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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
1. 信用組合駅前支店
2/22

1-2. 惜別と慰留

 私は話を変えることにした。気遣いか、あるいは、改めて核心に向かう前の小休止や助走として。


 ――今年の祭りは、見ていかないの?


 無難極まりない話題を選んだつもりだったが、彼女は、虚を突かれたように、一瞬、微笑を失ってしまった。しかしすぐにまたそれを取り戻して、答える。


 ――もう来週には、完全に引っ越しちゃうので。

 ――ああ、そうだったかな。もう準備はしてるだろうから、それだけでも見ておいてもいいかもね。思い出に。

 ――でも、肝心の花が、まだ全然咲いてませんからねえ。残念ですけど。


 彼女は少しだけ眉根を寄せて、言葉の通りの感情を、その微笑みの上に表したが、それは私にとって好都合に思えた。だから、次の言葉を選ぶ思い切りができたわけだ。


 ――祭りだけでも、後から見に来たら? そのくらいの時間はとれるんじゃない?

 ――いろいろと忙しいでしょうから、難しいですね。もうそんなに戻って来ないと思いますし。祖父母と違って、両親は、自由にしていいっていうタイプですから。交通費もかかりますし……

 ――あー……そういうことは、僕も助けてあげられるんだけどね。今までみたいに。


 私が彼女の表情を注視しながら発した言葉に、彼女はすぐには答えなかった。こういうとき、つまり、何か私から申し出をしたときに、よく見せる微笑みを浮かべるだけで。それは普段の微笑みよりもいくらかはっきりとした笑顔で、どこかほのかにいたずらっぽくも見え、愛らしさを備えているように感じられた。まるで、子供が贈り物を受けることを喜び、そして期待しながらも、そういう様子を見せまいとしているような、謙虚でいじらしい様子に思えたからだ。この解釈が正しいのかは分からないが、ともかく、いくらかの複雑な感情を含んだようなその微笑みは、いつも私の胸を打った。だから、今そうするように、言葉や贈り物、提案を重ねたくなる。


 ――それに、向こうで生活を始めるとなると、いろいろと物入りでしょ? やっぱり、先立つものが必要になるんじゃない?

 ――もうずいぶんお世話になりましたから。照巣てるすさんに、これ以上甘えられませんよ。向こうに行ったら、ちゃんと自立したいですし。

 ――そうか……いや、実は、今度の満期の前に、正規採用に切り替える話も出てたんだよ。本部の方で、小夜さんを採りたいっていう話があったらしくてね。うちの支店としては痛いけど、小夜さんには良い話だと思ってたんだけどねえ。


 偽りとまでは言えない程度の誇張が含まれた私の言葉を聞いて、彼女は、驚きを表しているのか、いくらか表情を変え、きょとんとした顔になった。そして口が少しだけ開き、何か答えようとして、どうやらそれをやめたらしい。改めて、決まりが悪そうな苦笑に近い微笑を顔に浮かべながら、答える。


 ――は……あ、そうだったんですか。なんていうか……恐縮です。申し訳ないですね。今更になっちゃいますけど……

 ――いや、今からでも遅くないかもしれないよ。少なくとも、うちの方はね。少し待ってもらえば、また採用も出せると思うから。


 私の言葉には、さっきまでよりも大きくなった誇張と、さらに大きくなった好意が含まれていた。実際、言っていることに関する保証は、その内容が具体的になるにつれて薄くなっていったのは間違いないが、一方で、私の真心と言うべき感情もまた、いわば下心とは別に、もっと純粋で、強いものになっていったのは確かだった。たとえそれが叶えられるはずがないと頭では分かっていても、その気持ちに従わずにはいられずに、私は言葉を重ねたのだった。


 ――すいません、さすがにちょっと無理ですねえ。向こうの仕事も家も決まってて、手続きも終わってますから。

 ――ああ、いや、もちろん。分かってはいたんだけどね。やっぱり、いざお別れとなると、名残惜しくなってしまったから……まあ、もし戻ってくるなんていうことになったら、相談には乗ってあげられると思うよ。


 イントネーションを意図的に強調したり、彼女の目を覗き込むようにしながら言うことで、はっきりと直接的に言葉にはしないまま、私はある意味を込めて話したつもりだった。つまりは、これまでの、以前の非正規職員としての任期の途中から始まり、五年の満期の後の半年間の冷却期間を経て、また一年半前に始まり、今まで続いてきた、彼女との関係や、そこにあった二人の感情や感覚、官能、そして一番控えめに、しかし強調したいと思った、私が彼女に与えてきた恩恵、そういうものを。

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