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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
2. あるホテルの一室
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2-4. 飴と鞭

 ともかく、その重みの不思議な感覚を確かめるように、自分の手でぐねぐねこね回される封筒を見ながら、私は言った。


 ――今日は前払いですか? あと、なんか、多くないですか? すごく。

 ――ああ、今日の分だけじゃなくて、これまでのお礼をしたいと思ったんだ。そういう気持ちが入ってるからね。

 ――へえ、そんな気持ちが……ありがとうございます。


 言葉で示された「気持ち」とかいうものは、手の中の重量感で表されているようにも思えたし、逆に、手の中の存在感に比べてあまりにも空虚な言葉にも思えた。しかしこういう形で「気持ち」を表すなら、お年玉くらいの方が適している気がする。過ぎたるは及ばざるが如しってところか、などと考えているうちに、自分がこの利益に全く喜びすらもしていないことに改めて気づき、そんなふうに余裕のある気持ちでいると、さっきまで深刻に考えていた不安は何だったのかと、思い始めてしまう。


 ――それに……今回だけじゃなくて、これからも続けてくれれば、このくらいの気持ちは、いつでも見せてあげられるんだけどなぁ。


 私は顔を上げた。ぶら下げられた餌に釣られた、というわけではなく。たぶん、その言葉が、自分にとってあまりにもどうでもいい、いわば響かないものでしかなかったことに、驚いてしまったからだと思う。餌ということで言えば、餌がついた釣り針を眺めている魚のような状態ってわけ。やり取りを予想して、こんなことを言われても乗せられないようにしよう、と想定していたような言葉だったのだけど、そんな準備すら、全く無意味になってしまっていた。

 具体的な理由をもう一つ挙げてみれば、これまでにもらってきたお金がもう十分貯まっていると分かっていたから、今更いくらか増えたところで、印象は大して変わらないということだろう。もらうたびにすっからかんにしていたら、確かにもっと興奮したかもしれない。貧乏性の私には、とてもそんなふうにはできなかった。目の前のこの人がどうやら想像していたらしい、金遣いの荒い遊び好きの女子高生とは違って。その子はどこにいるんだろう? 私と同じ顔と体をしているみたいだけど。

 そういうわけで、私は退屈しつつあった。この場をうまくやり過ごそう、そのためにこうしようといった用意や、そこで立ち向かわなければならないと考えていた不安は、直面したのがあまりにも安易で予想通りのものだったために、用無しになってしまった。テストのために入念に準備をして、不十分かもしれないと不安な気持ちでいたのに、いざ始まってみると簡単に解ける問題ばかりで、時間を余らせてしまったような状態ってところか。こうなるとあとは、早く終わらせたい、さっさと時間が終わってくれないかな、という、ダルい倦怠しか残っていないのだった。

 どんな言葉を使えばこの場を終わらせられるのかと考えているうちに、相手の表情が曇ってきた。たぶん、私が向こうの思っていた通りになっていないからだろう。こういうことを意識してしまうと、どんな手が来るんだろうという考えも、不安どころか、退屈を紛らしてくれる新たな展開を期待するようなものになってしまう。

 で、実際に何が次に来たかと言えば、携帯電話が差し出された。お年寄り特有のちんたらした感じで操作した末に。そういう遅さや手際の悪さには、いつもイライラさせられて、愛想良く付き合うのにもうんざりしている。


 ――でも、こういうものもあるんだし、もう少しこうして会うようにした方が、君のためだと思うんだけどなあ。


 変な言い方だった。優しげにしたいのか悪そうにしたいのかよく分からず、両方だったのかもしれないけど、何にしても、私にはスベっているだけに思えた。

 さて、その人は携帯電話を使って何を私に見せつけたのか? 機種が古すぎる(画面の上下の縁がぶっといし、そもそも画面側のカメラがノッチでもピンホールでもないし、丸い物理的なボタンがある)ことに気をとられながらというか唖然としながら見てみると、さすがに面食らった。もっとも、その驚きも大して持続はしなかったけど。実のところ、あまり意外でもなかったし。

 それは私の写真だった。手に持った学生証を、顔の横に掲げて見せるポーズをしながら、素っ裸で自撮りしたもの。背景は私の部屋のはずだけど、壁とベッドしか写っていない。

 はっきりと覚えている。私がこの人に送ったものだ。付き合いを始める時に、担保のような形で。私の方ではそういうもの(そういう写真という意味ではない)をあえて求めなかったのに。まあそれも、お金を受け取る側ともらう側、という立場の違いからして、仕方がないと思って送ったもの。写っている学生証の写真は確かに私のもので、そこに書いてある名前とか、学校名は十分読める。従って、そこに私の顔と名前と学校の名前が示されていることになる。

 携帯電話が、一度引っ込められた。そして画面をよくよく確かめてから、また差し出される。こんなことをされて、よく吹き出さなかったなと我ながら思う。確かに私は、この人のダサい振る舞いを見慣れてはいた。ここまで露骨で、本人も自覚していそうなのは、さすがに珍しかったけど。例えば、今もやったのだけど、画面にやたらと顔を近づけて、上目遣いでそれを見るとかは、どう思われてるかなんて自覚は無いし、そもそも行動として意識もしてないんだろう。ダサいというか、非常にキショい代物だったとしても。

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