【第二章 - エピローグ】灯光の夜
灯光の夜、毎年『凍堕の季』の最終日から『祝招の新月』まで行われる。つまり、新年を祝うイベントということである。
結局、れいりは冤罪だったということで釈放されエリーナと一緒に廊下を歩いていた。
「そういえば、貴様がこのイベントに三大賢者として参加するのは初めてだったな」
「まぁね。でも、近所だから『灯光の夜』には何回も参加しているよ。そんなに問題はないと思う」
そこで、エリーナが足を止める。
「それなら話が早いな。ほれ、手を出せ」
れいりは一瞬戸惑った。『灯光の夜』の三大賢者の主な仕事は、警備、魔法を使ったパフォーマンスが基本である。
その中に、例外的な役割も存在している。
「れいり、貴様を今日の社交会に招待しよう」
『灯光の夜』の後の二次会的な場所で、毎年二次会が行われる。そう、三大賢者の例外的な仕事とはその場への出席だ。
「いやいや、絶対無理だって。こんな、私みたいな人が来たって、だれも何も思わないlって…」
そういうと、エリーナはポカンとした顔をして言った。
「しかし、シュタンもヴァンパイア族代表で来るのだろう?貴様は三大賢者になったばかりなんだ。色んな所に顔を出しておいた方が良いと思うぞ?」
エリーナだからこそ説得力がある発言だ。
れいりはどこか納得してしまい、エリーナの手を渋々触った。
「良い心がけだ」
エリーナは背伸びをして、れいりの頭をポンポンする。
嫌な時に限って、何か良いことがある気がするのはれいりだけだろうか。
それから、エリーナは大きく深呼吸をした。
「では、行くか。童」
その場所というのは、宮殿の最上階の一角にある部屋。
中に入ると、そこには大きな机。その周りにはいくつかの椅子。そして机の上にはフルーツが置かれていた。とても高貴な部屋だ。
それに、外のバルコニーへと続くような設計になっている。
「れいりちゃん、いらっしゃい。あら、エリーナ様も一緒なのね」
と、お母さんの声がした。
ここは、皇族と三大賢者、それからいくつかの貴族だけが入れる部屋。とにかく、それぐらい凄い部屋なのだ。
「ところで、貴様はどんな魔法でも使えるのか?」
ふと、思い立ったようにエリーナは聞いた。
「うーん。まだ、そんなにかな。大概の基礎魔法は使えるけど。まだ『神招魔法』とか、『契約魔法』とか、『祝招魔法』は使えない」
「まぁ、それらの魔法は条件が厳しいからな」
これらの魔法はちょっと特別で、ある条件を満たさないと発動することが出来ない。
まず『神招魔法』は例外を除いて、ミラグロス帝国の成人年齢を過ぎないと使う事が出来ない。別に禁止されているわけではなく、体が成長しきっていないので魔法の安定がしない為だ。
種族によって、成人年齢は異なる。人間は20歳、ヴァンパイアは23歳。獣人は種族にもよるが大体人間と同じ20歳前後だ。
つまり、17歳であるれいりにはまだ使う事が出来ない。
しかし、例外も存在する。『セイシスト』教会の信者は、属性が与えられる5歳以上から、魔法のセンスがある者は使う事ができる。
常に神に祈り、近しい存在だからこそなのかは分からない。
『祝福魔法』もそうだ。セイシスト教会、もしくは他の宗教に属して居ないと使う事が出来ない。
れいりは椅子に腰掛け、机に置いてあったりんごを一口齧った。
「あら、甘猫は来ていないのね」
れいりの方を見て、お母さんはそう言った。
「まぁ、色々あって……。って。そもそも、この部屋に甘猫は入れないじゃん!」
「そうだったわね」
お母さんは微笑みかけた。
「そういえば、もう一人の三大賢者は何処にいるのだ?」
お母さんは頬杖をついて少し黙り込む。それから、少しして口を開いた。
「リフレイトなら…。そうね、人間アレルギーが出てトイレに行ってるってとこかしら?」
「通常運転で何よりだ」
エリーナはそう言い残して、他の貴族の方へと行ってしまった。何が、通常運転で何よりなのだろうか…。
「ちょっと、れいりちゃんもバルコニーを覗いてきなさい。きっと、面白いものが見れるわ」
れいりはりんごを手にしたまま、言われた通りにバルコニーに出てみる。
街は昼間より一層に際っている。子供達が走り回っており、大人たちは集まって晩酌をしている。
特に、夜に照らされる蝋燭がとても綺麗で癒される。
バルコニーの柵によっかかりながら、りんごを齧り風景を眺める。意外と悪くない時間である。
「れいりちゃん。お酒はいかが?」
斜め後ろから聞き覚えのある声がした。ルーチェだ。
「申し訳ありません。私、アルコールが苦手で…」
ミラグロス帝国のヴァンパイアの成人年齢は23歳であるが、お酒は15歳から飲める。
ただ、れいりはお酒に酔いやすい。その上、あの何とも言えないふわふわいした感じが怖くて仕方がないのだ。
「じゃあ、血でもどうかしら?れいりちゃんはヴァンパイアなんだから、血を飲んでもりもり成長しないとねっー?」
ルーチェはそう言ってウィンクをして、グラスに入った赤黒い飲み物を渡してきた。
「ご冗談を……」
れいりは、半分笑い交じりに返した。
「ふふっ。安心してちょうだい、これはブラッドオレンジを使ったジュースだもの」
れいりは、ルーチェから貰ったジュースを手に取り一口飲んだ。
流石、宮殿だけあって味は酸味が少なく甘味と深みが多い。とても美味しいものである。
ヴァンパイアが血を飲むだなんて、一昔前まで流行った都市伝説じゃないか。
ヴァンパイアは血なんて飲まない。そもそも、あんなまずい味誰が飲めるのだろうか。ヴァンパイアという種族が他の種族に血を与えて、永遠の愛を誓ったり、寿命を無限にしたりなんて話は真実である。
しかし、こっちからしてみれば血を飲むだなんて、もう舌が拒絶してくる。
「それ、ニンニク入りだけど大丈夫?」
「えっ…」
れいりの顔は一気に青ざめた。
「あら、ニンニクがダメだっていうのは本当なのね…。嘘よ、入ってないわ?」
驚いたように、ルーチェは言った。
「ヴァンパイアは繊細な種族なのっ!」
「あらあら、そんなに怒らなくても良いじゃ無い?」
ルーチェはワインを持っている方とは反対の手を顔に添えて言った。
「別に、怒ってないし…」
れいりはそっぽを向いて言った。
「そ、そんなことより。ルーチェは他の人たちの話さなくても良いの?」
れいりの問いかけに、ルーチェは少し黙り込む。それから、口を開いた。
「そうね。それも大事だけれども、灯光の夜くらいは皇后を辞めたいのよっ」
別に、それはネガティブな声ではなく、無邪気に感じるくらいなものだった。
「灯光の夜はね、皆が仕事とか辛いこととかを忘れて、気を遣わずに遊びましょうってイベントなの。それは、私たちのような人類だって神様だって精霊だって幽霊だって、その中にある皇后だって例外じゃ無いのよ」
ワインを一口飲んだルーチェは外の景色をうっとりとした目で見つめる。
「綺麗でしょ?ここからの景色。みんなが幸せそうな顔をしている…」
街を見つめるルーチェの目はほのかに潤っていた。
それに気がついたルーチェは誤魔化す様にれいりに微笑みかける。
「ごめんなさいね。私、とっても涙脆いのよ…」
でも、その気持ちはれいりにも何となくわかる気がした。
「あの子はきっと才能がある。だかられいりちゃん、あの子のことは良く見て仲良くしてあげて欲しいの…」
あの子とは、多分エリーナのことだ。
そして、ルーチェは大きく息を吸い、その後ゆっくりと息を吐いた。
「何かとは言わないけれど、これからミラグロス帝国は大きく動く。だからーー」
ルーチェは続きを言わなかった。わざと言わなかったのか、それとも分からなかったのか。
その時ーー後方から声がした。
「あら、お母様にれいり様。何を話ていらっしゃられるの?」
「カーロちゃん。何か飲みたいものはある?」
ルーチェは後ろを振り返ってカーロにグラスを渡した。
「そうですね。北部のミサラントローネを一つ」
その言葉に、れいりは驚いた。ミサラントローネは白ワインであり、かなり伝統のあるワインである。
しかし、別にこれといった高級種ではなく、どちらかといえば庶民から親しまれているワインなのだ。
「何か問題でも?」
カーロはれいりの方を向いてそう言った。
「私だって、今日は皇女を辞めるのよ。いつもは、社交マナー的に高級ワインを飲んでいるだけで本当はこれが一番大好きなんですわよ。そもそも、あのお姉様の頭がおかしいだけです」
カーロは向こうで貴族と対談しているエリーナを睨みつける。
「あの子のせいで、私たちの品位が下がってしまいますわ」
カーロの発言に、ルーチェは微笑んだ。
「本当、笑い事じゃありませんことよ?お母様」
怒り気味にカーロは言った。
それを見て、ルーチェはもっと笑った。
「どう思います?れいり様」
カーロはれいりの方を見るが、残念ながられいりもくすくすと笑っていた。
「もう、何がそんなに面白いですの!?」
「なんでか分からないけど、とても可愛らしくて」
その時だったーー先ほどまで騒がしかった部屋がいきなり静かになったのだ。
れいりは、突然のことに驚き後ろを振り返る。
すると、突然その男はれいりに近寄り肩にポンっと手を乗せた。
「安心しろ。今日は、余も皇帝を辞めるからな」
それは、皇帝であった。
いや、あまりにも無理がある。いくらなんでも、絶対皇帝には逆らえないし、怖い。
れいりは、緊張のあまり平衡感覚を失う。自分が立っているのかすら分からない。
「先ほどは無礼なことをして、本当に済まなかった」
れいりの様子に気がついた皇帝は、手を下ろし、一歩後ろへと下がった。
「いえいえ。ぜぜぜ全然大丈夫ですっ」
「ほら、お父様。見てくださいませ!エリーナは灯光の夜だというのに貴族と商談をしているのですよ?」
カーロの文句に、皇帝は笑って返す。
「それの何が問題だというのだ。確かにあの子は皇女を辞めている。あれが本来やりたいことなのだよ」
「だからと言って」
「それの何が問題なのか、少しは考えてみてはどうだ?」
皇帝のその言葉に、カーロは誤魔化す様にワイングラスを回してーーそれをそっと口にした。
いや、真の理由は他にある。
「おじちゃん串焼き三本っ!」
「はいよっ!お嬢ちゃん」
店主は笑顔で、れいりに串焼きを渡してきた。
お金など払う必要はない、だって灯光の夜に出ている屋台は帝国からの補助金がでており、厳重にお金の管理がされているから。
そのため、串焼きは売っても売っても売れ残るほど用意されていた。
それからテーブルに、リンゴジュースと串焼きを置く。
れいりは、その串焼きを瞬く間に食べ終えた。
時間はまだある、三大賢者が民衆に出るのは夜の23時15分から。今の時間は22時30分である。
そんな時間も、飛行魔法を使えばあっという間。今すぐ要件を全て終わらせてしまおう。
「あら、れいりちゃん遅かったじゃない」
宮殿のバルコニーからワインを片手に夜空を眺めていたお母さんはれいりに向かってそう言った。
「ほら、もうそろそろ花火が始まるわよ?」
それを聞いて、れいりもバルコニーから空を眺めた。
打ち上がった花火は、メラッカの花の様に美しく咲き、そして散ってゆく。
花火というのはなんだか虚しく思えてくるものだ。散らなければ良いのにと思えてくるから。でも、こうやって散ってゆくのもある種の美しさなのだろう。
すると、お母さんはワインを片手に、指で何かを指揮する様に空中に指を滑らせた。
その場所には幾つもの光が生まれ、街は綺麗に輝き始めた。
基本的に、今回の演出はお母さんが担当することになっているので、れいりは特に何かをするというわけではない。
一応、皇帝の護衛に回れるように、とのことらしい。
花火が終わったタイミングで、皇帝はバルコニーの一番前に出た。
すると、大きな歓声が湧き上がる。
「皆の衆、灯光の夜を今年も迎えることができて、とても嬉しく思う。皆へ祝福を」
「エヴィラ」
皇帝がそう言うと、町全体にガラスや木のぶつかる音が響いた。
「エヴィラ、れいりちゃん」
お母さんにそう言われ、れいりもお母さんとグラスをぶつけた。
それからは、もう三大賢者の仕事は終わりだ。
皆と美味しいご飯を食べ、話をする。そんな時間がずっと続いた。
そして、ついにその時間はやってくる。
皆は手に、キャンドルの入った器を手に持つ。そして一斉にキャンドルに火がついた。
手に持った器は見る見るうちに空中へと舞い、たくさんのキャンドルについた灯火は星の様に輝き始めた。
これが「灯光の夜」と呼ばれる理由だ。
皆が、それをうっとりと眺めている。れいりも同じく、そしてこう祈る。
「来年は、甘猫も。そして、またみんなでこの夜を過ごしたい」と。




