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楽園の祈り  作者: 大拓 陽
第一章 セイシスト教会本部孤児院

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【第一章 - 6】きっと、知らない方が幸せだったことは山ほどある

 宿泊棟は教会裏手に位置する建物で、渡り廊下を通って向かう。いりが足を止めて空を見上げると、結界の向こうで星がちらちらと揺れているのが見えた。

「この棟は、主に使節や特別賓客の方々が滞在される場所です。れいり様のような視認者が来られるのは本当に久しぶりのようですよ。最後に来られたのは…300年前?とかでしたっけ」


「視認者って…やっぱり、に珍しいんだね」

「はい。危うい存在ですので、そう簡単に視認者が生まれ続けては困ります」

 その一言にれいりは思わず足を止めた。ルミナはふと立ち止まり、れいりの方をふり返る。


「あ…。すいません、驚かせるつもりはなかったのです。ただ……」

 そこで言葉を切ると、ルミナは何か寂しそうな顔をした後、ルミナは優しく微笑み直した。


「れいり様なら、きっと大丈夫です。この場所の空気に飲まれさえしなければ」

 れいりはその言葉に上手く返事が出来なかった。


 ーーやがて、宿泊棟のエントランスにたどり着く。

 蔦に包まれた石造りの建物。その一角の部屋の扉の前で、ルミナは静かに止まった。

「こちらが今夜お泊りいただく部屋です。私も今夜はこの宿泊棟に泊まる予定ですので何か必要があれば呼び鈴でお知らせください」


「…ありがとう。ルミナさんもゆっくり休んで」

「はい。れいり様も、どうか無理をなさらずに」

 深くお辞儀をしながら、ルミナは去っていった。


 ーーギィ…。

 わずかに軋む音とともに、部屋の中へと足を踏み入れる。

 部屋の中は広く、美しく整っていた。ベッドはふかふかで、窓からは星空が見える。

「…今日は、なんだか…疲れた」


 寝巻きに着替えたれいりはベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げた。

 柔らかい寝具に身を沈めてもやはり気持ちは落ち着かない。

 それに、脳裏に浮かぶのは今日の出来事ばかりだ。


 教皇との対面。

 ステンドガラスに差し込んだ光。

 血のように見えた染み。

 そして、あの声。


 考えようとするほど思考が絡まり、頭の中で同じ場面が何度も繰り返される。

 特に、耳に焼きついて離れないのは、教皇のあの言葉だった。

 《ーーだからこそ、折れてはなりません。何があっても》


 毛布を引き寄せ、頭までかぶって目を閉じる。

 けれど、眠気は一向にやってこなかった。その時、れいりのお腹が鳴った。

「お腹すいた」

 なにせ、れいりはお昼から何も食べていない。お腹が空くのは当たり前である。


 れいりがポツリと呟いた直後、「コンコン」と控えめなノックの音が聞こえた。

「…今日こそ、オバケかもっ!」

 一気に背筋が凍り、れいりは布団に潜り込み布団をぎゅっと握った。


「れいり、れいり、れいり・・・・」

 呼び声が止まる気配がなく、ノック音もくり返される。


 逃げ場がないと判断したれいりは、意を決して収納魔法から自分の武器を取り出すとそっと扉の前にたった。

「ひーいっ!」


 悲鳴とともにドアを開けると、そこに立っていたのは呆れ顔のルミナだった。

「私はオバケじゃありません。なぜ私はすぐオバケ扱いされなくてはいけないのですか……」


 ため息混じりにそう呟くルミナを見て、れいりは目を見開く。

「ルミナ、なんでここに?」

 れいりは慌ててベッドに戻り、刀を抱えたまま腰を下ろす。


 それを見たルミナは呆れたように口を開いた。

「それにしても、何ですか、その武器は…?」

「これは、刀って言うんだ。まだミラグロスとガイアが同じ時代からある伝統的な武器でーー」


「それはどうでも良いのですが、もしかして、これで私に切りかかろうと……」

「そんなわけないじゃん…そんなこと…」

 視線が冷たい。


 じっと睨まれれいりは思わず冷や汗をかいた。

 れいりは必死に話題を変えようと、頭をフル回転させる。

「そもそも、なんでルミナはなんでここに来たの?それに、さっきより距離が近い気がする」


「別にいいじゃないですか…セイシスト教会の規則で、お客様には距離感を持って接するというルールがあるんです!今はオフなので問題ないからこう、距離を近くして話してるんですよ…」

 腕を組み、ぷいっとそっぽを向くルミナ。


 その様子に、れいりはクスッと笑い、からかうように言った。

「もしかして、おばけが怖くて来たの?」

 ルミナは一瞬むっとした表情を浮かべ、それからじっとれいりを見つめる。


「まぁそれが一概には無いとは言えませんが…。でも、本題は別にあります」

 ルミナは落ち着いた表情を浮かべ、れいりに言った。

「れいり様に、ひとつお願いがありまして…」


 ルミナは一度だけ周囲を見渡し、静かに右手を掲げる。

『結界式・オブストエーレ・サウンド』

 ルミナがそう言った瞬間ふわりと金色の光が手のひらから広がった。その光は薄い膜のような形に変化し、やがてその光は部屋全体を包み込んだ。


 そして、光はすぐに空気へ溶け込み、何事もなかったかのように消える。


「これで問題ないですね…」

『結界式・オブストエーレ・サウンド』とは、防音結界の一種でありその中でもかなり強度の高いものだ。

 思わずれいりは息を飲んだ。


 れいりの様子を見て、ルミナは言った。

「ここで話さなければ、もう二度と話す機会がない気がして…」


 ルミナの表情には、いつもの笑みは完全に消えていた。

 そこにあるのは、ただ真剣な眼差しだけで、それがまっすぐれいりの瞳を射抜いている。

「…もし、明日あなたが何かを見たとしても、何もなかったことにして欲しいんです。特に教会側には…」


「え…?」

「セイシスト教会は今や帝国の情勢まで左右出来るほどの組織、そんなセイシスト教会は民を洗脳し人を殺し続けてている。私がそう言ったらどう思いますか…?」


 そんなの、答えは一つしか無い。

(間違いなく…私も殺される。いくら三大賢者だって言ったって…もし、帝国全体が敵になったら?…そんなの多すぎて捌ききれない…)


「今の言葉を信じるかはあなたが決めることですけど…。私は本当に許せません…本当に」

 ルミナはそう言い切ると、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 その時ーー防御結界が解除される。


 そして、ふいに顔を上げ、れいりに向かって一歩近づいた。

 その表情に圧倒され、れいりは思わず体をすくめる。

「すいません、れいり様」

「…へっ?」


 バチン、と空気が弾けたような音がした瞬間、ルミナの右手から光がほとばしった。

 れいりが反応するより早く、身体が床に押し倒されていた。


 腕が背中にねじられ、視界が大きく揺れる。あまりにも突然の事過ぎて理解が追い付かない。

 でも、私を押し倒した瞬間、ルミナの右手から薄らと光が見えた。


(私に何か魔法をかけた?でも…)


「制圧完了。対象視認者には既にプランを実行。記録として処理します。監視系統、記録をどうぞ」

 耳に届いたその声は、まるで別人のようだった。


 冷たくて、無機質で、笑みの欠片もない。

(ルミナ…? 嘘でしょ…?)

 れいりの中で何かが崩れそうになったその時だった。


 耳元に小さな吐息とともに、別の声が滑り込む。

「…動かないで。これは監視を欺くため。今のは演技です」

 その一言に、れいりは安堵のため息を吐きそうになる、でもそれを必死に我慢した。


 ルミナは視線を一切動かさない。

 れいりを抑えつけたまま、まるで本当の敵であるかのようにふるまい続けている。

「対象は抵抗をみせましたが、規定範囲内にて処置済み。引き続き賢者としての行動は監視下に置きます」


 一言一句、あえて報告書調で紡がれるその声。

 ルミナは抑え込む役を演じきっていた。

 れいりは床に押し付けられたまま、その感触とともに、ルミナの全身から伝わってくる微かな震えを感じ取る。やがて、静かにルミナはれいりから手を離した。


「ご協力感謝します。賢者としての任務を全うされますよう、願っています」

 れいりは身体を起こしながら、視線だけでルミナに問いかける。

 ルミナは目を合わせることなく、ただ小さく呟いた。


「明日の記録碑石の件…たとえ何があってもその内容を果たして欲しい。私は、あなたなら出来ると、そう信じています」

 どこか寂しそうな顔をしたルミナは、そのまま静かに部屋を出て行った。


 その直後、れいりの耳元で声が響いた。

「ちなみに、さっきの魔法はれいり様の周りに結界を張っておりましたので魔法の効果はございません。どうかご安心を…」


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