【第三章 - 7】星は先を見通せる
甘猫がそう言った後、少女は無事落ち着きを取り戻した。
甘猫が職員に回復魔法をかけていると、少女は俯いたまま生気の無い声で言う。
「放っておけば明日の朝には死んでますよ……」
「はい。ですから回復魔法を施しているのです」
甘猫は少女の方を振り返った。
「貴方、セイシスト教会の孤児院出身なんですよね。この職員を何をしてきたのか全て知っているはず」
「えぇ。ですが、こう考えてみては?……死というのは本当の償に値するのでしょうか」
甘猫の返答に、少女は俯いたまま肯定も否定もしない。でも微かに口元が震えていた。そして、言う。
「そうですか……」と。
「貴方、妹さんがいるんですよね」
「まぁ……」
「ついこの間。話したのですが……とても優しい子でしたよ」
「羨ましいんですか?」
吐き捨てるように少女は言う。
「いいえ、私の母親は恐らく生きています。今は孤独だとしてもこの世界のどこかに血のつながった誰かが居ると考えれば、そう苦しくないものですよ」
「僕は貴方が羨ましいです……親が殺された憎しみを……知らない人がいるという事実が」
少女は悔しいような悲しい様な怒ったようなそんな複雑な感情を示していた。
甘猫は何も言わない。ただその場から立ち上がり少女の手を握りしめた。
ーーところで、この場にいないれいりは何をしていたのか。
それは、紛れもなく偵察である。内部設計を見ながら、どう脱出させるかルートを考えていたのだ。
「ふぅー」
れいりは大きく息を吐く。それから通気口から廊下へと飛び降りた。
「これは緊急事態だ」
別に職員に見つかったわけでも、子供に見つかった訳でも無い。子供があまりにも多すぎて、魔力が10000Mあっても足りない。
なのでれいりはこの事態を一刻も早く甘猫に伝えなくてはと、人に巡り会わないように気をつけながら建物からの脱出をはかろうとしていた。
でも、丁度その時建物内にサイレンが響き渡る。
「孤児院内に不審者が入ってきた模様、職員は直ちに地下シェルターへの避難を開始してください」
三大賢者であるこのれいりが不審者扱いされるとは……なんと常識が無いと思ったが、よく考えてみたられいりはトラップ的なものを踏んだりしてない。その上、監視魔法を受けた感覚も無かったので、きっと甘猫達の方で何かがあったのだろう。
そう思ったれいりは、そのまま甘猫達の居る外の方へと走り出す。
そして、建物の扉を開けた時目の前にあったのは信じられない光景だった。
武器を構え呆然と立ち尽くす甘猫。その横で詠唱をしている少女。そして二人の前に居る漆黒のドラゴン。
知らない種類のドラゴンであるが、とてつもなく強いのは誰にだって分かる。
その周りには強い風が吹いていて。
その光景を前にして、れいりは甘猫達に近づく。そして、震えた声で言った。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないのは貴方でしょう」
冷静に少女は言う。
「僕ならこのドラゴンを一撃で瀕死させることが出来ます。僕が魔法を撃ったら、すぐこの場を離れましょう。ここは長居する所じゃない」
その時、少女の周りに星空のようなものが渦巻いた。それから方目を瞑り、竜の眉間に指を向ける。
ーー次の瞬間。
空に浮かんだ魔法陣から堕ちた星は、丁度竜の眉間を貫ぬく。眉間をやられた竜はそのまま倒れ孤児院全体に大きな振動を響かせた。
この時代にイメージだけで魔法を完成させるのは中々に珍しいし、しかも竜の眉間を撃ち抜くなど調整がとても難しい技術を、この幼い少女はあっけなくやってみせたのだ。
呆然としているれいりを見て少女は言った。
「早く行きますよ」
それから外の方へと少女は急足で歩き出す。甘猫とれいりも少女の後を歩き出した。
「そういえば、何でさっきは職員と戦ってたの?」
無言で歩く少女に、れいりは問いかける。
「心中的なことでもしようかと……、このまま星の元へ行こうと思ってたんですよ。でも、お陰様で」
その声には別に悔しいとか、苦しいとかそういうものは無かった。ただ、燃え尽きた星のようなそんな声。
「どこまでも星がお好きなんですね」
「えぇ……。星は先を見通せる、今回の心中だって例外じゃありません。失敗する確率は99.99%だと、計算が出ていましたから」
「では、何故辞めなかったのです?」
「残りの可能性に賭けたかった。ただそれだけです」




