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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
2. あるホテルの一室
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2-2. 社交辞令

 もったいつけられるように反応が遅かったので、気分が緊張からイライラに変化していくのを感じながら、周囲を伺って待った。やっとドアが開くと、スーツ姿できちんとして見えるけど、ネクタイのオレンジ色が目立ちすぎて全体の印象としてはかなりダサく見える格好のあの人が現れて、私を招き入れた。そして、私よりも先に部屋の中に進んでいった。

 その人の鞄、いかにもお役所風な黒くて薄くて角ばった鞄が、二つ並んだベッドのうちの奥の方に置かれていたから、そこに陣取りたかったのだろう。ホテルの部屋らしい無機質な空気の匂いというか、匂いのしない無機質な空気の中に、私の余計な敏感さが、不快なものを嗅ぎつけていた。慣れていたというか、嗅がされる機会が(時にはもっと間近で。時にはというか、頻繁だった)どれだけあったとしても、慣れることはなく、吐き気がしてきそうなくらい嫌なのはずっと変わらない。

 私は手前のベッドの、さらに手前にあるデスクの椅子に腰掛けながら、普通は位置関係を逆にするものなんじゃないのかと思った。これでは、私の方がずっとドアに近いし障害物もなくて、簡単に逃げられるように思えたからだ。ドアのチェーンもかかっていない。まあ、その人のこういう間抜けさを、見慣れてはいた。ついでに、それが決して気遣いとか遠慮ではなく、何かの策略でもなく、あくまで間抜けさ、よく言っても油断でしかないというのもよく知っていた。

 傍らの、低くて四角い椅子みたいなもの(名前を知ってたはずだけど、忘れた。オなんとか。オーナメント、オーメン……)にバッグを置き、奥のベッドに腰かけているその人と、もう一つのベッドを隔てて向き合う(オットー大帝、オスマントルコ、オートマトン……思い出せない。あと少しな気がする。このおっさんの相手をするのよりよっぽど重要なんだけど)。その間に、うっとうしいほど視線を感じた。頭から足の先まで――つまり髪の毛(お好みにお応えし、まっすぐな黒髪ロングに見えるようにしてある)とか顔(ナチュラルメイクとすっぴんの区別もつかないくせに。アイラインだとかチークだとか、いくらでも違いはある)とか胸(一番コスパよくお金を渡す気にさせられるところ。あまりにも頻繁すぎて、ブレザー越しの視線にも慣れてしまった)とか首元(わざとボタンを開けているけど、そこから何か見えるとでも思ってるんだろうか)とか太腿(他は清楚系を求めるくせに、スカートは短い方がいいというのは完全に矛盾している)とかに、何かが本当に這っているかのように、ぞわぞわと。もちろんこれは、見られていると私が意識しているせいなんだけど、その目つきが実際に非常に気色悪いのだから、仕方ないと思う。

 そんなしつこい観察にようやく満足したのか、その人が言った。柔和な調子だった。でもこの状況では、そしていつもの通り、嫌らしくしか聞こえない。


 ――今日は制服なんだね

 ――友達と遊んでたんで。

 ――卒業式は終わってるでしょ?

 ――楽ですから。遊んでた娘も、だいたいそうでしたよ。


 答えながら、私は部屋の中のものを順番に観察していった。別に、後に備えて状況を把握しておこうとしたとかいうわけではなく、ただ落ち着かなかったからだ。こめかみの毛に手が行ってしまうのも同じ理由だったし、時々は目を合わせるようにするというのも、あえて意識しなければできなかった。


 ――そういう娘は多いみたいだけど、感覚がよく分からないな、男の子はそんなふうにはしないんじゃない?

 ――みたいですね。まあ、男子とは気の遣い方が違いますから。きちんとしてて、ちゃんとしたデザインの服がいつでも手近なところにあるのって、便利だと思いますよ。


 話すうちに、心臓はともかく、意識だけはやっと落ち着いてきた。その余裕のせいか、言い終えると、私は自然と笑ってしまっていた。それがどんな印象とか効果を与えたのかは分からないけど、似たような状況で悪いことが起きた試しはない。だから私は、この人の前で、たいして表情とか動作に気を遣う必要がないということを知っていた。なんでもかんでも、都合よく解釈してくれたらしい。


 ――でも、大学ではそうもいかないんじゃないの?

 ――そりゃそうでしょうね。でも楽しみですよ。おしゃれな店が身近にたくさんありますし。ま、制服は今日が最後ですね。

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