【第三章 - プロローグ】
「サマーヴァケイションだー!」
れいりは砂漠の真ん中で、大きな声でそう叫んだ。
「それはそうと、なんですかその大荷物…」
甘猫は呆れ気味に言う。
「みて分からない?旅行の荷物だよ…。ほら、サマーヴァケイションの醍醐味は無駄に多い荷物でしょ?」
甘猫はどこか納得したように「ふむふむ」と頷いた。しかし、何かを思い出す。
「れいり様、何がサマーヴァケイションですか…、そもそも、エリーナ様の命令で来ているのですよ?」
甘猫の言葉を無視してれいりは続けた。
「ほら見て、海行くために水着持ってきた……」
「あの…デゼルダにはもう海はありませんが……?」
「え、嘘…でしょ?」
れいりはとても悲しそうな目で甘猫を見つめた。
「本当です」
* * *
「デゼルダのギルドへようこそ」
デゼルダには検問所が無い。そのため、まず、ギルドへとやって来た。
「す、涼しいです」
甘猫はギルドに入った途端爽やかな顔に変わった。
流石、夏の砂漠というだけあって、外はとてつもなく暑い。途中までは馬車を使ったが、思ったよりもデゼルダの街は広かった。
その途中で、甘猫は半分溶けてしまったのだ。猫は液体というのはこういうことなのだろうか。
「あの、宿泊施設を探してるんですけど…」
れいりは、受付嬢にそう話しかける。その後、女性は一瞬目を細めた。
「れいり様じゃないですかっ!大変お詫び申し上げます」
今日のれいりはサングラスに、ポニーテール。それに三大賢者のローブを着ていないので気づくのに時間がかかったのだろう。
「いえ、今日はオフなので……」
と言ったところで、甘猫が横槍を入れるように言った。
「任務ですよ!それも、極秘任務」
「極秘任務…?」
受付嬢は困った顔で言った。甘猫は焦った様子で、顔を真っ青にする。
「ああああ、そそそそのっですね!」
「今回はオフで、秘湯を探しに来たんですよ」
「あ、なるほど」
受付嬢は、納得した顔をして奥の棚から一枚のパンフレットを取ってきた。
「それなら、ここなんかおすすめですよ。エディプス温泉。デゼルダの人なら必ず一度は耳にする有名な温泉です」
「ありがとうございます」
れいりはそうだけ言い残し、ギルドの一階に降りる。それからテーブル席に座った。
「唐揚げ定食と、リンゴジュース。あと、オムライスとアイスください」
そう言うと、スタッフは「かしこまりました」と言い、そのままキッチンの方へと向かって行った。
「あの、ありがとうございます。私が余計なことを言ったばかりに…」
甘猫は申し訳なさそうな目でこっちを見た。
「いやいや、良い宿も教えて貰えたし、全然問題ないって」
「それにしても、良くデゼルダは温泉が有名だって知ってましたね」
「まぁ、サマーヴァケイションですから。ちゃんと、観光ガイドでデゼルダは予習済みってこと」
自信満々にれいりは言う。
「だからなんですか、サマーヴァケイションって。普通に夏休み旅行で良いじゃないですか…」
「全然わかってないっ、サマーヴァケイションの方が絶対カッコいいの!」
「どこにカッコ良さを求めてるんですか…」
呆れ気味に甘猫は言った。
でも、今回の本来の目的は『サマーヴァケイション』などではない。
ーー1ヶ月前。宮殿にて……。
「童、久しいな」
『祝招の新月』からかなりの時が経ち、ルミナスタウンも猛暑に襲われるようになった頃…。つまり『晴天の月』になった頃の話である。
「お久しぶりですエリーナ様」
「エリーナ、お久しぶり」
その様子を見てエリーナは安堵した様に微笑んだ。
「元気そうで何よりだ」
エリーナは席に着き、書類を一枚取り出した。
「突然で済まないが、デゼルダに行ってはくれないだろうか」
デゼルダーー
砂漠に囲まれた都市であり、温泉の有名な地だ。夏休み旅行にくる者も少なくない。
それに、何よりも甘猫の出身地である。
「デゼルダの孤児院への偵察だ。状況により、潰してきても構わない」
甘猫は机の上に置かれた書類を手に取り、目を通した。それから、エリーナに尋ねる。
「しかし、デゼルダ孤児院の偵察はいつでも出来ましたよね?何で今更…」
「保証だ」
エリーナはキッパリと答えた。
「ただ、スパイみたいに偵察しに行っては身の安全が保証できない。それが先日、セレディア。カーロの占いがこう示したのだ。ーー『南西の砂漠地帯にカーロを継げしセレディアが現る』とな。それも孤児だと言うのだ。そこで、帝国は一番可能性の高いデゼルダの聖シスト教会孤児院に願い出た」
「その代表として、れいり様が行く。そのついでに偵察をして来いと…」
「そういうことだ」
エリーナは微笑みながら頷く。
「え…私の夏休みは?」
「夏休み?何のことです…」
絶望するれいりに、甘猫は聞いた。
「三大賢者休暇制度だ。三大賢者は帝国の雑用に回されることも多く、あちこち飛び回っている。だからこの季節は長期休暇を取るよう帝国の規則に書いてあるのだ」
「だから、私は三大賢者で稼いだお金で夏休み旅行にいこうと思っていたのに……」
れいりは今にも泣きそうな声で、甘猫にしがみついた。
「それはとても申し訳ないと思っている。だから、帝国から少し提案をしようと思っていたのだ。夏休み休暇を1ヶ月延長し、デゼルダの観光費、宿泊金をこちらが全て出す。これならどうだろうか」
れいりは素早くエリーナの手を握りこう言った。
「是非っ!」
それからここまでの移動で1ヶ月。こうして、今れいりは『サマーヴァケイション』を満喫しに来ているのである。
「お待たせしました。唐揚げ定食とオムライス。それに、アイスとリンゴジュースですね」
スタッフはテーブルにそれらの食事を並べ、そのまま去って行った。
「美味しそうですっ!」
目を輝かせた甘猫は、スプーンでオムライスをすくい、それを口の中に放り込んだ。
れいりも同じ様に、唐揚げを一口頬張る。
「何これ、めっちゃ美味しいんだけど…」
普段、ギルドで食事を済ませることは多いが、ここまで美味しかったことはない。
れいりが甘猫の方を見上げると、いつの間にか、オムライスは半分に…。
「あのっ!オムライスもう一皿お願いします!」
「甘猫って本当よく食べるよね」
デゼルダに到着するまでの旅で、れいりは気づいたことがあった。
それは、甘猫が大食いだということ。余裕でお皿二杯くらいは超えてくる。
あまりの食費に「初めて、私の家に来た時はガリガリだったのに…」と文句を言った。
すると、甘猫は「あれも作戦の一つだったんですよっ」とぷんぷんした顔で言ってきたのだ。
ーーきっと、世界の平和を守るのは可愛いこの一言だ。
可愛いは正義。
それから、甘猫のおかわりが四杯目になる所で、れいりは止めた。いつもなら、好きなだけ食べさせてあげるが、今日はそうともいかない。
「今日は、孤児院に行くんだよ?お腹の出たメイドが三大賢者の隣に立ってたらどうよ…」
「特に何も思いませんね」
「少しは、何か感じて…。まぁ、とにかく。今日は、これ以上はダメ」
れいりは定食を綺麗に食べ、端をお皿の上に置いた。
それから、無言のままそっと手を合わせ、荷物を背負ってからギルドの扉を開ける。
「ほら、甘猫。もう宿行くよ?」
「えー。少し待ってください」
最近こんな風に、甘猫にも自我が芽生え始めた。客観的に行動するのではなく、自分の意思で行動することにはとても成長を感じる。




