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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
3. あるカラオケボックスの一室
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3-8. 縁の切れ目

 その後しばらく時間を過ごす間、今まで話してこなかったようなことばかりが話題になった。くだらないことばかりを。つまり、化粧品や服の選び方とか、どこでそういうものを買うとか、コンビニとドラッグストアの飲み物やお菓子の値段の差とか。彼女の金銭感覚は私よりもずっとシビアで論理的で、そして記憶力がすさまじかった。お金のことばかりを話してきたはずなのに今更そんなふうに驚くというのはおかしい気もするけれど、そういう、日常のお金の使い方については触れてこなかったのだから、むしろ自然だった。もちろん、お互いに意識してそうしてきていたのだろう。私たちの関係はそういうものだった。そういうものにしようとしていた、と言うべきか。しかし、そうしないこともできたはずだ。今日、こうやって話したように。

 彼女が何曲かまた歌った後、予約していた時間が終わり、私たちは部屋を出た。伝票を手にして「払っとくね」と告げる私に、彼女はかすかに頷くくらいで、ほとんど何も反応しない。付き合い始めた頃に何度かあったレジ前での押し問答は、もう懐かしくすら思える。これが私の、自然に「大人らしく」振る舞うことのできる、数少ないチャンスだったわけだ。

 先に店を出ていた彼女に追いつくと、彼女は目の前の幹線道路の方を見つめていた。街灯や店の明かりに照らされるその道路を、絶え間なく車が過ぎていく。たくさんの車が、この町を素通りしていく。無機質ではあっても活発な世界。宇宙は、最も冷えた時が最も活動的な状態なのだというような話を、何かで見た気がする。確かにここには、激しく活動する、それでいて冷たく安定した、効率と経済の世界の一端があった。


 ――気をつけてね、もう遅いから。途中まででも、一緒に行こうか?


 彼女に声をかけると、笑みの無い顔がこちらを向いた。少しためらうように息をついてから、彼女が答える。


 ――大丈夫です。この組み合わせを見られたら、まずい人もいますし。最後まで気を抜けないですから。

 ――まあ、燕ちゃんの言う通りだね。でも、本当に気をつけてよ。もうすぐ、素敵な新生活が始まるんだから。

 ――小夜さんも、私と同じじゃないですか? 一人だと危ないのも、新生活が待ってるのも。

 ――まあね……でもやっぱり、心配しちゃうなあ。今日じゃなくても、何かあったりしたら、いつでも知らせてね。まだ、助けてあげられるかもしれないから。

 ――ありがとうございます。でも、もう連絡しないって約束だったじゃないですか。だから、これで最後にできるようにします……なるべく。


 付け加えられた最後の言葉を発した後も、彼女は、笑ったりはしなかった。真剣さを増した表情を見せながら、続ける。


 ――今日で、きっぱりお別れしましょう。私たちの関係って、そういうものですよね。


 素直で切実な感情が、その顔に浮かんでいた。それを前にして、私は自然と答えていた。他に言いたかった言葉があったとしても、そこで言わなければならなかった言葉だけを。


 ――そうだね。今まで、ありがとう。お世話になりました。


 少しだけ頭を下げてそう言うと、彼女は笑った。そして、私よりもずっと深く、大げさにお辞儀をして、答える。


 ――私の方こそ……っていうか、私の方が、よっぽどです。ありがとうございました。

 ――うん……それじゃあ、ね。お金、大切に使わないとダメだよ。

 ――分かってます。あぶく銭にならないように、堅実にやっていきますから。


 それが最後の言葉だった。言葉を探すように、あるいはためらうように逡巡する様子を見せていた彼女は、振り切るように、もう一度頭を素早く下げると、きびすを返し、歩き去っていった――私が言葉を見つけるより前に。そして道路とは反対の、田んぼとか川とかのある方向に曲がり、完全に私からは見えなくなる。

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