第肆話 迷える大臣、迷える女学生と出会う冬
「自由」と言う物を追い求めてきた事が遠く昔のように感じる。特に親友の荒川和義が急進的な自由論者だったのはとても驚いた。私にとってこれほどの好機はない。
とは言いつつ、山本内閣の法務大臣に任ぜられてしまい、荒川のような政治的活動ができなくなってしまった。この点に関しては、「政府側の人間は政党に属してはならないと言う風潮も荒川が作ってしまった」。結局、この時代の風神は荒川和義だろう。
ならば自分は何をすべきなのか。風神に対抗する雷神にでもなるか。もしくはその風を利用して順風満帆状態で船を進めるか。いや、どちらも自分のやりたい事からすれば真逆の展開だろう。とにかく、今は雷にも風にも打たれないように埋もれるのが良い。
「地方に占める裁判所の割合が、昨年度の目標から大きく下回っております」
「……金融局が緊縮財政を敷いている以上、地方裁判所の設置には時間がかかる。各地方に建設してもらう事しか我々にはできない。」
「しかし、先日の地方税導入可決によって、地方の収入が減るのは間違いありません。」
「金融局が言うのだから仕方あるまい。我々政府の方針は金融局には届かない」
法務大臣になって金融局に対する深い憎悪がつくとは思わなかった。政府は完全に金融局と切り離され、官僚の巣窟と化してしまった。資金と言う莫大な富を前に全ての権力を統べているとも見られる。
そう言われた五月。その夏を告げる閑古鳥の響きを前に、ある人物が亜歴の元を訪れた。普段あれば相手方の家に行くところだが、「もうそんな立場じゃない」と言って玄関を跨いできた。何かとお願いがあるらしく、伺ってきたみたいだった。
「それでどうしたんだ、荒川」
応接間に現れた彼の姿は一丁前に口髭を生やしている。手入れが面倒くさいと言う私と同じ理由だが、それほど政党の運営が難しいのだろう。それに比べて私は……。
「俺が神羅舞に創設した大学、「八百雉学院大学」にて特別講座をして頂きたい。」
「私が?」
「ああ、憲法制定に一役買った人物だ。その見識を大学に分けていただきたい」
「……まぁ、親友の頼みだ。職務の合間を縫って行く事にしようかな」
軽く承諾したこの出来事が亜歴の運命を大きく左右した。講演は年末の十二月。それまでに授業内容を纏め、何とか一時間半と言う短い時間で初心者の人間にも分かりやすく説明する。これがいかに難しいことかを実感した。
第一次山本内閣は国会の順調さから外交方針へ着手した。山本吉郎は北東の役で陸軍に感銘を受けており、そんな本人から飛び出す事と言えばそれは「イーサンド・ルイス」との軍事同盟の締結だった。外務大臣の東は山本の命令の元、イーサンド・ルイスとの同盟方針へと舵を切る。しかし、それはイーサンド・ルイスのライバル国、ローシャング王国からすれば許し難い状況だった。
ローシャング王国から翌年の投資額の減免が知らされた。理由は端的に言うと「不況の為」。しかし、ここ数十年は世界的に不況が続いており、そんな理由がこじつけなのは最近できた国でもわかる。そこから山本内閣は内政も外交も膠着し始める。そんな状況下での講演だった。
「………以上で帝国憲法についての講演を終わる。質問のある者は来るように。」
勿論ズラズラとやってくる。大学に居る者達なだけあり、新たな学問に面と向かって、気迫に満ち溢れている。その中でも目を引かれた人物が居た。
「議会は機能不全、政府も機能不全、これは憲法の失敗ではないでしょうか?」
憲法の製作者を前に堂々と憲法の批判を行う。しかし、その堂々たる態度とは別の観点で亜歴は度肝を抜かれた。その人物は女性だったのだ。
「良く、大学に入学できたな……」
「親の手伝いの合間をすべて勉学に当てました。純粋に勉学が好きな人物が大学に来るべきなのです。そこに性別は関係ありません」
「ああ、その点はそうだが、金銭的な面は……」
「この大学の入学試験で上位の人物は学費免除です。荒川さんは自由精神に則ってその方針にしたと聞きました。」
荒川は金儲けの事業じゃなく、このように純粋な勉学に励む人間に開いたのか。それも稼ぎが安定的で将来出世の可能性を秘めた男性ではなく、女性にも。時代を先取りしているような考え方に、しばらく黙り込んでしまった。
「で、さっきの質問だな。えっとー……」
「議会と政府が機能不全なのは憲法が悪いのではないかと」
「なるほど、鋭い着眼点だ。しかし、現在の状況はどの国家でも最初に遭遇する第一の壁と言っても良い。お互いがお互いの役割と特権を理解し、利用し合う事ができればこの国家は前に進む。憲法ができて間もないうちにそう判断するのは早計ではないかな?」
「いいえ、そんなことはありません。政党は『外地に金を動かす派閥』と、『内地に金を動かす派閥』に分かれた事が始まりです。なぜどこの政党もそれを主張しないのか。なぜ政府が大胆な政策が打ち出せないのか。これは間違いなく憲法が機能してないからです」
この答えを自分は知っている。金融局だ。あの時の霙露木の発言に気を取られて大きな権力を持つ金融局を作ってしまった。これが全ての始まりだった。幸いそれを察して憲法には存在を認める条文しか記載していない。だがここで政府側の人間として、金融局を公然と批判するわけにいかない。
「きみ、名前は?」
「星遥です」
「よし、星遥君。もし君に勉学に励みたいと言う意欲があるならば明日、ここに来なさい」
手渡したのは亜歴の住所だった。亜歴の家は大学のある神羅舞から島の真反対に位置する千鶴。ここまで来るとは思ってもいないが、彼女の目力に信じてみる事にした。
それ以降の質問が彼女を越える程の質問は現れなかった。だが、いい着眼点ではあった。そこでそれらの人物にも住所の書かれた紙を渡した——。
「亜歴先生、おりませんか……?」
亜歴は扉を叩く音で目を覚ました。慌てて声で応答して着替える。そして扉を開けてみるとそこには星しか居なかった。
「……まさか来るとはな」
「亜歴先生が呼んだのですよね、何故準備されてないのですか?」
「いや、何時とは書いてないし……」
「……確かにそうかもしれませんが」
亜歴はとにかく星をあげて応接間に通す。久々によく寝たのかとため息をついて時刻を見る。亜歴は思わず時計を二度見した。時刻はまだ八時過ぎ。神羅舞から来るのには半日は欲しいところだ。
「……君、何時に家を出た?」
「学校で勉学に勤しみ、家に帰り身支度を済ませたのは丁度半日前の六時。列車に乗って天野まで行きまして、そこで一泊。朝の五時の列車に乗って千鶴にやってきましてそこからの徒歩です。」
「他の子達は今頃起きただろうな……」
「先生も今起きましたもんね」
「やかましいわい」
そこから亜歴の憲法学と政治学の講義が行われた。結局誰一人来なかったが、その講義は連日行われる。星はその為だけに連日千鶴で宿を取っており、亜歴が出費をしていた。
だがそれも億劫になってしまい、星は亜歴の家で泊まり込みの講義を受けるようになった。そして星から驚異的な質問が飛んでくる。
「亜歴先生は政党を作らないのですね」
亜歴も政党を作るのは悲願だった。しかし、政党が荒れている様子を見て手を付けようとは思わなかった。熱が冷めるのを待っているうちに火中の栗を拾ったのは荒川と颯垣だった。今となっては政府側の人間となってしまった。
「作ってほしいのか?」
「いや、亜歴先生の講義の節々にその思いが滲み出てるような気がして」
星は勘が鋭いのか、自分の思っている事をスラスラと言い当てる。それにしても泊まり込みで学んでいるが、その点大学は大丈夫なのだろうか。その疑問を提言してみると、荒川の用意周到さが伺えた。
「学長が承認すればどんな経験でも単位認定されるのです。その間の授業も欠席扱いではなくなります。それを証明する物が必要ですが、亜歴先生なら荒川学長にも直接言えるでしょうし。」
「……凄い大学だな」
「経験も一つの勉学です。その勉学を学長は自由の名のもとに大きくしただけなのでしょう。勿論、大きな功績や経験でなければ単位認定はされませんし、全く同じことや同じ系統だと判断されれば直ぐに却下されます」




