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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
3. あるカラオケボックスの一室
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3-2. 密議

 照れたように笑う彼女が私を見つめ、少し言葉が途絶えた。ちょうどそのあたりで流していた曲が終わって、よく分からない映像と歌詞がそれまで映っていたモニターで、よく分からない宣伝の番組が始まったので、私が平べったい機械の手ごたえのないボタンを押して、手っ取り早く流す曲を選び始めると、彼女は立ち上がり、机に置いてあった空のコップを持って部屋を出て行った。


 ――やること、済ませちゃいましょうか。


 戻ってきた彼女には笑顔はなく、それはそれで自然なことだったけれど、単に無表情というのでもない、いくらか緊張しているような感じがした。似たような表情は、何度も見覚えがある。決まった話題につきものの。つまり、お金の話。そして決まって、彼女の方から早々と切り出すけれど、決まって少し言いにくそうにする。恥じらい、と言うには話題が俗っぽすぎるけれど、彼女の遠慮がちな、何度も経験しているはずなのに今でも初々しい様子を見ると、実際そう表現したくなる。


 ――そうだね。


 できればその恥じらいに付き合いたかったけれど、結局いつもと同じように、うまいやり方が見つからず、私は携帯電話で決済アプリを開いた。彼女も同じようにして、まず私たちの携帯電話を一度重ねるようにしてから、手際よく操作する。そして通知が来た。あっさりと終わる。いつもと同じ。ただ、金額の数字はそうでもなかった。ゼロが多い。


 ――今日は多かったんだね。

 ――そうですね、最後だからってことで。でも、なんか変な感じですよねえ。何にもないところからお金ができて、お札になって、また数字になるって。


 笑いながら言う彼女は、悪人の戯画を演じているようだった。実際そうだったのだろう。だから私も、それに乗ることにした。もっとも私の方は、戯画と言うのは無理があったと思うけれど。


 ――不思議だよねえ。誰かが、その人の名前で知らない間にお金を借りたことになって、それがATMで引き出せるなんて。

 ――悪辣ですね。

 ――そうでもないよ。ちゃんと、そういう人の名義にお金を貸してもいいですよって、偉い人の許可も、正しい手順でもらってるんだから。それに、勝手に引き出すだけじゃなくて、そのうち勝手に返済もしてあげるから、誰も損しないし、誰にもばれないからみんなハッピーってわけ。

 ――うまいことできてますよねえ、本当に。

 ――燕ちゃんもうまくやってるよね。うちで作った口座とか、そのときに発行したマイナンバーとか、ちゃんと活用してるもん。

 ――いやあ、なんか、嬉しくない褒められ方ですね。悪いことしてるみたいじゃないですか。


 笑い合いながら、屈託のない、そしてきっと裏表もない彼女の笑顔を見ていると、彼女の口にした「悪いこと」という言葉が、何か瑪瑙のように複雑な色合いを帯びてくる気がした。それはつまり、本物の悪いことがあって、自分はそれとは少し違うことをしているのだと言っていて、だとしても決して悪いことをしていないとは言えない――そんなふうに、後ろめたさとか開き直りとか、そういう感情が、いくつも折り重なっているように。私にとっては、「悪いこと」も、目的のために必要な手続き、利用できる仕組みという程度の、ただ冷たいだけのものでしかなかった。あるいは、完全に心からそう思い込むことができるようになってしまったと言うべきか。だから、彼女が抱いている(かもしれない)ような感情の複雑さ自体が、夕日のように、ずっと遠くに見えるものに思えた。

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