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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
3. あるカラオケボックスの一室
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3-4. 鋭い舌、鈍い反響

 ――祭りの準備、してましたね。

 ――来る時に見た?

 ――はい。なんか、懐かしいですね。小夜さんと会った時のこととか、思い出しちゃいました。


 しみじみとした彼女の言葉で、私もそのときのことを思い出してみた。ちょうど一年ほど前、河原でのお祭りで職場として出店していたブースで。彼女と会ったのは、それが二度目だった。一度目はついさっき別れを告げてきた職場で、お客さんと従業員として。彼女は母親を持参して、預金口座を作りに来ていた。最近に比べると、ぶっきらぼうというかつっけんどんというか、そんな感じだった。まあ初対面で、しかも単なる事務手続きの相手なら、むしろそれが自然だろう。

 そのときのこと、彼女曰く「すごく親切にしてくれて楽しかった」こと(若いお客さんは珍しいから、はりきっていた気はする)を覚えていたらしく、河原のブースにいた私を見つけた彼女が、声をかけてきたのだった。そこで少し話して、これからも「お金のことで相談したい」からと、連絡先を交換した。

 お金と言っても、今私たちの間でやりとりしているようなドロドロした話ではなく、投資信託の課税優遇制度とか、そういう、将来的で、いわば健全なことだった。都会の大学に進学することが確実になってきたから、そこでの生活や、さらにその先に備えてということだったけれど、それにしてもしっかりした娘だと感心した。そして何度か連絡をしたり会ったりした後に、「P活ってどう思います?」という相談を切り出されたのだった。

 私には経験も知識もない世界を表すその言葉を聞いたときに、引き留めないどころか、彼女の想定していた相手が、公私両面、つまり職場とその外で私のよく知っている人だと分かって、私はうまくやる方法を一緒に考えることにしたために、今に至った。その相手が好都合な存在だったということも理由の一つだけれど、私にとっては、彼女の安全とかコンプライアンス(笑)とかよりも、彼女の利益や、私が共感した彼女の気持ちの方が、重要だったらしい。


 ――そうだったね。でも祭りが始まる頃には、お互い引っ越してるんだよね。

 ――せいせいしますよ、やっと見なくて済むんだなあって。馬鹿みたいじゃないですか、あんなの。川のあっち側の方だけ、祭りのためにライトアップだとか出店だとか。そういうことやってるだけで、街は汚いし古くさいし寂れたままだし。反対側のこっちは田んぼばっかりなまんまだし。桜の時期にしか来ない観光客相手に必死になってるだけじゃ、絶対そのうち、どうにもならなくなると思いますよ。それで一年分稼げるならいいですけど。農業でもいいし、せっかくそこにでっかい道路が通ってるし、大きな街も近いんだから、何か工場とか物流拠点でも誘致するとか、方法なんていくらでもあると思うんですよね。下手に伝統とかにこだわって片田舎のままにするよりも……っていうか、あんなの別に伝統でもないし、いっそ、そういう物を全部捨てて、将来のことを考えた方がいいかもしれないじゃないですか。駅の周りとか、綺麗にするだけでもだいぶ違うと思いますし。まあ、私みたいなガキが言ってもアレですけど……とにかく、もっと、この地元に残ること自体を選びやすくなるようにしないと、人なんて、出て行くだけじゃないですか? ……私たちみたいに。


 彼女の長広舌はぎこちなかった。言っていることはよく分かったし、ほとんど全部同意あるいは賛成できる。異を唱えるとすれば、辛辣な表現は避けた方が、かえって効果が出そうだということくらいだった。同時にそこには、自分の言葉が陳腐なものになっているのではないかという、恐らく的確な懸念、持って回ったような言い方をしてしまうことの苛立ち、それでもどこかで吐き出さなければいけないという衝動といったものが、色濃く表れていた。認識と、事実と、理屈と、感情(これはさらにその中で分裂している)のつなぎ目が、あまりにもはっきりと露になっている。例えばその憂いと険しさを帯びた表情に。

 彼女がそうやって話すのを微笑ましく思いながら、実際に笑って、私は黙って聞いた。それは決して嘲笑ではなかった。同じことを言っていたのが大人だったら、そうなるだろう。しかし彼女は子供だった。だからその不器用な感情は間違いなく本物であって、その不器用さのために信じる気になれるし、理解しようとしたくなる。たとえ、もうそんな羨ましいほどの感情の瑞々しさを持たない私には、本当の意味での共感などできないのだとしても。

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