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転身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
3. あるカラオケボックスの一室
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3-1. 待ち合わせの女

 歌声のない歌が響く個室の中で、テーブルに置いていた携帯電話の振動の音が、妙にはっきりと聞こえた。手に取り、送られてきた内容を確認して、まずスタンプだけ送信する。それは乙女座を題材にしたキャラクターのもので、実のところその絵自体にほとんど意味はない。しばらくして、魚座をモチーフにしたスタンプが返ってくる。これも絵に意味はなかったりする。

 このやり取りが何のためなのかと言えば、要するに合言葉だった。肝心な本題に入る前に、今話しているのが誰なのかということを、確かめるための。つまり、相手が送ったものに対して、きちんと対応しているものを送るというのが、私たちの間での約束になっているというわけ。だから、似たようなやり取りは履歴にいくつも残っている。前回は、最初が乙女座なのは同じだったけれど、その後は射手座、魚座、双子座と続いた。この合図を決めたのは、私ではなく、連絡をしている相手の方だった。日常の中に占星術を編み込むという、素敵なセンス。そして教養。素敵すぎて、合わせるのが大変だけど。勉強にはなる。

 ともかくこんなやりとりというか、むしろ手続きを経て、私は細かい場所のこと、つまり今いる店の名前と、部屋の番号を伝える返事を出した。

 しばらくしてから、「着きました」というメッセージ。その直後、しかしいくらかの間、つまり私がそれを読んで、自分の送ったメッセージが既読状態になったことを確かめたぐらいの時間を置いてから、ドアがノックされ、彼女が入ってくる。


 ――こんばんは、つばめちゃん。


 姿をはっきり確かめる前に、私はそう言った。ところが、入ってきた彼女をよく見てみると、背の高さとか、高校の制服だとか、大まかな姿形は予想した通りでも、そうでもない部分が目に入り、全体の印象を改めて感じ取ってみると、ほとんど別人のようだった。もちろん間違いなく彼女ではあった。だけど全く違う姿になっている。おめかし、よそいき、換毛、羽化、そんなところ。

 アップにした髪にはところどころ鮮やかに灰色のカラーの帯が混じり、メッシュのようになっている。いくらか下ろした前髪の非対称な分け方や留めるピンの色、こめかみから垂らす細い髪の形にも気を遣われているのが分かり、全体としてほどよい軽さと明るい印象を演出していた。頬や目は控えめな色合いでさりげなく、しかし効果的に地の色や形を際立たせて飾られ、元の肌の艶と互いに引き立て合っていた。襟の閉じた高校の制服をきちんと着こなしているけれど、スカートはその中で、意外なほど大胆に見えるくらいには短かった。しかし、すらりとして毛の処理も完璧な滑らかで真っ白な足が、分相応の自信を見せつけるようにしながらそこから伸びているのを見ると、当然の選択のようにすら思える。


 ――今日は、すごくおしゃれだね。

 ――このスタイル、人に見せるの、初めてなんですよ。

 ――へえーっ……今日、会ってきたんでしょ? そのときもこうだったの?

 ――まさか。下ろしたら、カラーは全部隠れるようになってるんです。だから黒髪ロングでしたよ。メイクもさっき直してきましたし。あの人と会うときは、清楚系じゃないといけませんからね。


 私の視線というか観察に満足げに応えながら、彼女はテーブルを挟んで私の正面に腰かける。髪に触らせてもらったりしていると、さりげなく顔の向きを変えて、うなじの明るい髪の色、きっと前の相手に会った時には隠していたというか隠れていたらしい色を、自然と私に見せてくれた。髪が流れるのに合わせて、シトラス系の香りが、さりげなく、ほんのりと感じられる。


 ――でもスカートは、このくらいの方がウケが良いんですけど。

 ――うまいねー、さすが。どっちも似合ってるよ。メイクも、自然で上手。

 ――よかったぁ。小夜さよさんに、まず見せたかったんです。ていうか、褒めてもらいたくて。


 彼女はにっこりと笑う。言葉の通りに、屈託なく、うらやましいほど朗らかに。


 ――嬉しいけど、私の目で良いのかなあ……これからは、もっとおしゃれしないといけないのに。

 ――もちろん。自信になりました。引っ越す前に見てもらえて、良かったです。

 ――いよいよ大学生かあ。いい大学に入ったよねえ、さすが燕ちゃん。

 ――名前がアレなのが、まだ慣れないですね。今時、国立大で女子大ってのも珍しいですし。変じゃないですか?

 ――確かにねえ。でも、私も受験の時には、結構憧れてたよ。

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