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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
2. あるホテルの一室
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2-1. 遊びの帰り道

 ――じゃーねー、おつかれー。


 二人の友人。一人は短めの茶髪で、もう一人はかなり長い黒髪をクリップでまとめていて、しかし格好はどちらも私と同じ高校の制服姿。そんな二人と、古くさいカラオケ屋の前で別れて、私は、一人だけ逆方向に歩き出した。二人には、家に帰ると言ってある。引っ越しの準備があるから早く帰るように言われている、と告げてしまったために、またしても、私の行く大学や都会についての嫌味を聞くハメになった。それは何の悪気もない、単なる冗談なのだろうけど、私にとってはそろそろ、本気の苛立ちの種になってきていた。まあ、同じような感覚のすれ違いは、この二人、一番親しい、つまり付き合いのしんどさが薄い方の二人に限らなくても珍しくなかったから、仕方がない。

 もっとも、これから私は、一番付き合いのしんどい相手と会うことになっているのだけど。三十歳だったか、もっと年上のおっさん。数字を使って考えてみると、改めてドン引きするしかない。さっきの二人は付き合いそのものが目的だから、居心地の悪さがあっても仕方がないし我慢するしかないけど、そのおっさんの場合は、当然、他に理由がなければ付き合えるはずがない。そこで不可欠なのが、まあつまり、こういう場合にお決まりの、お金ってわけ。

 カラオケにいたときに送られてきたメッセージには、会う場所、つまりホテルの名前と部屋番号が書かれていた。普通のホテルで(むしろ普通じゃないホテルを使う方がよっぽど珍しかったけど)、何度か、こうやって会うために使ったことがある。頻繁にならないように間隔を開けて。制服姿で入るというのも、今まではできるだけ避けていたけど、今回は、まあ仕方ないというか、どうでも良かった。最後だし。いや本当は、最後だから気をつけないといけないのか。

 返信はしないままとりあえず放置して、コンビニに寄ってトイレに入り、制服のリボンを借り物のネクタイに着け替え、髪の見え方をチェックしておいた。お客様のお好みや、ご事情にお合わせするのが当店のサービスです。ブレザーよりセーラーの方がウケる気はするけど、そこまでは無理。そういうのをお求めの場合は、イメクラかコンカフェにどうぞ。なお、当店では紹介は行っておりません。どういうところなのか、そもそも知らんし。

 誰かに見られていないかを念入りに確認してからコンビニを出て、街灯があるはずなのにその冷たい光のせいで全然明るく感じない道を歩いて、指定の場所に向かった。入る前にそのあたりをうろつき、誰かの、主に知り合いの視線が無いかを、改めて徹底的に確認してから。やっぱり、最後の最後にケチがつくようなことにはなりたくなかった。単に最後という順番の問題だけではなく、他にもきっと、特殊な事情が生じるだろうとも予想していた。

 いくつもの経験で分かってはいても、ロビーで呼び止められはしないかと、内心でビビッてしまう。フロントのカウンターの人の視線は私に向いてはいたけど、幸い、今日もそういうことにはならなかった。そうなったときの言い訳は、前からいくらでも用意してあった(使ったことはない)。つまり、部屋で待っている人との関係とか、それを言い張るために用意した偽名とか。今日のメッセージにも、どういう名前で部屋を取っているのかが書かれていた。それが偽名だというのは互いに知っている。私たちはお互いに、そういう偽物の名前か、代名詞だけでやり取りしていた。最初は携帯電話の中だけで通じるあり得ない名前。その後、親しいお付き合いになってからは普通に口にしてもおかしくないような体裁を持った名前。本当の名前を呼ぶときは、まあ来ないまま済んだ方が良かったけど、それに備えてはいた。

 エレベーターが目標の階に近づくにつれて、心臓の鼓動が早まっていった。会うたびにそうなってはいたけど、今日は今までよりもさらに早く、強い。これから向かうのが、いつも、あるいはこれまでとは違っているからだろう。最初から分かっていたし、そのために準備はしていた。鞄の中に。それでも結局、こうして怯えるハメになっている。

 エレベーターを降りたところで、メッセージの通知があった。今から会う相手からではない。


「がんばって」


 私がこれからどこに行くかを伝えたことに対する返事だった。これほど勇気づけられる言葉は他にない。それは、ある時間まで連絡がなかったら行動してもらうという、再放送のサスペンスドラマか古い映画にあるようなベタな作戦(自分でやってみると意外と楽しい。次はタクシーで前の車を追いかけてもらおうかな)をその人と約束しているおかげではなく、それはそれで重要だったけど、それ以上に、その人の存在を感じ取れるからだった。

 気持ちに任せて猫が感激して号泣しているスタンプで返信し、指定された部屋番号のドアの前で、時間をかけて気持ちと心臓を落ち着かせてから、呼び鈴を鳴らした。

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