98話 タッグバトル⑧ ※祐乃視点
「じゃあ試合再開だ!後悔すんなよ!」
コーチの合図と共にスコアボードの数字が更新される。
【夏目祐乃 HP40】
【✕✕カレン HP60】
【紫ハヤト HP60】
絶望的な状況だった。
素人同然のボクが、2人を相手にしないといけない。
試合結果は火を見るよりも明らかだ。
ブルーシートに座る観客達や新聞記者は半ば惰性のように、観戦している。
愛那ちゃんもブルーシートに座りながら、観戦している。
手足が拘束されていて、動きにくそうだ。
「――最後まで手は抜かないからッ!《《ぶっ飛べ鋼の弾・アイアンカノン》!》」
「えっと…! 逃げ――やっぱりシールーー」
判断が遅れる。
直撃は免れたが、ボクは吹き飛ばされて背中から、地面に倒れた。
スコアボードが更新される。
【夏目祐乃 HP25】
【✕✕カレン HP60】
【紫ハヤト HP60】
無理だよ――ボクに何ができるんだろう…
――”答え”ってなんなんだろう…
コーチはボクに何を求めているのかな…?
わからない…
ボクは観客席に視線を動かす。
――お母さんが酷い眼でボクを睨みつけている。
この眼をしている時のお母さんは決まってこう言う。
『なんでできないの!?』
『何も考えてないでしょ!』
『あなた育てるのに、どれだけ時間とお金使ったと思ってるの!?』
耳を塞ぎたくなる暴言が脳内に再生される。
試合が終わったら怒られるんだろうな…
怒鳴られるんだろうな…
マジッカ―やったこと全部否定されるんだろうな…
でも勉強頑張っても、努力は全部否定されて…怒鳴られるんだろうな…
諦めた。
このまま負けていいな…もう…疲れた…
ぼやけた思考。
ボクはぼんやりと"空"を眺めた―――
「空…」
ぼんやりと過去の思い出が蘇る。
――――――――――
―――――――
――――
「…祐乃…泣いてるの?」
「…え?」
この思い出は、マジッカ―部に入部して2日目の放課後の出来事だ。
小テストの結果がわるく、家でお母さんに怒鳴られた。
トラウマのフラッシュバックが起きたのだ。
ボクの心は定期的にトラウマに侵される。
突然、瞳から涙が零れるのは、よくあることだった。
「…ごめん、なんでもないんだ…愛那ちゃん」
「…ホント? 困ってるなら、ちゃんと言いなさいよ」
愛那ちゃんはたくましかった。
ボクもこんな強くなれたら…と思うことも多かった。
「そういえば祐乃。使いたい魔法は決まったの?」
「…ごめん、まだ決まってないんだ。たくさんあって決められなくて…」
そういえば、これまで自分で決めたことは少なかった。
お母さんに「やりなさい」と言われたことだけやっていた。
これまでの人生で自分で決めたのは『マジッカ―部に入部する』ことくらいかもしれない。
理由は愛那ちゃんと一緒の時間を増やしたかっただけの不純な動機…
お母さんに自分のやりたいことを言ったら怒鳴られる。
けど、ボクが部活をすることは否定的ではなかった。
内申点とか気にしてたんだと思う…
ボクは自分で選択できなかった。
選択するのが怖かった。
だって選択したら、ボクはお母さんに怒鳴られる。
小さい頃「あれやりたい」「これやりたい」と言ったら怒鳴られた。
家から追い出されたこともあった。
車から追い出されたこともあった。
怖いよ…怖い…!
「祐乃は好きなものとかないの?」
「好きなもの…」
愛那ちゃんの質問にボクは答えれない。
好きなもの…それがボクにはわからなかったのだ。
ボク…何が好きなんだろう…?
「愛那ちゃんは、なんで闇魔法を選んだの?」
「あたしの憧れてる人が光魔法を使ってたの。その人のライバルになりたいから、光の反対――闇を選んだのよ」
羨ましい思い出だった。
ボクの思い出なんて、お母さんに怒られたこと以外ない。
頑張って思い出そうとするけど…何も思出せない。
楽しい思い出が欲しいな…
「今日、春祭りがあるのよ。一緒に行かない?」
「春祭り…?」
「夜桜と花火がとても綺麗なのよ」
「そうなんだ…」
生まれてからずっと洛咲市に住んでいるのに、ボクは何も知らなかった。
お母さんは縁日や催事を時間の無駄と否定する。
小さい時、「お祭り行きたい」とお願いしたことを思い出す。
結果はもちろん怒鳴られた。
『時間の無駄だ!そんな時間があるなら勉強しろ!』と…
「祐乃、一緒にいく?」
「…行きたいな…」
帰宅が遅くなるから、お母さんの許可が必要だった。
だからこの日、お母さんに『お祭りに行きたい』とLINEで連絡を取った…
けど返ってきた回答は―――『時間の無駄』だった。
悔しかった。
行きたかった。
夜、家のベランダから見えた花火はとても綺麗だった。
ひゅうっと、空気を裂く音。
一拍の間をおいて、ドンと胸の奥を叩く衝撃。
空気は震え、端玉で伝わる振動。
―――綺麗だった。
目を奪われた。
花火を見ている間はお母さんのことを忘れられた。
そうだ。これだ。
ボクが『爆魔法』を使うと決めたキッカケは――
ボクはあの花火に恋をしたんだと思う。
そういえば、この前お母さんに『将来の夢』を聞かれたな…
ボクは怯えながら『花火職人』と言ったら――お母さんは「汚い仕事」と否定してきたな…
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―――――――――
――――――
ずっと否定だ。
ずっと我慢していた。
「・・・・・・・」
ボクはゆらりと立ち上がると、観客席に視線を動かす。
またアイツは"くだらない"と決めつけた眼でボクをさげすんでいた。
また――ボクを否定してる。
おまえはボクが思い通りの行動をしなかったら癇癪を起こす…
それが怖くて我慢してた。
ずっと我慢していた。
なんでボクはあんなヤツのために、マジッカ―部を辞めるの?
なんでボクはあんなヤツのために、愛那ちゃんとコーチと別れないといけないの?
心の中からドス黒い感情が噴き出す。
「……もう限界だよ…付き合ってられない…」
今まで溜まっていた感情が言葉となって零れ落ちる。
―――そして、ボクの中で何かが"ブチッ"と音と切れた。




