動だった。たしかにヤフェエール王城のすぐ近くに出され、その足で報酬を渡されて城を追い出されたのだから記憶違いではない。
「だが今、公に使われているあの国の魔法塔は、王城から馬で半日はかかる場所だ」
「おい……おまえ、筒がヤフェエールで作られてると言いたいのか?」
「ご名答。あの国が何百年瘴気と付き合ってきたと思う?」
瘴気は人の手に負えるものではない。だが確かに、あの筒から瘴気のようなものが噴き出すのをこの目で見た。
「それは……」
言いかけたところで、入り口の扉が派手に開いた。
息を切らしたリリカが「ミアさん、帰ってる!?」と声を張る。
その尋常でない様子に、嫌な予感が胸をざわめきで埋め尽くしていった。
「あら、リリカ。そんなに慌ててどうしたの。ミアなら学び舎に行って、まだ帰ってないよ」
リゼが答えると泣きそうな顔になったリリカは、「ミアさんがいなくなったの! どこにもいないの!」と言葉を続けた。
学び舎にやって来たミワは、リリカとお茶をしていたという。そろそろ帰ると腰をあげたミワが、クロカゲに向かって歩いて行く姿までは確認した。四半刻ほどしてふと窓の外を見れば、クロカゲはそのままにミワの姿はどこにもなかったそうだ。
「学び舎の中は端から端まで探してみたの、でも、どこにもいないの……!」
不穏な予感にここまで駆けてきて、ミワの帰宅を確認しにきたのだと言う。
落ち着け、と自身に繰り返し言い聞かせる。
「──クロカゲはそのままなんだな? 荷物は?」
「全部っ、全部そのままだった!」
ミワがクロカゲをそのままにして、どこかに行くはずはない。仮に自らの意思でどこかに行くにしても、仕事を途中で放り出していくなんてミワの性格を考えれば有り得ない。
四半刻……リリカがここに駆け込んでくるまでの時間を考えれば、既に一時間以上経っているだろう。
馬で移動できる距離を計算しながら「探してくるっ」と飛び出しかけた腕を「待て!」とガルに強く掴まれる。
一秒でも惜しい。今この瞬間にも、彼女がどんな目に遭っているかわからないのだ。「離せっ」と睨み付けると、「まあ、待て」とガルもまた静かな怒りを宿した眼差しで言を紡いだ。
「"フェルディリアの聖女"を連れ去った怖いモノ知らずが誰なのか、まずは知る必要があるだろう?」
「心当たりがあるのか?」
「うまくすればな。とりあず、すぐに町内と近隣は探させる。お前はオレと来い。魔法塔に向かう」
「魔法塔?」
「言っただろ? "お守り"だってな」
ったく、こんなに早く使う羽目になるとはな、とぼやくガルは「すぐに出るぞ」と立ち上がった。
あと8話で完結です!




