【第一章 - 7】任務の朝
「おはようございます。れいり様、朝ですよ~」
耳元で響いた棒読みじみた声。れいりは目を細めながら毛布を頭まで引っ張り上げた。
「ん?おかあさん?まだ眠いから…おこはないでー…」
「れいり様、私はお母さんではありません。そんなことより『まだ眠いから起こさないで』なんて…普段どれだけだらしない生活をしているんですか…?」
もぞもぞと毛布から顔を出し、れいりはまぶしそうに瞬きを繰り返す。
「ん…ルミナ…か…え、ルミナ!?」
一気に目が覚めたれいりはばっと体を起こす。
寝癖がついた髪を、あわててぐしゃぐしゃと抑えた。
「はい、れいり様があまりにも起きてこないので、私が直々に起こしに参りました」
落ち着いた口調で言いながらも、ルミナの口元は、どこか困ったような緩みがあった。
まるで「まったくもう…」と呆れる姉のようだ。
「ごめん、今から急いで準備するからちょっとだけ待って!」
「かしこまりました。朝食の用意は出来ておりますので、準備ができ次第、ベルを使ってお呼びください」
ルミナは一例すると、足音も立てずにそそくさと部屋を出て行った。
れいりは鏡の前に座り、手櫛で髪を整えながら小さくあくびをする。
昨日の出来事が、まだ胸の奥にわずかに引っかかっているのだ。
けれど、今日の任務は待ってくれない。時を止められたらな、なんてれいりは心の中で呟いた。
* * *
支度を終えたれいりは部屋の隅に設置された銀の鐘を軽く鳴らす。
それと同時に「カラン…」という音が、静かな宿泊棟に響いた。
鈴の音を聞いたルミナが部屋にやってきて、そのままダイニングへと案内される。
案内された先には、すでにテーブルには温かそうな朝食が並べられていた。
「ちょっと気になることがあって…何で夜ご飯は無かったのに、朝ごはんはあるの?」
椅子に腰を下ろしながら、れいりは尋ねた。
「いいえ。夕飯はれいり様の部屋の机の上においておいたはずです」
「え、そうだったの…言われてないんだけど」
抗議するれいりに、ルミナは小さく咳払いをして話題を切り替えた。
「コホン。まぁ、それについては一旦置いておきましょう。本日の任務についてご簡潔に説明いたしますね」
ルミナはれいりの向かいに静かに腰を下ろし、テーブルに用意されていた書類を一枚広げた。
「今日はまず、最初に特別保護区と呼ばれる普段は閉鎖されている地区に入っていただきます。目的は、ゲート周辺および地区全体の安全整備点検です。セイシスト教会の規則により、セイシスト教会から補佐官が一人同行しなければなりません」
れいりはパンをかじりながら、目だけで「ふむふむ」と頷く
「私はその補佐官として同行いたします。整備状況や術式の異常についてのご質問は、その場にて承ります」
「うぅ…なんか。朝から頭を使う任務なんだね」
「食べながら文句を言わないでください。れいり様の能力はこの任務には必要不可欠なのですから」
「はいはい、分かってますって。とりあえず、パンおいしい!」
ルミナは呆れたようにしながらも、微笑みをうかべ、静かにカップに口をつけた。
ステンドグラスから差し込む光をぼんやりと眺めながら、れいりは大きく息を吐いた。
「ぷはーっ、食べた食べた!」
背もたれにぐったりと体を預け、満足そうにお腹をさする。
「本当によく食べますね、バケット三個もおかわりするなんて」
ルミナは呆れた様子を見せながらも、食器を片づけているスタッフに丁寧に一礼した。
「自分でもビックリだよ、普段は朝ごはんにこんなに食べられないんだから」
れいりは口元をナプキンで拭きながら、安堵したように微笑む。
「れいり様、安心している場合じゃありません。もう出発の時間です。そもそもギリギリまで食べすぎなんですよ…」
ルミナは立ち上がり、れいりの椅子を軽く引いた。
「だって、ご飯が美味しいんだから仕方ないじゃん。それに、よ食べる子はよく育つってよく言うでしょ?」
「美味しいのはまぁ、当然ですよ。専属のシェフが作ったものですから」
ルミナは鼻を高くして言う。
「それに、よく育つじゃなくて、よく太るの間違いじゃないですか?」
「そんなことないもん…」
れいりは椅子から立ち上がり、ぐっと体を伸ばしながら呟いた。
「でも、セイシスト教会って本当にすごいね、シェフまで雇ってるなんて」
「セイシスト教会を侮ってもらっては困ります」
立ち上がったルミナは、そのままダイニングを出ようと扉に手をかけた。
「あーぁ、お昼寝したい。ねぇルミナの膝借りちゃだめ?」
「だめに決まってます。私は神聖な人なのでそんなことしてると、いつかバチが当たりますよ」
「何そのいちゃもん…」
「はいはい、行きますよー」
ルミナに手を引っ張られ、れいりは強制的に外に連れ出される。
「行きたくない…」
「そんなことを言われましても、この依頼を引き受けたのはあなたですよ…」
「でもー」
「でも〜、じゃありません。ほら、早く行きますよ!」




