籠城
シェーブルルンの離宮に籠城したリュカ一党の様子を見てみよう。
ヘレナは、自らの執事から取り寄せたという毛布があるとのことだ。兵士たちにそれを配り、彼らが暖を取ることに貢献している。
マリーは、本を一生懸命見ながら、薬草を煎じたり、薬草を薬研ですり潰したりしている。城内にいた医者陣とともに、治療にあたるようで、技師たちになにやらギブスのようなものを作るように命じている。
リゼは、シェーブルルン宮殿に心当たりがあるようで、別行動で書類を探している。
リルは、城内の兵士たちに対して炊き出しを行っている。それは、小麦粉を練ったものを様々な食べられる野草とともに煮込んだ、ほうとうのような料理だ。湯気とともに舞い上がる小麦粉を見て、リュカはわずかに目を細めた。
「ハイ、しっかり食べてくださいね。おかわりもいっぱいありますので。」
「リル、大丈夫?」
「あら、リュカ様。ご機嫌麗しく。」焚火のそばで暑いのか、リルの汗をぬぐう姿に、リュカはドキッとした。
「リル…ところで、城内の物資はどんな感じの残量なのかな?」
「それは、いまリゼ様が確認しているはずです。さあさ、行ってらっしゃいな。」
こうして、リルにグイグイと勧められるまま、僕はリゼとの面会に向かうこととなった。
廊下をコツコツと渡る。リゼは倉庫にいた。「あら、リュカ。お帰りなさい。」
「リゼ様、ご機嫌麗しく。」とリュカの言葉を聞くと、なぜかリゼがムッとしたような気がした。
「また、敬語…」「?なんでしょうか?」
「そ、それより、何か御用ですか?」となぜかツンデレ風なリゼだ。
城内の物資の残存状況を確認し、リゼやその側近からレクチャーを受ける。側近は、リゼの籠城を聞いて、宮殿から一早く駆け付けた人物達だ。
「つまり、食糧の小麦については問題ないと。」
「はい、ところが肝心の…」というと、リゼは一層深い嘆息を吐く。
「武器がございませんのじゃ。」さらに一層の嘆息を、リゼのお付きの者たちが付く。
それを聞いて、リュカは左手を顎に当ててしばし考え、そしてひらめく。
「待って、小麦粉はあるんだよね?」
リゼの家臣たちは怪訝な顔持ちで見合わせる。「はぁ…左様でございますが…?」
リゼはパァッと顔を上げる。「何か思いついたのですね!」
リュカはニヤリとする。「やってみる価値はあると思うよ。」
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一方ナッシュ陣営は、長期の遠征に駆り出された諸侯軍をねぎらうとの名目で、毎日毎夜酒宴を開いていた。
「ささ皆様、存分にお飲みお食べください!」と掛け声を上げるナッシュも我先にと酒池肉林に溺れるので、その配下の兵士も規律が緩むに緩む。
ただし、諸侯はどちらかというと勝ち馬に乗りたいであろう。よって、このようなナッシュ軍から離反を噂する者もいた。
そこにコホンと咳払いをして、パンチ陸相がやって来る。
「ナッシュ殿、そろそろお開きになってはいかがか?」
「む?おお!パンチ殿、やっと来られたか!ささ、貴殿の席も用意してある。今宵こそ存分に飲み明かそうぞ!」
「このように毎夜毎夜、反乱軍・・・への対処をなさらず、宴に明け暮れてはなりませぬ。」
「お待ちください。」そこにやってきたのは、デッシュという料理人だ。
「おお、デッシュか。」デッシュと呼ばれたその男は、ナッシュ同様ぷっくりと太っているものの、巨漢で背も高い。
「この宴は、諸邦の山海の珍味を集結して帝国軍の威厳を見せつけるとともに、それをふるまうことで兵の士気を揚げるのですよ。」とデッシュは料理人ながらの弁舌でパンチを丸め込もうとする。
「しかし、この…いや、あの反乱軍にどのように対処なさるつもりか。」
「このまま物量で押し切れば勝てる。兵士など、命を咲かせてなんぼではないか。」
デッシュのその言葉に、パンチは拳を作り、頭に青筋を立てる。「…それはいくら兵が死んでも構わぬということか?」
「くどいぞ、パンチ。デッシュの策が当たるであろう。ここはお主が、この杯を持って引け。」
「いえ、これから城内の警備なのでいりませぬ。では、失礼します。」
そう言うとパンチは退出し、コツコツと廊下を歩いて行った。
「ふん。生真面目すぎるのも問題だと思うが。」とナッシュはぼやく。
「まあまあ、ささ、追加の杯です。お飲みください。」とデッシュは葡萄酒をナッシュに注ぐ。
「気が効くな。しかし、これは本当に美酒だ。」
「なぁに、少し隠し味を入れておるだけでございます。」
さて、テレサ女帝は現在軟禁されている。ある程度の自由は聞くものの、政治的意思は剥奪されている。そこで、テレサ女皇はある人物を呼び出す。自分との間にリゼを産んだ人物である。
「皇帝陛下、拝謁賜りたく。」
「御簾の内からで済まぬな。それで、要件とは?」
「は…」拝謁した男性は、跪いて口頭で奏上を行う。
「帝国軍におけるナッシュの堕落・横暴甚だしく。ゆえに、一度はリュカ討伐に動いた多くの議員勢力の離反を招いております。皇帝陛下が言下号令を発せば、必ずやかの賊軍は敗れましょう。」
「その賊軍を討つのが、」ハァとテレサがため息を吐く。「リュカであればよかったのだがな。ゴドリック・パンチよ。」
「さようで。しかし、それが帝のお望みで?」
「ああ。」とテレサは憂鬱そうな態度で答える。
「でしたら、提案があります。」「訊こう。」
「あのリュカ殿を、試されては?」
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こうして2時間後の正午、戦が始まった。正午だというのに、曇天のため非常に真っ暗だ。そこに、矢が射掛けられる。両軍の対戦にあたり、相互に矢を放ち、開戦を両陣営で知らせる儀式だ。リュカは、唯一得意な弓矢を駆使して、うまく上へ飛ばした。その後、鬨の声が両軍から大地に響き渡る。リュカは、闘いが始まると兵士に鼓舞を贈った。
「ここで、皆さんのお力が必要です!みんなで力を合わせて頑張りましょう!」
「おお!」と、兵士たちの士気が高まり、武神の如き力が沸き上がる。
シェーブルルン離宮では、マリーがリゼに合流し、何か書類を探し始めている。
リルとヘレナは、リュカに合流し、兵士たちのサポートにあたる。特にモモは手芸で兵士たちの破れた服を繕い、ヘレナは洗濯にまわり衛生班として頑張っている。
「この汚れ…絶対落としてやるんだから!」
「城壁同様、兵士さん方の服も繕いましょう。あとで、リュカ君を見に行ってもいいかもしれないわね。」
「賛成!」リルとヘレナは、そんなことを話して微笑んでいる。
そんななか2時間が経過した。まだ、戦況は膠着している。リュカは、自分で剣を振りつつも、しばしば兵士たちの前に姿を現し、演説した。
曰く、「この国に従来同様、腐敗を許していては、いずれ国が滅びます!」
曰く、「自分は臆病で、非力ですが、皆さんのお力添えとともに進んでいきたいのです!」
曰く、「この国の改革のために、ぜひとも力をお貸しください!」
「うおおおお!」
「まだ持ちこたえろ!」
「リュカ様のために!」
城壁の上で何度も鬨の声が上がった。
「敵の食糧庫を奪え!」とナッシュは、敵方の糧食を奪いに来たようだ。リュカ側が持久戦を耐え抜けないようにするためだろう。
しかし、これはリュカ側の想定内であった。倉庫に帝国軍を追い詰めた彼は、辺り一面に小麦粉を蒔いた。そして、火をつけるー。粉が空気に満ちれば、火は”広がる”のではなく、”爆ぜる”。すなわち、粉塵爆発が起こり、幾多もの兵が死亡または負傷する。
「フワァ…そういえばさあ…」奥からマリーが出てきた。
「マリー!探していたものは見つかったの?」
「ええ、そうよ!私たちにも、任せてね!」
「まさか、一番上の資料だったとは…気づかずにすみません!」マリーの後ろから出てきたリゼはマリーに謝罪する。
「いいのよ。史料は読み方も大事だからね。」マリーはニッと笑いかける。その大人っぽい笑顔に、僕も、おそらくリゼ殿下もドキッとした。
「あ、敵方も演説するみたいよ。」とマリー。
「どうして、そんなことが分かるのですか?」とヘレナ。
「こういう膠着戦では、士気を上げるために総大将が演説するのが定石なの。歴史書にもよく書かれているわ。」
「皆のものよ!敵軍よ聴け!」とテレサ女帝が演説を開始する。
「どうやら演説は、皇帝陛下直々に執り行われるようですね。」とリル。
「現在、カトゥル帝国には複数の害がある!」
「官僚の腐敗、辺境の防備、異民族の離反。ほかにも様々な課題がある。しかし、これは一害を除けば済む!」
なんだって?とリュカは思った。一害を除けば、政治課題は全部解決するのか。だったら、その方が近道で早道かもしれない。
「その害とは、現在帝国の逆賊である―」
「リュカ・チェザーレ、お前だ!」(お主になら、乗り越えられる。)
その一言は、戦場の喧騒を切り裂いて胸に突き刺さった。
――なぜ。
二か月前、陛下は自分を宰相に任じ、「帝国を託す」とまで言ってくれた。奴隷とはいえ、この国にはお世話になったし、かなりの親友もできたつもりだった。それなのに今、自分は帝国最大の逆賊と呼ばれている。
膝から力が抜けた。
「リュカ!」
倒れそうになった身体をリルが支える。
「…僕は、どこで道を間違えたんだ…」
「大丈夫?」
そうして、リュカは「おえっ」と吐いてしまった。その姿を見て、リルとヘレナは駆け寄り、リュカを励ます。その横のマリーとリゼとは、まったく別の反応を示した。
「そうですか、そうですか…」と言うやいなや、バンっと手を叩いたマリーは、本をいくつも出現させる。
「それでは、開戦しかありませんね。」
「まったく同意!セバス~!」とリゼはどこからか、一羽の黄色い小鳥を出現させる。セバスと呼ばれるその黄色い小鳥は、チュンと鳴いて、巨大化を始める。その大きさは、どんどんと膨らみ、ついに元の小鳥のサイズの300倍近くになった。
それからは、マリーは、本から繰り出す不思議な術や技の数々を駆使し、リゼはセバスという名の小鳥を操り、敵軍の兵士を飲み込ませて、コプロライト(石状の糞)にしていく。
ヘレナは、毛布の他にも、矢をこしらえるスキルがあったらしく、さまざまなサイズの矢を15人ほどの共同作業で1000本はこしらえていたらしい。
そこに、マリーがすり潰していた毒を塗って毒の矢尻とすると、完璧な殺傷兵器となる。これには、カトゥル帝国正規軍もたじたじである。
開戦から一刻ほど、リゼが突如叫び出す。
「みなさーん!リゼはこの書類を…」
「お聞きくださいな。皆さま。」
リゼの発言は、モモの緊粛なる開口一番の前に封じられた。「あ…うん…」とリゼは言うばかりだ。
「リルの発言が、どうして向こうに届くの?」とリュカはヘレナに質問する。
「私が、傍遠鏡を持っているのよ。この鏡、小さいんだけど。自分の声をよく遠くまで響かせられるわ。」
なるほど、向こうの声がこっちに聞こえたのも、そのためだったのか。
「ナッシュ殿、聞き捨てなりませぬ。」と怒りの剣幕のリルだ。
「な、何がだ!」
「まず、政治というもの、一害を除けばすべてうまくいく?そんなわけがないでしょう?」
「また、その一害を人にして、人身御供を差し出せば万事解決?なぜですか?」
「さらに、その人身御供に選んだのが、奴隷というこの国の弱者でありながら、宰相という皇族を除いてNo.1の位置を占めるお方を選ぶのも、これまた筋違い。」
ナッシュの青筋が、リルの発言ごとに立つのが、遠目でもわかる。
「あまつさえ…」すうっとリルが息を吸ってから発言する。
「私の愛しのリュカ様を渡すなんて、そうはいくものですか!」
「おのれ…!」とナッシュが王のそばで、激昂する。
その瞬間、ナッシュはカハッと血を吐いて倒れた。「なぜだ…天は、私を選ぶはずでは‥・」
周りの兵士や将軍、皇帝お付きのメイドたちも驚いて、叫び声をあげる。すぐさま典医が呼ばれ、診察のあとこう告げる。
「ナッシュは、亡くなりました。おそらく、毒物を飲んだのでしょう。」
こうして、アポワスをめぐる騒動から、リュカ排斥のクーデター、リュカの籠城に至った一連の事件にあっけない幕切れが訪れたのであった。




