表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/77

第22話「そして、事件は始まった」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



世界歴1955年。6月18日。


 週明けの学園。

 教科書や私物を置いているロッカーを前にして、私は腕を組んで仁王立ちしていた。


「うーん。そうきたか」


 開かれたロッカーの扉には、壊された鍵がぶら下がっている。

 その中に置いてあった教科書や運動服。あと、ちょっとばかりの私物とポーチが。


 ……真っ赤に染まっていた。


「せめて、トマトジュースならよかったのだけど」


 もはや、ため息すら出ない。

 ロッカーの中に吊るされた、鶏だったもの。


 首がちょん切れているから、今では鶏肉といったほうが正しいかな。よし、今日の夕食はローストチキンにしてやろう。


「……あと片付けが大変ね。教員室に行って雑巾を借りてこないと」


 とりあえず、血抜きされている鶏を外すと、制服が汚れないように袋にしまう。


 これは一旦、寮に戻って、汚れてもいい服に着替えてこないと。幸い、午後からは授業ないし、のんびりと作業をするか。


「……ねぇ、見て。あの女、何をしているのかしら」

「……何か匂いません? 生臭いから、どこかに行ってほしいのですけど」

「……あー、やっぱりね。あの王子様の気を引こうなんてしたから」

「……自業自得よねー」


 背後を通り過ぎる人間から、くすくすと笑う声が聞こえてくる。


 恥ずかしさで頭に血が上りそうになるけど、そこはぐっと我慢だ。今後のことは後で考えるとして、今は目の前の作業に集中しよう。泣いていたって、誰も助けてくれないのだから。


 それに、いつかこうなることはわかっていたはずだ。


 あの学園の王子様こと、クリストファー・スミスと仲良くしていたら、この学園のお嬢様たちの逆鱗に触れるのは確実だろう。


 そして、こうやって陰湿なやり方で、学園から追い出そうとする。


 前回は、ロッカーに火をつけられただけで済んだのを考えると、今回のほうがタチの悪い女だろう。わざわざ、個人が使っているロッカーの鍵を壊して、首を切った鶏をぶら下げるのだから、控えめに言っても正気ではない。


 ……え? 学園側はどんな対応をしているかって? 


 この学園には潔癖で正直な生徒しかいないため、そのような事件は起こることはない、らしい。


 些細ないざこざは事故として、警察に届けられることなく処理される。ちなみに、過去には警察に被害届を出そうとした親子がいたが、翌週には退学処分になっていた。


「やっぱり、週末のお茶会がトドメになったのかな」


 私とクリスの間に、妙な噂が立っているのは気づいていた。


 それでも同じ授業を受けていたり、一緒に朝食を食べていたり。他の女子たちとしても、面白くはないが、ギリギリ許容範囲だったのだろう。


 だが、紅茶愛好会のお茶会は違う。

 女子が男子を誘って出席する、というのが決まりだ。私が彼に色目を使った、と言われても仕方ない。


「はぁ。でも、へこむなぁ。ママに連絡をして、新しい教科書を買ってもらわないと」


 私は、ママの笑顔のまま怒り狂っている姿を想像する。


 前回のボヤ騒ぎだって、猟銃を持って学園に乗り込んでくる勢いだった。さすがに、ママが刑務所に入るのは避けたい。前はなんとか説得できたけど、……今回はヤバいかも。


「パパに連絡するのもなぁ。仕事中だし、迷惑だろうしなぁ」


「そうやって他人を気遣える余裕があることが、僕には驚きだよ」


 背後から声がして、ゆっくりと振り向く。

 綺麗なブロンドの髪に、黄金の瞳。まさに王子様といったようなクリスが、そこに立っていた。


 怒りと悲しみに、満ちた表情で。


「やぁ、クリス。元気だった?」


「さっきまではね。君の姿を見たから声をかけるか迷っていたけど、……これはどういう状況だい?」


 視線を険しくさせながら、真っ赤に染まったロッカーを見る。

 あはは、と私は力なく笑った。


「見てのとおりよ。女の汚い嫉妬が爆発した結果ね。女は怖いわよ。精々、あんたも気をつけなさい」


「大丈夫だよ。僕が好きになった人は、こうやって感情まかせに他人を傷つけない」


「あ、そう」


 クリスには好きな人がいるのか。

 その告白に、私の脆くなった心をざわつかせる。あー、嫌だな。この落ち着かない感じ。


 そんな私の心境に気づくはずもなく、クリスが私の肩に触れる。


「大丈夫かい?」


 大丈夫に決まっているでしょ。あんたの協力もいらないし。これ以上、変な噂が流れたら困るから、さっさと消えてくれない。


 そう言おうと思ったのに、言葉がうまく喉を通らない。

 上手に、嘘をつくことができない。


「……最悪ね。血生臭いし、お気に入りのポーチを捨てないといけないし、ママに電話をしなくちゃいけないし。あーあ、どこかに手伝ってくれる素敵な王子様でもいればいいんだけどね」


「仰せのままに、お姫様」


 即答。こっちがクリスの顔色を窺う前に、彼はさも当然というように答えた。


 昼下がり。

 授業が始まってるのか、他に人通りはなく。

 爽やかな風が、彼の綺麗な髪を揺らす。


 ……あぁ、嫌だな。

 ……この落ち着かない感じ。


 そわそわする。さり気ないことに一喜一憂してしまいそうな、浮ついた感覚。誰かさんが傍にいるだけで―


「じゃあ、雑巾とゴミ袋をもらってきて。私は、捨てるものを分別しておくから」


 真っ赤になった顔を見られたくなくて。

 涙が流れそうな瞳を、必死になって隠した……

次話更新は、10/5(火)の20時です。

よかったら見てやってください! やっぱり感想、お待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ