第弐話 外地組との決闘
事態が次に大きく動いたのは、莽薙の結婚。今まで財政関係に関しては軍政を通じて経理を担当して経験のある花蓮に頼って来た。
だが花蓮の妊娠も相まって、いよいよ政府としての金融関係の中枢機関の必要が高まって来た。そこで荒川は糀谷と亜歴を呼び、その方針について語る事となった。
「……で、金融機関の話だっけか?」
「ああ、奴ら外地組にこの話を持ち出せばどうなるか分からない。今のうちに大枠を決めてしまおうと言うのが話の本筋だ。」
この話をする上で一番重要なのは、金融に精通する人物を確保すること。そしてその人物が彼らの容認できるような人物でなければならない。その人物を糀谷が連れてきたという。
「霙露木英吉です。分け合って昔、現在のパラコ共和国で私の上司をしておりました」
「霙露木です、経済、金融についてはお任せください」
「パラコ共和国と言えば金の産地、世界経済の根幹じゃないか。」
「訳あってパラコ共和国におりまして、出身は大石領の宇津召ですから悪しからず」
荒川はそのプロフィールを聞いて喜んで席に座らせた。この国の金融、経済を担うのは彼にしかできないのは必至だったからだ。
最早救国の英雄の登場に湧き立つ民衆のような感情を抑えながら要件を話すと、霙露木は神妙な面持ちでこの国の金融、経済における問題点を淡々と説明する。
「まずは経済。この国は他国の発展圏、先進国に大きく後れを取っている。経済を大きな物へ昇華させなければ、領土だけ無駄に大きい国家になる。幸い、この国には発展材料を多くある。先進的な国に投資を受けているのは上出来だ。」
霙露木はそう述べたうえでカバンから資料を取り出す。そしてその資料を全員に配り、そのまま金融についての話を続ける。
「続いて金融。これは最早インフレ目前の大問題だ。財政出動が多く、見返りが入って来ていない。しかも経済成長をしている訳ではない。支出の為に通貨を発行しているのもダメだ。私が見た感じでは家計簿的な経済視野しか入っていない。これからの時代は外を見なければ破綻するぞ。」
荒川達が見たグラフには大きく上振れる予想がされている。ただのグラフにここまで恐怖したのは荒川のみならず、糀谷も亜歴も同じだった。焦った様子で亜歴は起立して霙露木に対して興奮気味に質問する。
「で、ではどうすればよいのだ!?」
「通貨を変え、金本位制に移行。世界経済がパラコ共和国の管理された金本位制にありますし、金本位制ならばインフレーションの危機はまず起きないでしょう。その為に現在は緊縮財政と局地的な投資を。後は余力があればですが、外資の購入も進めましょう。」
「万が一に金本位制、通貨交換が起きる前にインフレが起きた場合の為の外資ですか」
「ええ、ですが金融政策の大規模な転換ですから、多少のデフレはご容赦ください」
「まぁ、国が救えるならばそれでよい。」
その冷静な解説によって亜歴は元の席に座り込んだ。しかし今度は政治の問題。憲法制定も間に合ってない中で、どのように、どこの立場から金融、経済を積極的に変革するのか。一歩間違えれば地方組に取って代わられる。つまり一つの油断も見逃せないのだ。
「憲法制定の前だが、金融機関は何処にする?」
「無難に内閣制度の傘下にしよう」
「内閣制度を認めた覚えはありません。憲法制定までは政権が管理すればいいのです。憲法制定後は力の付いた民間が国と共にやればよいではないでしょうか」
三人の意見は揃わない。糀谷は大統領制度を支持し、民衆の力に若干怯えている。しかし、亜歴は内閣制度を推進し、民衆の力を信じ切っている。双方に長所と短所が互いに存在する。
それを取りまとめるのが荒川の仕事だ。荒川は見かねた討論をため息交じりに制止する。二人が落ち着いた所で、荒川の意見を言う。
「制作中の憲法では、裁判所は政府所管なのか?」
「いいや、三権分立の原則に則っている。」
「今とにかく必要なのは『政府の干渉を受けない金融機関』だ。干渉を受けるものを作れば絶対に地方組が手玉に取ろうとする。そして民衆の手に落ちればどのように扱われるか知った事ではない。その三権分立に一線を画すように組み込む事を想定して、独立した組織を現段階で作っておくべきだと考える。」
結果的に亜歴の好むような結論にたどり着いてしまった。この結果には糀谷も啞然とした様子を見せている。少し申し訳ないが、それが今のうちは最適であると考えた。
「民衆の力を過度に信じないのは僕も同感です。私はその案で申し分ありません」
「……そう言うならば、それでよい」
そのままこの四人の中で合意が結ばれた。「金融局」の開局は即座に実行され、千鶴に金融局本部を建てる事になった。本部の創設までは本部を荒川屋敷の一区画とした。
この金融局について憲法では「通貨発行権」「金融政策決定権」それに加えて「政府共同予算決定権」「政府金調査権」を有し、政府とは独立した権力を有する特殊な組織ができる事になる。勿論初代金融局長は霙露木英吉となった。
金融局は最初に緊縮財政を展開し、「宮地・洗波干渉」の問題解決の兆しによって、政府と金融局は軍備拡張方針を大幅に修正して軍備縮小に舵を切る。
これによって「金融局デフレ」が発生し、軍学校に通っていた者や、軍隊に加入していた者が職を追われた。これによって軍学校によって「自由を教化」された多くの軍縮浪人が出現した。これが問題を起こし始めるのも時間の問題だった。しかし、それに気がつかないのが政府であった。
「いや、これどうするよ」
「私は金融しかしないので、内政については……」
「これは参りましたね」
亜歴を除いた糀谷、霙露木、荒川でこの日は会合をした。金融局開局から三ヶ月、今の所成果を上げていない。
軍縮浪人は各地で暴動を起こして国会開設、金融局解体を求める。地方組もその勢いに乗り始め、荒川の批判をやめる気配は全くなかった。将来に向けた大きな投資だとしてやったものの、その初動の衝撃を緩和できなかった。
「ああ、最近頭が痛いよ、長柄君も政府やめちゃったし」
「パフォーマンスだと思いますが、これは痛手ですよね」
「新聞の映りも悪い。各地で政党(反政府組織)が跳梁跋扈。芳しくないね」
「一応『集会条例』でそのような集会は禁止にしているのですが、「自由『葬儀』」とか「自由『運動会』」とかで掻い潜っているらしいのですよ」
「は!?名前からしてどう考えても違反だろ!!」
「政党の一つである『愛国党』が出した『国会早期開会請願書』を政府の支持者『安室忠司』が『衆愚(民衆に正しい知識は無い)』と非難しまして、それに対して違う政党『平国社』が批判して暗殺すると言う事件も起きています」
「……ああ、これは終わったかもしれない」
それに追い打ちをかけるように、三人のいる荒川屋敷にある男がやってくる。その男は気さくに三人に挨拶をする。荒川はその人物の顔を見ただけで何をしに来たのかを察した。
「やあ少年たち、突然だけど僕は長柄君みたいに政権を引退するよ」
「颯垣……さん?」
そう言って辞職願を丁寧に荒川に渡す。長柄と同じ光景を見たデジャヴのせいか、何故かすんなりと受け取れた。しかし、荒川の回答は全く違かった。
「大丈夫、颯垣国も或東国と同じように建国議定書から抜けないからさ」
「いや、荒川さん、なにして……」
ビリビリ……
荒川は平然な顔をして颯垣の辞職願を破り始める。その様子を見てそこにいる全員が啞然とする。やっている時代が違かったらパワハラになりかねない状態だ。荒川は破り捨てるとそのまま颯垣を睨みつける。
「……今の政府からはもう誰一人も辞めさせない。辞めるならこの国家の危機を乗り越えてから辞めろ。俺よりも年上ならその覚悟ぐらい持ったらどうだ!」
「言わせるだけ言わせたら、こっちが悪いだと、ふざけるな……!?」
颯垣は普段の優しいイメージとは裏腹に、農作業で鍛えた自慢の筋力で机をひっくり返し、荒川に当てる。荒川は動揺しながらも颯垣を睨みつける。颯垣は気に食わずにそのまま荒川の胸ぐらを掴む。
「政府の実権を握って、こっちの意見を取り入れずに、俺らが悪いだと!?」
「まぁ、まぁ、落ち着いてください」
「宮地家も参入して、少し変わると信じた俺がバカだった。奴らはただ背中を守ってほしかっただけで発展は望んでなかった。颯垣と或東はお前らの身内ノリでやっていける程悠長なこと言ってられないんだよクソガキが!」
「お前が言っている事はこの政府の責任を置いて逃げるような事だ。長柄は見逃してしまったが、お前は責任位取ってから辞めろや!」
颯垣はそのまま荒川を殴り飛ばしてそのまま帰って行ってしまった。糀谷はどちらを止めればいいか分からず、霙露木に荒川を任せて颯垣を追って行った。
「……大丈夫か?」
「大丈夫ではない。だが、自分も少し我慢していたかもしれない。今ので目覚めた」
そう、荒川は本来「自由」を重んじるような人間であったはずだ。それが今では二勢力の橋渡しを任されて、自分の本来したい事を全くできていなかった。颯垣に殴られたのは痛かったが、それに気付けただけ及第点だろう——。
翌日、荒川は「金融局デフレ」の責任を取り政府運営担当を辞職。勿論政府参与には居続ける事となった。代わりに就任したのは山本吉郎だった。彼もまた双方の勢力を橋渡しできるような人物で、満堂一致で就任した。その席には颯垣も座っていた。
政府に内緒で荒川は自分の目指す「自由」を求めて政党の一つである「愛国党」との接触を開始し、彼らとの幾度の会談で親交を深めて政党との強力な関係を築いた。
対して颯垣も政府に居ながら「地方振興会」と言う政党を立ち上げ、辞職後の長柄も「平国党」と合流して「全国平国党」を創設した。この「全国平国党」は政権からの抑圧に対抗するために或東で限定的に兵力を持った。殆どが「軍縮浪人」だったのは言うまでもない。




