第参話 始まりと終わりが過ぎていく
「荒川、憲法の草案ができたぞ」
亜歴がそう言ったのは丁度親父が死んでから一年が経った頃。草案を読み漁り気づいたのは、莽薙と亜歴の意見が丸々弾かれているという事だった。亜歴がこれで妥協したという事は、どこかの条項を亜歴の意見にしてもらったのかもしれない。
だが、荒川としてはそんなこと関係なく亜歴らの意見が好ましかった。以前だったら言えなかっただろうが、今なら言える。
「なんだこの憲法は、愚策案か?」
「は…?」
「議会を取り入れているのは良いが、制度はローシャング王国のように内閣制度じゃなければ意味がない。それに大統領は権限強すぎる。後は君主については莽薙様が言っていた選挙方式で行え。」
「……意外だったな、お前が急進的だったのは」
「俺は今の条件が吞めなかったら支持しない。どうなんだ?」
亜歴は座りながら冷や汗をかいている。参ったように視線を泳がせて頭を抑えている。堂々と居座る荒川は、益々亜歴の心情を焦らせに来る。見ればわかるように、もうすでに勝者は確定していた。亜歴はそれに気づいて微笑みながら荒川へと向き直る。
「……なんか、お前らしい。親父さんが居なくなってからおかしかったが、戻ってくれて何よりだ。分かった。多数決の原則でそうすることにしよう。もう少し時間をくれ」
「ああ、いいとも。感謝するよ」
その言葉の通り、帝国憲法が二月に公ないと考えた。その為に内閣制度導入を訴えた荒川に政権を引き渡し「第一次布され、それに伴う内閣制度への変更によって、山本吉郎は自身で対処でき荒川内閣」が成立した。
同時に皇帝選挙が建設途中の国会の左院部分で行われた。この選挙で莽薙が初代皇帝となり、元々「御伽家」と言う名が有名だった事と宮地治久が認めた事から帝国内で異論は見受けられなかった。
しかし、荒川の仕事はまだ終わることは無い。ここまで放置していた問題が、遂に火を噴き始めるのだった。事が始まってから気が付くのは人間の常である。
「内閣の業務内容についてだが……」
荒川が内閣総理大臣となった瞬間、政府内の参与は急進的な民権派思想を持っていた荒川を冷めた目で見ていた。亜歴は同世代、同じ民権派としての立場を支持してくれてはいるが、その他の全員は訝しげに荒川の出方を伺っている。莽薙も政府から離脱したためにこの中の雰囲気は最悪だった。そんな夏の暮れの時期の話だった。
「荒川!」
珍しく欠席していた亜歴が凄まじい見幕で会議にやってくる。一応彼は内務大臣と言う役職柄、遅刻はしてこなかったが、髭から滴る汗が全てを物語っている。
「長柄が……長柄が政府に宣戦布告した……!」
「どういう事だ……内戦か…?」
「『軍縮浪人』『全国平国党』が一斉に決起したんだ……!!」
全員が騒然とする。荒川は一時解散とすると、颯垣は早々と会議を離席した。その他の人物は亜歴の話を聞こうと視線を亜歴に向けていた。亜歴は息を整えながら柱に体を預けて一度冷静になる。
「……こうなると思ってたんだ、長柄が政府を出た時から。平国党の武装なんてまさにそれだった。確かに政治的な対立相手だったが、同じ政権に居た物同士、分かり合えると思っていた……、君たちもそうだろう……?」
全員その意見には同意したが、言葉を発そうとは思わなかった。この内戦についての話が根幹となったこの会議は、荒川の責任問題とこの内戦の対処へと変わっていく。
「とにかく、荒川内閣は総辞職せよ。長柄を失職させたのは貴殿の采配に問題がある」
「山本さん、貴方が実権を握っていた時も相当不安定ではなかったですか?」
「では、そんな内閣は、どういった姿勢を取るのですか?」
「……武力には、武力で…」
荒川がそう言葉を放った途端に亜歴が立ち上がる。両手を机に強く乗せている事から、東も立とうとしていたことが伺える。そんな亜歴は驚愕した様子で荒川を説得する。
「同志を傷つけるなど言語道断、私が直接説得に伺います!」
「ダメだ。見せしめに潰しておかなくてはならない。」
そう言って立ち上がったのは糀谷だった。亜歴の現在の宿敵とも言っても良い。糀谷は凛とした姿で亜歴に立ち向かう。
「今回、長柄を倒さなければ、この国家は『武力による訴え』を許可したことになる。前例は作らせてはならない。更には帝国軍の初の実戦としても良い戦闘経験となるでしょう」
「帝国軍の初戦が身内だなんて……馬鹿げてる!」
「では、亜歴さんは『国賊・長柄』の肩を持つのですね?」
「……っ!!」
亜歴は失意のまま椅子に腰を掛けた。結局山本吉郎が直々に軍隊を率いて武力で攻撃することになった。その間に荒川は来る国会開会に向けて準備を進めていた——。
戦況は当初或東有利に動き、決起が始まった或東から南下して小山田、小芸那を占領して或東国の旧領を奪取した。この戦況には政府も緊張状態が続き、軍縮浪人の平国党参入も加速して行った。
対して他の政党は熱狂的な雰囲気ではなかった。颯垣の居る地方振興会は平国党との同化を防ぐために政府を支持した。愛国党も「国会開設への動きが顕著に見られる」として政府側を支持した。軍内では軍縮浪人の思想を持つものは少なく、逆に愛国的な教育が功を奏して国賊への反感へと変わっている。
こうした事実上の内戦状態を「或東の役」と称し、新聞でも多くが報道された。この事実は社会の風潮として残る事は無かったが、今まで話してこなかった皇帝の耳には届くことになる。
「……どうしても、戦わなければならなかった?」
糀谷と荒川は莽薙に呼び出されてしまった。莽薙だと何かと慌てて、武力弾圧を反対すると考えていたからだ。実際、その通りだった。
「どんな理由があっても、これは人の命がかかっている案件だ。もっと審議して慎重に決めるべきだった。それに一番傷ついたのは、僕に相談しに来なかった事だ。」
「申し訳ありません……」
「今からでも遅くない。行こう糀谷」
二人は啞然とした様子で下げていた頭を上げた。莽薙はそれを無視して糀谷の腕を引っ張りながら席を立たせる。
「え、でっ、どこに!?」
「長柄を説得しに行く」
「いやいや、危険ですって。わざわざ敵の本陣に行くなんて……」
そんな言葉も無視して二人は或東に向かった。荒川は啞然としたまま何も出きず、やってきた花蓮の誘いでそのまま談笑することになった。息子の面倒はメイドの澄玲が見てくれているらしく、久々のゆったりした時間を堪能している様子だった。
「……莽薙様と行かなくて良かったのか?」
「まぁ、自分の子供を残して行けないでしょ」
「確かにな……」
「皇帝になってもあんまり変わらないし、逆にこの生活に違和感しかない。あなたは内閣総理大臣って奴になってみてどうなのよ?」
「……変わってたら良いな」
イーサンド産のハーブティーが二人の他愛もない会話を促進する。そのままお互いの傷を癒して帰路に就くことになった。荒川は予想外の癒し時間によってリフレッシュすることができた。土産にハーブティーを頂いて屋敷で議会開設に向けての整備を始めた——。
或東の役は徐々に優勢になっており、小山田奪還後に発生した「桑折原の戦い」の勝利によって長柄の敗北は決した。抵抗を続けた小芸那からも撤退し、桑折川で防衛線を引き、或東で最終決戦へと望む体制を築いた。
経済の面ではこの内戦によってインフレーションが発生。金融局はこれを期に不換紙幣を整理して通貨単位を変更。一気に金本位制に移行する事に成功した。又、軍需の拡大は黒鉄工業地帯の発展も後押しし、諸外国からの投資や企業進出にも注目された。
結局長柄に関しては莽薙と糀谷の説得によって投降することとなり、政府によって丁重に扱われて有罪判決が下された。反乱軍である平国党は最後まで徹底抗戦をすると宣言したが、幹部達の投降によって団結が難しくなり自然消滅。その受け皿に颯垣の地方振興会が役を買って出た。
これによって或東の役は建国以来の地方と本州における対立と諸問題を一気に解決するものとなった。この結果は帝国にとって良くも悪くも前進させる要因の一つとなった。後は「国会の開会」のみである。
「国会が開会されるにあたって、私が政権を担うにはふさわしくないと感じた」
荒川は年末にそのように言葉を放った。国会が開会されるのであれば、必ず選挙が行われる。その選挙を開かれたものにするには、愛国党と結んでいる自身の辞職が必要だと荒川は考えた。その考えには誰も反対しなかった。
「代わりに内閣総理大臣に山本吉郎を指名する。」
山本吉郎は「政権内で橋渡しだった事」、「政党の影響を大きく受けない」、「北東の役での多様な功績」によって推薦した。こちらも誰も批判することは無かった。こうして山本吉郎は「第一次山本内閣」を組閣した。初めての内閣制度に則った内閣で、閣僚級の内閣参与を廃止して各種大臣を整備した。
荒川は次に「国会開設及び総選挙の布告」を提出。莽薙はそれを認可し、広く勅令として帝国全土へ「国会の開会」と「総選挙の開始」が宣言された。国会には上院である「功臣院」、下院である「民衆院」が設置された。功臣院議員は皇帝が認めた国家に功績のある人物達、民衆院議員は総選挙によって当選した人物が就任した。
更に大嶺トンネルが北東の役の最中に完成した事で、千鶴から天野へのインフラを十分に整った状況。この万全な体制で「第一回帝国議会議員総選挙」が開始されることになる。
「それでは、第一回帝国議会を開会致します」
選挙の結果、颯垣の「地方振興会」は百三十二議席。荒川の「愛国国民党」は八十三議席。亜歴の支援する「同志会」は六十二議席。新興政党の「中立会」は十七議席。無所属は五議席の計三百議席の総選挙が終了した。
しかし、内閣総理大臣の山本吉郎は地方開発を是としない考えであり、地方振興会ではなく、愛国国民党と同志会の協力を仰いだ。それに対して議長は多数である地方振興会の伊藤定が任命され、議会運営は困難になるかと考えられた。
しかし、第一回議会を滞らせてしまえば、支援をしてくれた諸国。ひいては全世界に議会の機能不全を知らしめる結果となってしまう。その為第一回議会では殆どが満場一致で通され、第一次山本内閣は好調な滑り出しを始めた。
これが伝説的な帝国の初動における功績の数々と言えるだろう——。




