【第一章 - 8】安全整備点検
「あとどれくらい?」
れいりたちは安全整備点検に向かうため、宿泊棟から続く樹路を歩いていた。
「まぁ大体15分くらいですかね…。しかし、検問所を通らなければなりませんのでおおよそ30分はかかるかと…」
「それなりにあるんだね」
れいりはため息を吐き、肩を落とした。
「まぁそんなことを言わずに、世間話でもしませんか?」
ルミナは後ろを振り返り、れいりを見た。
突然のことに驚きながらも、とりあえず当たり障りのない話題を振ってみる。
「ルミナは何で例の場所が普段閉鎖されているのか知ってる?」
「むしろそれは、今、私が最も答えを知りたい質問ですね…」
ルミナは少し足を止め、樹路の奥を見つめながら続ける。
「教会の記録には”高濃度魔力地帯のため閉鎖”とだけ記されています。ですが、実際にこの辺りに入ってから、魔力の変動も異常も、目立ったものはなにも感じられないんです」
「確かに重力にも異常はないし…。つまり、教会が嘘をついてるってこと?」
「…断言は出来ませんが、違和感は拭えませんね」
れいりはルミナの隣に並び、森の木々の間から差し込む光を見上げた。
「それはさておき、れいり様。先ほどおっしゃっていた重力とは、一体何のことです?」
「『高濃度魔力災害』って知らない?」
思わず足をとめ、れいりは振り返った。
「『高濃度魔力災害』何ですかそれ…?」
魔力という物質は、元から周囲の物質や生物を引き寄せる性質を持っている。
普段は微量。そのため、影響が表に出ることは殆どない。
しかし、魔力が高濃度状態になると話は別だ。
細かな砂粒から建物の瓦礫、人間の身体までーーあらゆるものが魔力の集中している一点に向かって押し寄せ、潰される。
この現象を『高濃度魔力災害』と呼び、過去には一瞬で街ひとつが形を失い多くの命が奪われた事例もある。
それほど大きな大災害だ。
「災害が起きる前の段階、つまり高濃度魔力地帯では、ここまで極端ではないけれど…少し重力が変わるんだよ。一点に引っ張られてる感覚があるはず…」
「そのような感覚がないからおかしい…そういう事ですか?」
その言葉にれいりはコクリと頷いた。
「それはそうと、『高濃度魔力災害』学校とかで習ったことない?でも、この災害は結構昔に予測出来るようになってるし…もう一部の学校でしか教えてないのかな?」
歩きながら、れいりは後ろを振り返る。
「分かりません。私、学校というものに行ったことがないんです…」
とても気まずい状況にれいりは言葉を失い、思わず立ち止まってしまった。
「れいり様お優しい方なのですね。でも、そこまで気にしなくても大丈夫です。私は学校には行きませんでしたけど、ちゃんと別の形で教育を受けていましたし、生活も充実しておりましたので」
れいりはほっと息をつき、ルミナに駆け寄った。
「よかった。てっきり事情があって通えなかったのかと…」
その瞬間、ルミナがわずかに俯いた。
「え、もしかして、その、生活が大変だったとか?」
それにつられるように、れいりも数歩後ずさる。
「え…もしかして当たってた?」
ルミナは小さく頷いた。
その気まずさにれいりはもう一度そっぽを向く。
「それで、私はセイシスト教会に保護されたんです。だから今、こうしてシスターをしています」
「セイシスト教会って子供の保護活動とかもやっているの?」
れいりは興味深そうにルミナを見た。
「はい。セイシスト教会はこの帝国中7ヵ所に大きな孤児院を持っています。私はその中の一つ、本部孤児院で育ちました」
ルミナは真剣な眼差しで、れいりを見つめる。
「本部孤児院。つまり、セイシスト教会の本部であるこの近くにあるの?」
「近く…というか、それがまさに先ほど話していた高濃度魔力地帯と記されていた場所。つまり、ちょうどすぐそこに…」
れいりは血の気が引くのを感じ、体がすくんだ。
高濃度魔力地帯に孤児院、普通であれば正気じゃ無い。れいりはなんとなく違和感を覚える。
ーーしばらく歩くと、樹路を渡っていた風が、ふっと止んだ。
耳に届いていた鳥の声も、いつの間にか遠ざかっている。
葉の擦れ合う音さえ消え、周囲は奇妙な静寂に包まれた。
わずかに肌を撫でる空気はどこか重たく、奥底で、何かに引き寄せられるような感覚がある。
やがて木々の隙間から、古びた建物が姿を現した、
石造りの壁に錆びた鉄格子の窓。
入口には「セイシスト教会付属 本部孤児院」と刻まれた看板が掛けられている。
れいりは思わず立ち止まり、その看板を疑うように見つめた。
「…ここが、ルミナがいた場所?でも、やけに静かなような…」
「ええ、ですがーー」
ルミナは小さく首を振る。
「今は寄らないほうがいいでしょう。任務が先です」
れいりは一瞬迷ったが、やがて視線を逸らし、再び歩きだす。
そうして、ふたりは孤児院を横目に見ながら、その先の検問所へと足を進めた。
やがて、検問所へ到着したれいりは二人の男性に声をかけられた。
「賢者・心虹れいり様とその補佐官であるセイシスト・ルミナ様ですね。どうぞこちらへ」
れいりは検問所の一角にある部屋へと案内される。
「えっと…これは…?」
れいりが尋ねたのは部屋の中央に設置されている丸い水晶のような物体。
「これは、ステータスを測る魔道具です。今から特別保護区域に入るにあたり、十分な実力があるのかを検査させて頂きます」
説明を受けたれいりはその魔道具にそっと手をかざした。
その瞬間ーー魔力を吸い取られる感覚が走り、周囲がぱっと光った。
〈ステータス〉
属性:虹
魔力:452M
武器種:剣「刀」
「この魔力量なら問題ありませんね」
ほっとしたようにルミナは言う。
続いてルミナが魔道具に手をかざした。
〈ステータス〉
属性:無
魔力:326M
武器種:銃
「ルミナって無属性なんだね、結構マイナーな属性だからあんまり見かけないかも」
「いや、れいり様の属性の方がもっとマイナーだと思います。虹属性なんて、そもそもあなたしかいらっしゃらないですから…」
「確かに…それはそうと、ルミナって結構魔力量高いんだね」
「まぁ、そりゃ色々とじっ……」
そう言いかけた瞬間、ルミナの顔が青ざめ、検問所の人から無言の圧を向けられる。
「も、申し訳ございません。なんでも…ないです…」
「それなら良いんだけど」
二人とも無事に検問所の審査を通過し、特別保護区へ入ることを許可された。
「それでは特別保護区に入る前に、今回の任務内容を改めて確認させていただきますね」
検問所の職員は地図を机の上に広げる。
「ここからゲートまでの距離はおおよそ片道5分。北西方向にございます。道中、魔物が出没する可能性はありますが、D級の生息地ですので、比較的安全かと思われます」
「D級魔物というのは、いわゆるゴブリンのことですよね」
「はい、仰る通りです。任務に関してはルミナ様から説明を受けていると思いますので省略を…」
そう言った時ーー部屋の空気がガラリとと変わった。
全員の視線が一斉に向けられ、その圧に押され、れいりは固まる。
まるで蛇に睨まれた蛙かのように。
「もし、ゲート付近で何かを見た場合は、必ず報告してくださいね?」
「は、はい…」
返事をした瞬間、空気は嘘のように元通りになり、誰もが何もなかったかのように振る舞い始めた。
「それでは、特別保護区へと…」
と言いかけたとき、遮る様に検問所の職員が話しかけてきた。
「少しお待ちください、このブローチを…」
手渡されたのは、精緻な金細工が施されたブローチだった。
「この先は魔力濃度がより一層高くなります。このブローチがないと危ないのです…」
「こちらは、ルミナ様へのブローチです」
職員がルミナにブローチを渡した瞬間、ほんのかすかに魔力が見えた気がした。
(まぁ、気のせいだよね…)
れいりとルミナは、渡されたブローチを首に下げる。
「では、用も済んだみたいですので特別保護区へ行きましょうか…」
何でだろう。今、一瞬だけ、ルミナが怯えたような目をしていたような気がした。




