第22話「そして、事件は始まった」
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世界歴1955年。6月18日。
週明けの学園。
教科書や私物を置いているロッカーを前にして、私は腕を組んで仁王立ちしていた。
「うーん。そうきたか」
開かれたロッカーの扉には、壊された鍵がぶら下がっている。
その中に置いてあった教科書や運動服。あと、ちょっとばかりの私物とポーチが。
……真っ赤に染まっていた。
「せめて、トマトジュースならよかったのだけど」
もはや、ため息すら出ない。
ロッカーの中に吊るされた、鶏だったもの。
首がちょん切れているから、今では鶏肉といったほうが正しいかな。よし、今日の夕食はローストチキンにしてやろう。
「……あと片付けが大変ね。教員室に行って雑巾を借りてこないと」
とりあえず、血抜きされている鶏を外すと、制服が汚れないように袋にしまう。
これは一旦、寮に戻って、汚れてもいい服に着替えてこないと。幸い、午後からは授業ないし、のんびりと作業をするか。
「……ねぇ、見て。あの女、何をしているのかしら」
「……何か匂いません? 生臭いから、どこかに行ってほしいのですけど」
「……あー、やっぱりね。あの王子様の気を引こうなんてしたから」
「……自業自得よねー」
背後を通り過ぎる人間から、くすくすと笑う声が聞こえてくる。
恥ずかしさで頭に血が上りそうになるけど、そこはぐっと我慢だ。今後のことは後で考えるとして、今は目の前の作業に集中しよう。泣いていたって、誰も助けてくれないのだから。
それに、いつかこうなることはわかっていたはずだ。
あの学園の王子様こと、クリストファー・スミスと仲良くしていたら、この学園のお嬢様たちの逆鱗に触れるのは確実だろう。
そして、こうやって陰湿なやり方で、学園から追い出そうとする。
前回は、ロッカーに火をつけられただけで済んだのを考えると、今回のほうがタチの悪い女だろう。わざわざ、個人が使っているロッカーの鍵を壊して、首を切った鶏をぶら下げるのだから、控えめに言っても正気ではない。
……え? 学園側はどんな対応をしているかって?
この学園には潔癖で正直な生徒しかいないため、そのような事件は起こることはない、らしい。
些細ないざこざは事故として、警察に届けられることなく処理される。ちなみに、過去には警察に被害届を出そうとした親子がいたが、翌週には退学処分になっていた。
「やっぱり、週末のお茶会がトドメになったのかな」
私とクリスの間に、妙な噂が立っているのは気づいていた。
それでも同じ授業を受けていたり、一緒に朝食を食べていたり。他の女子たちとしても、面白くはないが、ギリギリ許容範囲だったのだろう。
だが、紅茶愛好会のお茶会は違う。
女子が男子を誘って出席する、というのが決まりだ。私が彼に色目を使った、と言われても仕方ない。
「はぁ。でも、へこむなぁ。ママに連絡をして、新しい教科書を買ってもらわないと」
私は、ママの笑顔のまま怒り狂っている姿を想像する。
前回のボヤ騒ぎだって、猟銃を持って学園に乗り込んでくる勢いだった。さすがに、ママが刑務所に入るのは避けたい。前はなんとか説得できたけど、……今回はヤバいかも。
「パパに連絡するのもなぁ。仕事中だし、迷惑だろうしなぁ」
「そうやって他人を気遣える余裕があることが、僕には驚きだよ」
背後から声がして、ゆっくりと振り向く。
綺麗なブロンドの髪に、黄金の瞳。まさに王子様といったようなクリスが、そこに立っていた。
怒りと悲しみに、満ちた表情で。
「やぁ、クリス。元気だった?」
「さっきまではね。君の姿を見たから声をかけるか迷っていたけど、……これはどういう状況だい?」
視線を険しくさせながら、真っ赤に染まったロッカーを見る。
あはは、と私は力なく笑った。
「見てのとおりよ。女の汚い嫉妬が爆発した結果ね。女は怖いわよ。精々、あんたも気をつけなさい」
「大丈夫だよ。僕が好きになった人は、こうやって感情まかせに他人を傷つけない」
「あ、そう」
クリスには好きな人がいるのか。
その告白に、私の脆くなった心をざわつかせる。あー、嫌だな。この落ち着かない感じ。
そんな私の心境に気づくはずもなく、クリスが私の肩に触れる。
「大丈夫かい?」
大丈夫に決まっているでしょ。あんたの協力もいらないし。これ以上、変な噂が流れたら困るから、さっさと消えてくれない。
そう言おうと思ったのに、言葉がうまく喉を通らない。
上手に、嘘をつくことができない。
「……最悪ね。血生臭いし、お気に入りのポーチを捨てないといけないし、ママに電話をしなくちゃいけないし。あーあ、どこかに手伝ってくれる素敵な王子様でもいればいいんだけどね」
「仰せのままに、お姫様」
即答。こっちがクリスの顔色を窺う前に、彼はさも当然というように答えた。
昼下がり。
授業が始まってるのか、他に人通りはなく。
爽やかな風が、彼の綺麗な髪を揺らす。
……あぁ、嫌だな。
……この落ち着かない感じ。
そわそわする。さり気ないことに一喜一憂してしまいそうな、浮ついた感覚。誰かさんが傍にいるだけで―
「じゃあ、雑巾とゴミ袋をもらってきて。私は、捨てるものを分別しておくから」
真っ赤になった顔を見られたくなくて。
涙が流れそうな瞳を、必死になって隠した……
次話更新は、10/5(火)の20時です。
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