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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
1. 信用組合駅前支店
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1-4. 虎視眈々

 椅子に体を落とすように座り、しばらくの間、呆然と、ひどく殺風景で、何の音もしない光景の前に身を置いた。ふと思わず、机に乗せていた手が持ち上がった。湧き上がった感情、我ながら意外な、苛立ちか怒りのようなものを、解放するためだった。しかしその感情はそこまで体を動かしたところで曖昧になり、押さえつけられ、結局、上げた手はゆっくりと下ろされ、ほとんど音を立てずに机に触れるだけに終わった。

 長々とため息をついてから、ジャケットの内ポケットから鍵を取り出す。いつまでも感傷に浸っているわけにもいかなかった。次の予定があり、そこでの交渉には、もっと実現性があるはずだったのだから、それに備えなければならない。

 誰もいないと分かっていたが、もう一度、しかし全く違う感情を抱きながら周囲を見回してから、デスクの引き出しの一つを開けた。私の職掌に関わる書類が重なる中、その奥から、いくつかの預金通帳とキャッシュカードを掴み出す。どれも違う名義だ。それぞれの記帳内容を確認してから、一つだけを手元に残し、他を全て戻して、引き出しに鍵をかけた。その通帳を選んだ理由は明確ではない。あまり取引が続きすぎないもの、預金を下ろす頻度などからしておかしく見えないもの、というような条件を考えてはいたが、かといってあまりに選び方を固定して周期的になりすぎても、かえって不自然に見えるかもしれないと思い、ずいぶん以前から、ほとんどランダムに選ぶようにしている。もっとも、そんな履歴の内容に異常さがあったところで、気づく者などいるはずもなかったが。その口座を作るところから、融資の手続きや入金まで、全て私の手になるのだから。それは時には上役からの指示によって実行部隊として行い、地域の実情に無理解で無慈悲な中央の法律をかいくぐって、地元の会社を救済するためでもあったし、この口座のように、義理としては正しくても悪事と見なされうることを行わされている私の立場にとっての、当然の報酬を得るためのものでもあった。いずれにしても、そうやって誰にも知られないまま、紙の上の数字を本物の金として生み出すというのは、私の行為としてあったのだ。それが私の技術であり、職能であり、力だった。その力の恩恵を与えていた彼女が去ってしまったのは残念至極だが、仕方がない。だからこそ、もう一つの方は、決して逃さないようにしなければならない。

 帰り支度を済ませ、明かりを消し、警報装置の設定や通用口の施錠を終わらせて外に出る。すでに真っ暗だ。春先の空気は生ぬるい。あたりの様子を一応うかがっても、そこには当然、誰もいなかった。車の通りもほとんどなく、無機質な街灯が並ぶだけだった。

 下からライトで照らされた「伊手須いてす信用組合 駅前支店」の看板の足下を通り、ATMコーナーに入った。出入り口の、わざとらしい和装の女性が定期預金をアピールするのんきなポスターに見送られながら。先ほど取り出した通帳の口座から、現金を下ろす。監視カメラの視線は気になるが、私の立場からすれば、いくらでもごまかしは利いた。まだ実際の経験はなかったが。

 いくらの現金を用意しておくべきか思案した末に、交渉のための力にしようと、ゼロを五個置いた。もし過剰だと思えば渡すときに調整すればいいだけのことなのだと考えながら、引き出した紙幣の束を、脇に用意されていた封筒に移し、鞄の中に押し込んだ。

 外に出て、改めて周囲を見た。何も変わらず、誰にも見られている様子もなかった。しかし警戒は忘れずに、すでに見えていた目的地にはまっすぐ向かわず、あえて駅から遠ざかる方の道を選んで、私は歩き始めた。

 途中、川にさしかかると、堤防沿いに歩くことになる。こちら側の岸には桜の並木が続き、間近に迫った祭りの準備が始まっていた。と言っても、まだライトアップのための照明器具らしいものがいくつか置かれていたりするだけで、そもそも花自体がまだほとんど咲いていない。しかしあと二週間もすれば祭りが始まり、きっとこの時間にも、ライトアップのおかげで、人通りで賑わうことになるだろう。緩やかにカーブする川の流れに沿って、遙か遠くの鉄道橋に区切られるあたりまで延々と伸びる満開の桜並木が、昼には喧噪と、夜には川の流れの音とともにこの河原を華やかに飾り、時には花びらを舞い散らせる。

 私の職場でも、私自身の立場ではほとんど何もしないが、ブースの出店が行われる予定になっていた。そこでは彼女も、仕事ではありながら、普段の制服姿ではなく、祭りのための法被姿で、実に朗らかに立ち働いていたものだった。その光景も、去年で見納めとなっていたとは!

 川を渡る橋に行き当たったが、逆方向に曲がった。橋の向こう側、向こう岸は、ひたすら暗く、こちら側とは別の世界が広がっているように思えた。駅があり、信用組合があり、昔ながらの居酒屋があり、ハローワークがあるこちら側とは違い、そこにあるのは、だだっ広い田畑と、そこを貫く幹線道路と、その道沿いの、けばけばしくも味気ない店なのだった。そういうことを改めて認識すると、あの華麗な桜の花の彩る祭りは、我々の、こちら側のものなのだと、よりはっきりと感じる。そして実際に、私はそれを金の流れという現実的な次元で、支えていると確信できる。

 無機質な四角い建物の上に、名前を横長の形に掲げた目的地のビジネスホテルが、間近に迫っていた。自分の立場、鞄の中に実際にある自分の力、一つの対象を逃したという苦み、そんなものを頭の中で整理しながら、私はフロントに向かうために、建物に入った。

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