一撃 〜逃走と決意〜
幼げな顔で、華奢な体躯な皇女・リゼは、剛毅な顔つきで、屈強な体をした陸軍随一の将軍・パンチの手を「ガブリ」と噛んだ。パンチは、普段から一兵卒に交じって軍事教練に参加しているため、もちろん肉体への負荷、訓練メニューをこなす困難、そしてあらゆる痛みを経験している。だがリゼ皇女の嚙みつきが尋常ではない強さだったのだろう、この時ばかりはリゼを引き寄せようとした腕を引っ込めてしまう。その瞬間を見計らって、リゼは腕から脱出して、この場からの逃走を図る。
「逃がしてはならぬ!必ずやとらえるのだ!」とナッシュが叫んで、部下にリゼを捕らえるよう指示する。すでに、ナッシュ側の兵士が二、三十人ほど詰めてきていたので、彼らが必死でリゼを確保しようとする。
しかし、ここは王の寝室。時々母帝と寝ているため、思い出深い寝室の造りや物の配置については、リゼの方が上手である。パンチの腕を嚙んで脱出するが、2人の兵士がリゼを捕らえようと近づいてくる。そこには、母帝が普段から愛用する、樫の木でできた脇息(肘置き)を投げつける。パッとベッドから出たが、さらに4、5人の兵士が取り囲む。しかし、傍らの机に置いてあった瓶を取り出し、その中身を投げつける。
「うわっ、なんだ!?」
「コホン、コホン!ヘクチュ!わからんが、咳が止まらないぞ!」
リゼが投げつけたのは植物の実で、最近スラガ市国より初めて王都にもたらされた、“胡椒”である。最近、スラガ市国の向こう側にある異国よりもたらされたらしく、王都にも一部が献上されていたものの、帝国内でもその存在を知るものは限りなく少ない。
「なにをやっている!ええい、わし自らが捕らえてやる!」とナッシュがリゼめがけて、突進してくる。しかし、リゼは普段から寝室で遊ぶおもちゃ箱から、真珠やガラス玉を大量に取り出し、ジャラララと床にばら撒く。これは、リゼが喜ぶことを知って、南国より贈られたものである。
「私は、決して捕まりませぬ!」リゼはそう叫ぶと、入口の脇にあった隠し扉へと消えていった。
「皇女を逃がすとは、何事か!探せ!探せ!」とナッシュの声が響く。
「逃げたなら、しかたありません。とりあえず、封鎖している議場へ向かいましょう。ささ、陛下もこちらへ。」とパンチは、テレサに目配せをしながら、移動を促す。
「断ればどうするつもりじゃ。」
「そのときは、リゼ殿下の御身がどうなることでしょうね。」と気を取り直した、ナッシュが不気味な笑みで語り掛ける。
「なら、仕方あるまい。」テレサは、腰を上げて、寝間着から着替えるための準備をする。
***************************
一方、リュカはダクト通路を通っていた。ただ、下を覗けばどこもかしこも、リュカを捕らえようと必死な兵士達でひしめいている。さきほどモモからもらったメモを再び見る。そこには、「そこから右へ向かって!」とある。リュカは、しまったと思った。リュカは、普段から左右の区別がつかない人物だった。というのも、みな「右は鉛筆を持つ手」というのだが、リュカ自身は左利きで、宮中に上がる前の奴隷商のもとにいた頃には右利きへの矯正に苛まれていたからだ。あの寝室のダクトから右へ行ったら、おそらく外へ出られたに違いない。とりあえず、自分を捕らえようとする兵士から逃れるためには、どうすればいいか―リュカはそう考えつつも、仕方ないのでダクトの中を進んでいく。
すると、先ほどとは違う音が聞こえてくる。兵士たちが駆け回り、彼らの足音や甲冑同士が触れ合う音から、急に静寂となり、何やら鉛筆を走らせる音がする。しかも、「うーん」「あー」「えーっと…」と何やら考えあぐねているようで、その声にもどこか聞き覚えがあった。通路の下に、排気口があったので、そこから部屋を覗くと、そこにいたのはリュカにとってなじみの人物である。
「あー…これはダメだよな…こっちは予算が…」と言っている声の主は、宮中図書館で見習い司書をしている。マリーさんだった。
ふとマリーさんが蹴伸びしながら深呼吸をして顔を天井に向けた時に、ふと目が合った気がした。
「リュカくん?」マリーは、机の上に広げていた、さまざまな書類を慌てて片づけ、リュカが潜む天井裏に通じるダクトに近づいていく。
「やっぱり、リュカ君だ!こんな夜更けに、そんなところでどうしたの?」
「ちょっと、いろいろあって…あっ、近くに兵士はいませんか?今、追われているんです。」
「追われてる?」マリーはそう言うと、まず辺りをキョロキョロ見渡して、次に廊下の方へじっと目を凝らす。「いないみたいだよ。」
「そうですか。じゃあ、降りてみますね。」そう言って、リュカはダクトの通気口を外して、降りようとする。
「待って!」とマリーが叫び、そしてダクトから姿を消す。もしかすると、あたりに僕を追う兵士が来たのかもしれない。そう思っていた次の瞬間、マリーは大きな梯子を持ってきてくれた。
「はい、これは図書館の梯子。これに乗れば、スムーズに降りられると思うわ。」
「わざわざ、持ってきてくれたのですか?」
「私も、本を取るためにこれを使っていたから。そんなに手間はかからなかったよ。」マリーさんはそう言うと、ニコッと微笑みをかけてくれた。僕は、それに「ドキッ」として頬が赤らむのを感じた。
梯子を降りて、マリーさんの横に座る。
「マリーさんは、今何をしていたのですか?」
「え~っと…そのぅ…」マリーさんは、僕の質問を聞くとすぐ、しどろもどろになって、眼が泳ぎ始めた。何やら、聴いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
「まぁ…いろいろ調べものしてたんだよ。リュカ君こそ、追われてるってどうしたの?」
リュカは、なぜか自分がお尋ね者になっていることを告げる。マリーは、いつもの図書館でのおとなしく、体力無さげな印象とはガラッと異なり、非常に憤慨した様子である。
「どうして!いつも、勉強熱心で、優しいリュカ君がお尋ね者なんて!そんなの間違ってるし、許せない!」
「僕も、どうしてなのか、さっぱり…でも…」
心当たりがあるのは、先日、皇帝陛下から打診のあったナッシュ家によるアポワス拝領の件を先延ばしにしたことしか考え付かない。
「…という経緯があって、アポワスの件は保留にしていただくように陛下に伝えたのですが…」
「保留?」マリーが怪訝そうな顔をする。
「何か気がかりなことでも?」
「ここの図書館の司書長や複数の司書たちが、噂話として話していたんだけど、あれはリュカ君が断ったんでしょ?」
…知らなかった。どうやら、保留のはずが、拒絶に変化していたらしい。僕は、陛下に「保留にしてください」と伝えていたのに…
そうしたなか突然、コンコンとドアがノックされる。
「あれ?こんな夜更けに利用者が来たのかな?」とマリーが入口に向かおうとしたので、慌てて腕をつかんで引き止める。ドアをノックしたのが、リュカを探しに来た兵士かもしれないからだ。
「リュ、リュカ君?」とマリーが戸惑う。リュカは図書館の入口に目配せをして、そして首を横に振る。僕を御尋ね者として探している連中だろう。そのことを察してくれたマリーは、あたりを見渡し、リュカを匿える場所がないかを調べる。すると、マリー自身が今しがた座っていた椅子の真下が、机によって丁度三方向が囲まれていることに気付く。おそらく、マリーが座っていれば誰からも見えないだろう。
「じゃ、じゃあ、ここにいててね。」とマリーが告げるので、リュカはコクンと頷く。
リュカが椅子の真下に潜んだのを確認してから、マリーは入口の方に向かっていく。
「おい!ここを開けろ!開けないとぶち破るぞ!」と言う兵士の物騒な叫びが聞こえる。
「いま、開けますね。」とマリーは施錠を開ける。
甲冑を身にまとった兵士が10名ほどだろうか、ズカズカと図書館に入ってくる。
「俺たちは、とある者を探している。この少年を知らないか?」と、隊長と思しき男が手配書のようなものを差し出してきた。そこには、金髪の背の低く、見目麗しい少年を探している、と書かれている。マリーはその文言を見て、嬉しさのあまり少し唇が緩んだが、すぐにシャッキとして答える。
「さぁ…本に夢中でしたので、たしかにこの手配書に書かれた御方・・は、美少年ですけどね。読書の途中なので、そこの席でお話してもいいですか?」とマリーは先ほどまで自分がいた図書館のカウンターの方を指して、伝える。
「もちろん、かまわない。協力感謝する。」
「ところで、夜食はいかがですか?」マリーは立て続けに隊長に尋ねる。兵士たちのお腹が、ぐぅ~となる。その音を聞き、隊長はコホンと咳払いをして、遠慮気味に尋ねる。
「それは…いいのか?」「ええ、もちろん。ちょっと、用意させますね?」
というと、マリーはリュカが潜んでいるカウンターに駆け寄り、耳打ちする。
「図書館の業務に使う奥の部屋に、私の予備の服とマスクがあるの。それを着用してくれる?ちなみに、冷蔵庫にいくつか夜食用の食べ物のストックがあるの。取ってきてくれると、助かるんだけど。」僕は、コクンと頷き、顔を見られないように背を向けたまま奥の部屋へ行く。なるほど、ワインのストックが数本、それにチーズや生ハム、雑穀のパンなどの食材、さらには豪華そうな食器がいくつかある。こんなものが、なぜ図書館にあるのだろうと思いつつも、用意をする。用意ができたので部屋を出ようとすると、マスクをしてなかったことに気付き、慌ててマスクを探す。てっきり、掃除の際に埃を吸い込まないためのものかと思ったものの、どうやら舞踏会に使うマスカレードのことを言っていたようだ。
僕は準備が整ったので、お膳を出していく。一つ目の膳には、赤・青・緑・黄・ピンクのグラスが重ねられ、その横には大きなデキャンタがある。その横には、ミニボトルのワインを3本並べている。二つ目の膳は、先ほどのチーズや生ハム、パンなどを切ったものや、いくつかのナッツをブレンドしたものを、ともに深みのある青色や緑色の陶器の器に盛る。
「おお、これはうまそうだ。」と兵士たちは夜遅くの臨時出動でお腹を空かせていた。
「遠慮なさらないでくださいね。私達も、一緒に食べてもよろしいかしら?」とマリーが兵士にニッコリ話しかける。
「もちろん。これだけ用意してくれたのだからな。」
と宴会が始まる。親友であるマリーと、お尋ね者として自分を探している兵士たちと同席して酒を飲むなんて、リュカにとって非常に複雑な思いではある。他方マリーの笑顔の裏には、何としてでも酔わせないといけないとの焦りがあった。
そのころ、同じ宮廷の中枢では―
***************************
そのころ、議事場では臨時の議会が開かれていた。王宮や首都を占拠したナッシュ主導の反乱軍が、自らをカトゥル帝国正統の軍隊であることを認め、リュカを逆賊として討伐する決議案を可決しようとしていた。当初ナッシュは、リュカを擁護する勢力が議場において非常に少数であることから、この議案はすぐに通るものだと考えていた。
だが、クーデターがナッシュと東国により起こされたことで、状況が少し変わった。このクーデタ-が成功しリュカが排除されれば、ナッシュとパンチの帝国内での影響力は絶大となると考えた反リュカ勢力の多くまでもが決議案に反発したのだ。むろん、すでにリュカを応援する側に回っていた勢力は、より強硬に反発している。なかでも、ピシー家とロレンソ家が、弱小な家ながらも必死に先導して、議場での議論をリードしていた。
「この度の挙兵は、帝都の安寧を破るだけでなく、帝国に尽くした者を風聞に基づき排除するなどもってのほかである。」
「このような小事で帝都に騒乱を起こし、他国につけこまれてはいかがするのだ。」
リルの父親であるハリー・ピシー辺境伯と、ヘレナの兄にあたるマッシモ・ロレンソ准男爵が、リュカ討伐に反対する論陣の急先鋒となっていた。ちなみに、ヘレナの父にあたるアルフォンス・ロレンソは数年前に当主の座から隠居しているが、すこぶる元気な姿でいまなお健在である。
もちろん帝国に仕える貴族や帝国を訪問する貴賓に限られるものの、その様子は議場の上に設けれらた観覧席から見ることができる。その議事堂の観覧席に、とびきりの美少女がいて、周りからの好奇の目を受けている。その黄金色の髪の彼女の名は、ヘレナ。彼女もまた、リュカの無二の親友の1人である。
「御兄さまも、リルのお父様も頑張っておられるわね…。しかし、多勢に無勢。しびれを切らした相手が、もし強硬に採決に移れば、リュカ君は間違いなくお尋ね者ね…」
ヘレナは頬杖をしながら、先程から膠着状態を見せる議論を眺めていた。そんな中、ロレンソ家の執事を務めるデウカリオンという年配の男性が、議場でヘレナのいるボックス席へとやってくる。
デウカリオンは、コホンと咳払いをして「お嬢様」と一言、低音の聞き心地の良い声で告げた。
「デウカ、どうしたの?」とヘレナはいつもの愛称で彼に呼びかけ、膠着が続く議場の議論から目をそらす。デウカリオンは、ヘレナが振り向くのを見て、彼女の耳元で聶やく。
「リュカ・チェザーレ殿が、姫様へのお目通りを願っております。お会いになりますか?」
「(リュカ君が!?)」とヘレナは思う。お尋ね者となった彼が、こんな夜更けに、まして反乱軍の戒厳令が敷かれるなか、どうやって議場にやってきたのだろう。そんな疑問を抱きつつも、ヘレナは即答した。
「もちろん、会いたい。」それを聞き、デウカリオンは素早くコックと頷く。「では、リュカ殿を例の部屋に通します。マリー殿の了解は取ってありますので」「わかったわ。」
ヘレナはコツコツとデウカリオンのあとをついて歩いていく。ほどなくして、普段外国の使節が議場を見学する時に用いる部屋に案内された。そのドアをギィーと開けると、見覚えのある金髪の少年が議場の方を向いた後ろ姿で立っていた。あの髪は、リュカ君の色に違いない。
「リュカ君!」とのヘレナの声に、振り向いたのはリュカだった。ドレスは、マリーから借りた青色の絹製で、ちょうどリュカの体をすっぽりと覆っていた。
「か…」というヘレナを見て、リュカはどうしたのだろうと不安に思った次の瞬間、ヘレナは叫んだ。「かわいい!」
それから20分ぐらいたったものの、ヘレナのキュンキュンは止まらないようで、リュカに対する「かわいい!」の嵐が渦巻くのを見て、リュカは「こんなときにいいのだろうか。」と思いつつも、まんざらでもなかった。やがて、耐えきれなくなったデウカリオンが、コホンとひとつ咳払いをする。「リュカ様はヘレナお嬢様に、ご用事があって参られてるのですよね。」と話を進めるように促してくれるので、そうしてヘレナによるキュンキュン攻撃が終わった。
「そ、そうよね。ところで、リュカ君今までどうしていたの?話ってなぁに。」僕は今までの経緯をヘレナにも語った。一部始終を話し終える。「そうなのね。今まで大変だったね。」「ありがとう。ところで、ヘレナは今晩どうしていたの?」と、リュカがヘレナの行動を聞き返すと、ヘレナが寝ている時に乱が起こったとの知らせが入り、議場への招集が寄せられたので、ヘレナの兄で、ロレンソ家の現当主であるマッシモが必死に多数派工作をして、議論をリードしているという。たださすがに、議論が並行線をたどるまでには持ち込めたものの、多勢に無勢の劣勢を覆すには至っていない。
***************************
ヘレナの説明が終わると、リルがリュカに尋ねた。「リュカ君は、これからどうしたい?」
リュカは今となっては、宰相職など務まるわけもないと考え、こう発言した。
「僕は逃げるよ。故郷に帰ろうと思う。みんなに迷惑を掛けないようにするには、それが一番だ。」
その言葉を聞いて、3人は愕然とする。そして口々に、リュカに思いとどまるように説得を行うものの、リュカは完全に意気消沈しており、聴く耳を持とうとしない。
「そう言うと思いました。」と半ばあきれた声が聞こえる。が、声の主の姿は見えない。
「ああ、こっちです。こっち。」と先程と同じ声が、どうやら天井の方から聞こえる。4人がふと振り向くと、ダクトが何故か外れた天井にそこには見覚えのある銀髪の少女がいた。カトゥル帝国の現在唯一の直系皇族・リゼ皇女である。
「皇女殿下?!どうしてこちらに?」突然のことにびっくりしたリルが、大声をあげる。
「ナッシュの手から、逃げ延びてきたのですよ。」と、フフンという自慢げな声とともに、鼻を高くした様子のリゼが天井から覗き込む。
やがて、皆で近くにあった梯子を架けて、リゼが天井から降りるのを手伝った。リゼは、ふぅと息をついて、パンパンと服に付いた沢山の埃をはたくと、早速本題に入った。
「本当に逃げてもいいのですか。」
「逃げるのは確かに恥だ。けど、いざという時はそれも選択肢の一つだよ。」とリュカは率直に思ったことを述べた。たしかに、リュカ自身は生まれながら奴隷として、出生国もわからずにこのカトゥル帝国に売られてきたので、そもそも帰るところはない。けど、リル、マリー、ヘレナがそれぞれ別々の逃走ルートを提示してくれていた。ので、一番確実に逃げられるルートで、4人で逃げようと考えていた。
「まあ、そうでしょうね。」リゼはフフンと鼻を鳴らす。その態度が気に食わなかったのか、リルがリゼに詰め寄る。「ちょっと、あなた見ず知らずの他人にその無礼な態度はないでしょう?」普段からメイドとして、人々に礼を尽くしている自負のあるリルとしては、今のリゼの態度は気に障ったようだ。
「逃げるのはいつでも逃げられる。それなのにですか?」と重ねてリゼが問う。
「もう決めたんだ。その方がみんなへの被害が少なくなる。」と完全に意気消沈した様子でリュカが答える。「そうですか」そういうとリゼは、左手を大きく振りかぶり、パーーンッとリュカの右頬を打ぶった。音が空間に響く。誰もがキョトンとし、すぐに声を出すものはなかった。
リュカは、突然のことにキョトンとし、その後すぐに右頬にジンジンとする痛みを感じた。あっけにとられるリュカの代弁者として、リルが抗議の声をあげる。「リュカ君になんてことをするの?!」
「人たるもの、人生に数度とない大勝負の時に、どう選択をしたかでその価値が変わる、といいます。本当にここで逃げていいのですか?いいわけがないでしょう!」と言葉の最後の方でリゼは、お尋ね者が議場の扉の前にいるにもかかわらず、語気を強めた。扉を隔てて、議場がざわつく。
「時間がありませんね。」とリゼはこういうと、さらに言葉を繋げた。「リュカ君。もう一度チャンスがあるとしたら、私を信じてついてきてくれますか?議場が割れている今なら、まだ間に合います。」その凛とした言葉を、芯の通った声で、リュカの目を真っすぐ見つめて問いかけるリゼ。その気迫と情熱に揺さぶられて、心が動いたリュカはコクンと頷きこう告げた。「君を信じるよ。」。その言質を取ると、リゼもコクンと頷き、リュカとリル、マリー、ヘレナに対し、自分のあとをついてくるように告げた。
***************************
先程のリゼの大声を受けて、議場はざわついた。ナッシュは取り逃がしたリゼを捕らえる2度目のチャンスだと部下に命令を発し、議場は皇女の身柄を捕らえるという強引な手法への反対があちこちから相次いだ。なかには、「不敬罪!」「どちらが反逆者だ!」という声も聞こえる。2刻ほどしても、リュカやリゼを捕らえたとの報が入らないこともあり、ナッシュは終始苛立ちを覚えていた。やがて、一人の伝令がナッシュが待機していた宰相室(現在のリュカの執務場所で、現在は反乱軍が占拠している)にやってきた。
「もうしあげます!」「おお、忌まわしい奴隷の彼奴を捕らえたか!」「いえ、それが…」その伝令が口を濁すのに、業を煮やしたナッシュ。「ええい!はよう、説明せい!」「奴隷のリュカとその徒党4人組に逃げられました!申し訳ありません!」との言葉を聞くと、ダンッとナッシュが強く机をたたく音がした。別の伝令が、入ってきて告げる。「もうしあげます!」「今度は何事だ!」「ハッ!シェーブルルンの離宮に、賊徒のリュカ一味が入ったとの情報です!」「たしかなのか!」「どうやらその模様です。」
それを受けて、ナッシュは隣のテレサ女皇に確認を取る。「リュカ殿は今や実質的に反逆者。彼を捕らえるのに、兵を動かす。御異議ございませんな?」
テレサは、ナッシュから目線を反らして、「できるのならな。」と答える。
こうして就任披露宴を目前に、リュカは宰相職を追われ、国家の反逆者となった。
「…法に則り、捕らえよ」




