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第5話 一撃(前篇)

「探せ!探せ!必ずや、あの奴隷のこわっぱめを捜し出し、首を刎ねてしまえ!」


次の日に就任披露宴を控えるはずだった夜の宮殿で、軍靴と馬蹄の音が響く。さきほど指示を出した男が、部下とともに宮殿の一室に入る。部下が燭台に火をともす。声の主は、ナッシュのようだ。


「あざやかな決起でございますな。」と廊下にはもう1人別の男が立っている。廊下の燭台には火が灯されておらず、あいにく顔は見えないその男は、身長が2m以上と巨大で、鍛えられた筋肉でがっしりとした体躯の持ち主だ。


ナッシュはその巨躯を見て顔を歪めた。「奴隷討伐に協力いただき感謝する。しかし、そなたの体は…私へのあてつけか!?…まあ、よい入るが良い。」ナッシュに促されて、廊下の男が部屋に入った。それは、五相会議の席にもいた顔でもある。この男の名は、ゴドリック・パンチ。カトゥル帝国の陸相を務める彼は、東国出身の百戦錬磨の強者でもあった―

***********************************************


事の発端は、先日の五相会議にまで遡る。217年ぶりの五相会議では領地宛行が議論されていた。


リュカは、帝国衰亡の危機にあたり、宰相に就任した。テレサの期待に応え、帝国を立て直す。それだけではなく、リル、マリー、ヘレナとの大切な時間を守りたい。それが、彼が宰相として戦う理由であった。


「領地宛行にあたっては、旧来の特権を整理するのが目的です。帝国や四か国に仕える王侯貴族には、大きな変化はありません。」


「もちろん。われらは商業がしやすくなるので、権利関係の整理は願ったりかなったりですが…軍事や外交を務めておられるほかの3ヶ国は、どうお思いなのか。特に北国は、そのハーンのみがカトゥルとの繋がりがあるだけ。その傘下の部族に対し帝国の触手が及ぶのではないか。」西国・スラガ市国の統領ドージェでもあり帝国の財相も務めるダンドロは、横に座る人物に話を振った。



横に座っていたのは、北国のオッチギンであるチンキムである。北国の遊牧民族には、成人した男性は次々と独立するという慣習がある。ひとり末子だけは、最後まで親元に残って、両親の死後に財産を相続する。その末子のことを「オッチギン」といい、いわば「後継者」のことである。チンキムは、北国でリーダーと崇められている家系の直系であり、その家の末子なのである。


「それに関しては、北国のわれら王家に仕える諸部族の特権は、わが王家から推薦して帝国の認可を受ける形式をとっても良いでしょうか?」

「もちろん、それでかまいません。」もちろん、チンキム自身が北国の中でリーダーシップをとるためという思惑があることだろう。が、改革のためにはある程度トップダウンの命令系統が効きやすくする必要もある。特に問題が起きることもなさそうだし、特権の申請を受け付けて、確認をとるまでの煩瑣な作業から解放されるので、こちらとしても願ったりかなったりだ。



「われらとしては、外洋への航海の自由も認めていただきたいのですが…」

南国からは、代々南国で宰相家を務める家柄の出であるコーラル宰相が出席していた。カラフルな漢服を幾重にも羽織っており、彼の鮮やかな緑色の鱗の肌が光に反射して七色に見えるのにもあいまって、ものすごくきらびやかに見える。

「それに関しましては、外国との外交や、商取引、さらには検疫など様々な課題が山積していますので、追って検討を重ねる形でもよろしいでしょうか?」

「でしたら、帝国内の河川の臨検に関して、便宜を図ってはいただけないでしょうか。」

これについては、快諾した。疫病の蔓延を防ぐための検疫はこれまで通りとするものの、帝国直轄領での通行料の徴集は停止させる方向であったから、河川や海など水上交通では即時開始することにした。


***********************************************


「それでは、会議を終わります。」こうして会議を終えた。

各国の面々が帰る。そんななか、独一人(ひとり)東国のパンチ陸相だけは、深刻な顔の面持ちだ。


「あれ、東国のパンチ陸相。何かお困りのことがありますか?」とリルがパンチ陸相に声をかける。

「我々がかつてユニマル帝国によって奪われたアポワス回廊は、帝国の管轄のままなのだな。」


それはいまから150年前――

ユニマル帝国とサンクロウ帝国は、宗教と領土を巡って対立し、アポワス回廊で激突した。

サンクロウは渓谷に立てこもり抗戦するも、ユニマル軍は別動隊で山岳を越え王都を急襲。帝都は陥落し、サンクロウは敗北した。

その講和条約で、アポワス回廊は割譲される。

それが、現在まで続く両国の軋轢の火種であった。



「そのアポワスを東国へ還付する件ですが、ユニマル帝国以来の譜代の家柄である臣下の間で、根強い反対がありまして…」

リュカは現在、たびたび四か国の支持を取り付ける方策について、テレサ女皇にかけあったり、帝国譜代の貴族が召集される帝国議会で提起するなど方々ほうぼうの手段を用いて提案している。というのも、帝国は周りの諸国と比べ最も疲弊しており、どうみても創業以来の危急存亡の時節なのだ。このピンチで、四か国から離反する勢力が出るのはどう考えてもまずい。


しかし、四か国ごとに対してそれぞれ個別の融和方針を策定せねばならない。もちろん、それには四国それぞれの情勢を個別に分析し、かつそれを具体的な政策・手段の案として形にしなければならない。さらに、帝国議会では重要事項は全議員の3分の2の賛成が必要であるので、可決のハードルがそもそも高い。あまつさえ、宰相になって日が浅いリュカが初の奴隷出身の宰相であることなどから、リュカ個人への反発も強い。


 そんなわけで、リュカは自分が全幅の信頼を置くリル、マリー、ヘレナの3人と、前首相で退任後もテレサ陛下の信任厚いカルロ公爵を招き、4ヶ国や帝国議会と協力関係を構築するための融和策を考えていた。そこでは、4ヶ国の王侯には領土の還付により、帝国の直臣や4ヶ国の陪臣といった貴族層には諸特権を整理して認め、他日に年金制度などのさらなる優遇措置を検討するということが決定された。


***********************************************


しかし、それで事は単純には進まなかった。その優遇策を法案にして帝国議会に提出すると、帝国直臣で構成される議員からの膨大な反発を招いた。


「われら、帝国譜代の直臣の特権だったものをあやつらにも認めるのか!?」

議場では右翼からのヤジが飛んだ。カトゥル帝国では、議場は玉座を境に縦に二分されている。首相に味方する「ルーラー」と呼ばれる議員は、玉座から向かって左側にあたる“左翼”の席に座る。他方で、首相の味方ではない「オポジット」と呼ばれる議員は、玉座から向かって右側にあたる“右翼”の席に座る。


このたびリュカが宰相に任命されたことで、左翼「ルーラー」の議場―つまりリュカの味方―は、大きく分けて三つ。ひとつは、拝命以来リュカを支えてくれている前任の首相・カルロ殿の派閥。ふたつは、皇帝の親政を望む運動を起こしている「皇運会」という政治組織。最後に、数名の貴族である。その数名の貴族とは、リル(宮廷メイド長)の実家であるピシー辺境伯爵家と、ヘレナの実家である帝国の准男爵・ロレンソ家である。余談かもしれないが、実家は平民だという司書・マリー(帝国図書館の司書) さんには貴族層の後ろ盾がない。

 

 だが、議場においてリュカの後ろ盾となる派閥が実質的に3つしかないのは、政権運営にとって非常に致命的である。帝国には400近くの貴族の家があり、それぞれの家が最低でも1議席は保有している。また、8つの貴族のランクのうち、上から4つにあたる尊爵、公爵、侯爵、辺境伯爵は、各家から2名、場合によっては3名まで議席を有することが認められている。そのため、帝国議会は600近い人数がひしめく、喧噪の絶えない議場である。


就任式の準備も立て込み、アポワス問題のめども立たない。そんな中で、テレサ皇帝陛下に対してナッシュによる直接奏上により、アポワスの地は、宮廷執事を務めるナッシュ家が拝領するという案が先日浮上した。こんがらがっている糸の結び目を、さらにグチャグチャにしかねないようなこの提案を、そうすんなりと飲むわけにはいかない。リュカはそう考えて、テレサ陛下に対し、ナッシュの提案を拒むべきであるとの進言を行った。それが三日前のことであり、就任式を予定していた一週間前のことだ。


そして今。普段は夜中になれば静寂に包まれるはずの帝都だが、この日は城下に軍勢が押し寄せ、夜にもかかわらず松明の明かりが煌々と照らされ、幾万とも思える軍勢が禁域であるはずの宮中にまで押し入った。「5千の兵は、すでに宮城四方の門を押さえました」とパンチが低い声で告げる。

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