97話 5分休憩
「う、動けない…」
HPが0になった愛那は『ホールド』状態のせいで手足が動かせず、身体をクネらせる。
「見てないで拘束解除しなさいよ!」
「あっはっは!滑稽だな、いつも偉そうなお前がまるで芋虫だ!」
「相変わらず性格わるいわねッ!」
噛みつかんと言わんばかりの勢いで、愛那はシンを怒鳴る。
いつも通り元気でやかましい愛那を見て、シンは「やれやれ」と首を横に振って、頭を掻いた。
「まったく…暴れるなよ」
「ちょ、ちょっと…!」
シンは両手を愛那の下に潜り込ませると、そのまま抱きかかえた。
いわゆるお姫様だっこである。
突然、抱きかかえられて愛那の顔はゆであがった。
キャ――――――ッ!!!
観客の女子生徒達の黄色い声援があがる。
恋愛に飢えた学生達には、刺激が強い光景だったらしい。
「タッグバトルが終わるまで『ホールド』は解けねーんだよ。しばらく大人しくしてろ」
「そ、それは…そうだけどさ…恥ずかしい…」
愛那は頬を赤らめて、もじもじとするが――そんな2人のやりとりをすぐそばで見せられていたカレンは、不機嫌になっていた。
「…あのさ…目の前でイチャつかないでくれる…?
「俺は未成年のガキなんか興味ねーよ」
「…あっそ。あたし、水飲んでくるから…また後で」
カレンはため息を吐くと、《バスターソード》を霧散させる。
この場をあとにしようと踵を返すと、ハヤトは「待ってくれよ~」と後ろをついていった。
2人が離れたのを確認すると、シンは祐乃に声をかける。
「祐乃。少し休め」
「う、うん…」
シンは愛那をお姫様だっこで抱きかかえると、グラウンドの端のパイプ椅子まで移動する。
祐乃は少し心細そうに、シンの背中をとぼとぼとついてきた。
背中の祐乃に、シンは優しく声をかけた。
「…祐乃。魔法は楽しいか?」
「…わかんない」
「…そうか」
「ごめんなさい…」
背中でしょんぼりと落ち込む祐乃――
シンはその姿を見て、どこか懐かしい感情を覚えた。
―――楽しさがわからない。
その感情はシンが、ついこの前まで感じていたものだからだ。
「何も謝ることねーよ。俺だってそうだったしな」
―――マジックギアが起こした事故。
その事故が原因で、シンは想い人に大怪我をさせた。
未だに目を覚まさない…
その苦しみは、今でもシンの心を縛りつける。
自分が嫌いになり…マジッカ―が嫌いになり…魔法が嫌いになった。
けれど、愛那や祐乃に出会い――『俺を越えてもらう』ヤツを育てるという目標を見つけた。
「愛那、祐乃…お前らには感謝してるんだぜ。おかげで今は魔法が楽しいからな」
「コーチ…突然変なこと言わないでください…」
抱きかかえている愛那の頬がさらに赤く染まる。
――しかし、祐乃の表情は曇ったままだった。
「…ごめんなさい。ボク…弱くって…」
先ほどの試合を気に病んでいるようだった。
あまり活躍できなかったうえ、愛那のHPを0にした責任を感じているようだ。
「ふ…弱いとかどうでもいいんだよ」
「で、でも…」
俯き、自信を喪失している。
そんな彼女にどんな言葉をかけていいか、シンにはわからない。
けれどシンは自分ができること、自分の役割はわかっている。
「――俺が強くしてやるよ」
「え…」
祐乃は少しだけ顔をあげる。
自信の喪失とともに閉じていた半開きの瞳が少しだけ開く。
「俺はコーチだぜ。今弱くったって、俺が強くしてやるよ――俺を越えるくらい強くな」
シンはふっと笑うと腕の中にいる愛那に優しく微笑んだ。
「こいつはな――俺に啖呵切ったんだ。俺を越えるってな」
シンの脳裏に浮かぶ過去の記憶。
圧倒的な実力差で叩きのめし、心をへし折った。
その結果、愛那は自身の過ちに気付き――その代償に右腕は大火傷を負った。
未だに腕に包帯を巻き、火傷跡は残っている。
この事件はシンの過去のトラウマを抉ることになった。
けれど――この出来事がキッカケで愛那は成長した。
「ええ…絶対超えてやるわ…あなたは…あたしが知ってる誰よりも強いもの」
愛那の眼に宿る闘志――シンはこれに賭けた。
――俺を越えて欲しい。
俺を越える人材を育てたい。
それが今のシンの目標だ。
「おまえはまあまあ強くなったけど、まだまだだな!《アイアン・マイン》にあっさり引っ掛かるなんてなっ!あっはっはっは!」
「く、くぅぅぅぅ…!そうだけど…!そうだけど…!」
下品に笑うシンの腕の中で、愛那は悔しそうに顔をゆがめる。
そんな愛那を見て――シンはふっと笑った。
「…なあ、愛那」
「なによ?」
「さっきの試合――楽しかったか?」
「ええ、楽しかったわ。あんな強い人と戦えて楽しくないわけないでしょ!」
澱みない回答。
満点だった。
――俺は弟子に恵まれているな。
「そうか…それなら良かった」
だからこそ――この満点の回答を祐乃にも…して欲しい。
「なあ、祐乃?おまえが強くなりたい理由はなんだ?」
「ボクが強くなりたい理由…」
「多分、今のおまえは――”恥を掻きたくない”から強くなりたいだけじゃないか?」
「――――ッ!」
図星を突かれたのか、祐乃の身体がビクッと揺れる。
目を見開き、つーっと冷や汗が頬を伝う。
「ごめん…なさい…」
何度目の謝罪だろうか。
祐乃の自信の喪失は重度なものだった。
過去のトラウマが、祐乃を縛りつけているのは知っている。
これまでどんな行為も否定され、どんな努力も無駄と否定され続けたのだ。
――シンは思う。
苦しみから解放されて欲しい。
科学で作られた魔法――そんな夢のあるもので苦しんでほしくない。
「俺は勝敗に、とやかく言うつもりはない。この試合だってそうだ。例え負けても、『頑張ったな』と言ってお前たちを労ってやる。俺は可愛い弟子にあまいからな」
「負けても…いいの…?勝たなくて…いいの…?」
祐乃の疑問への回答は決まっている。
肯定だ。
「当たり前だろ? 俺はお前たちに魔法を楽しんで欲しいんだぜ。勝つことは大事だけど――何より楽しめよ」
「・・・・・」
「この試合が終わったら、姉貴から焼き肉奢ってもらえるんだよ。一緒にいこーぜ! もちろん全額姉貴の奢りだ、にひひ」
シンは口角をあげて、子どものように笑う。
そして、祐乃の肩に軽く肘をあてた。
「だから祐乃――この試合でおまえの”答え”を見つけてみな」
「ボクの"答え"…」




