【第二章 - 間章3】人を幸せにするのは美味しいスイーツだ
ーー6ヶ月後。
ミラグロス帝国はあっという間に優勢側に立ち、ほぼ勝敗が決まったようなそんな頃。
久しぶりにルミナは家に帰還していた。
最後の戦闘は来週。その戦闘で決着がつくと言われている。なのでそれまでの間、精神的な休憩を取って欲しいとのことだった。
そんなある日のことーー。
「ルミナーっ」
外から鬱陶しいほど大きい声が聞こえて来た。ルミナは「面倒臭い」とそれを無視し、片手に持った魔導書を読み進める。
「ほら見て、 新作のマカロン。これならルミナも食べれると思うよ?」
一体どこから入ってきたのだろうか。家の鍵は全て閉まっているというのに、ルミナの目の前にはカテリーナがいるではないか。
ルミナはため息を吐き、椅子からゆっくりと立ち上がってカテリーナの持っているバケットに入っていたマカロンを一口齧った。
「どう?」
確かにこの間よりかは甘味が減っているが、やはり喉がイガイガがする。
それを消し去るように、ルミナは机の上に置いてあったコーヒーでマカロンを流し込んだ。
その様子を見て、またもやカテリーナは何かを察したようにルミナの方をじーっと見つめた。
「何がダメなの?」
ルミナは純粋な質問に単純に答える。
「甘すぎます」
「マカロンっていうお菓子は甘いものなの……。ね?」
無言の圧力で押し倒そうとするカテリーナに、ルミナは淹れたてのコーヒーを差し出した。
それを飲んだカテリーナはすごく顔をしかめる。
「苦すぎるっ」
「コーヒーとはそういうものです」
ルミナは先ほど机の上に置いた魔導書をさっと取り、もう一度椅子に座った。
「リベンジしに来るからっ」
次の日、また次の日とカテリーナは何度もルミナに挑みに来た。
5日後ーー。
今日は裏庭で素振りをしていたら「ルミナ、今日こそっ!」と頭が痛くなるほどの声が聞こえてきた。
ルミナは素振りしていた剣を床に置き、バケットから一つマカロンを取り、口の中に放り込んだ。
それは、意外にも甘すぎない味だった。その時、ルミナは初めてマカロンが美味しいと思えたのだ。
「ふっふーん。マカロンの砂糖の量を少なくすると乾燥しにくくなって失敗しやすくなるんだ。だから、魔法を習得して、マカロンを結界の中に閉じ込めて、空気中の水分量を低くしてみたの」
鼻を高くしながらカテリーナは言う。
ルミナはそれを見て微笑んだ。
それに気がついたカテリーナは目を見開き微笑み返す。
「やっぱり、人を幸せにするのは美味しいスイーツだね」
その言葉にいまいちピンと来なかったのか、ルミナは「なんのことです?」と尋ねた。
「って、この間読んだ小説の主人公が言ってた」
ルミナはそれを無視して、素振りを再始する。
「そうだ、ルミナっ今日の夕方マカロン沢山持っていくからお茶しようよ」
「断ります」
「えーっ」
カテリーナは嫌味を言いながら家へと帰って行った。
それを見て、ルミナは安心して訓練を続ける。
* * *
ーーそれは、ルミナが家に帰った時のこと。
「お帰りルミナって、扉を閉めないで」
ルミナは確かに断ったはずだ。なのに、何故カテリーナがいるのだろうか。それからカテリーナは強引に扉を開けた。
「一体どこから入ってきたんですか」
「おしえなーっ」
「教官に言いつけますよ」
「それだけは勘弁して!本当に」
「じゃあ、どこから入ったのか早く言ってくだいさい」
「あそこの窓が開いてたから…」
カテリーナが指したのはリビングの一番奥にある窓だった。
「嘘ですよね……」
「こればかりは本当だって」
ルミナは窓の鍵を見にいく。確かに、そこにかけられていた魔術は消えていた。
きっと劣化していたのだろう。
ルミナは、窓に手をかけ、魔術をかけ直した。
「ほらね。言ったでしょ!お詫びにお茶会して…」
ーールミナの目は死んでいた。
「それでね。うーんと、あ、そうだ!彗星の魔術師様が私に手を振ってくれたの」
『彗星の魔術師』とは、丁度その頃の三大賢者。
水と光属性を併せ持つ彼は、彗星のような魔法を放つことからそんな異名がつけられた。
そんな彼は、三大賢者の中でも珍しくかなり人気のある魔術師だった。
顔である。とてつもなくイケメンだった。綺麗な白髪にキリッとした青い瞳に、愛嬌溢れる笑顔。
正直ルミナには良さがよく分からなかったが、カテリーナは『彗星の魔術師』のファンなのである。
そのおかげで、ルミナはカテリーナから『彗星の魔術師』の話を聞かされていた。それももう6時間も……。
痺れを切らしたルミナは立ち上がる。
「私はもう寝ます」
それから、ルミナはドスドスと洗面所の方へと歩き、歯を磨き始める。
そのまま寝る準備を済ませ布団の中に入った。
(なんなんですか。あの人は……)
* * *
「それでは、今日で最後の戦闘だ。心して挑むが良い。最後だからといって気を抜かないように」
と、教官は言っていたが、皆は完全に安心しきっていた。
それもそうだろう、だってミラグロス帝国は絶対に負けないと言われていたのだから。
ーーしかし、世界というのはそんなに上手くいくものでもない。
崖が連なる砂漠の中、ルミナは戦闘まで待機していた。
ーーその瞬間、世界が歪んで見え始める。
それは、ルミナだけじゃない。そういえばー『シリクス・リライル』に凄く似ている気がする。
でも、それは帝国だけで厳重に管理されている『五大術式』の一つではないか。
「ありえない」
ルミナはそう呟き、目に魔力を込めた。
すると、ある程度視界の歪みが消え、平衡感覚が保てるくらいにはなる。でも、これを続けながら戦闘をするなんてたまったもんじゃない。
でも、戦うしかなかった。それ以外の選択肢がない。別に誰かのためじゃない。自分が生き残る為にはそうするしかないと思ったのだ。
ルミナは戦場前線へと出た。でも、みんな死んでいた。致命傷で済むようなそういう殺されかたではなかった。
「レリフィエスト・グラスティア」
気づいた時、ルミナはそう呟いていた。
神招魔法「レリフィエト・グラスティア」は、この間読んだ魔導書に載っていた魔術であり、無属性が祐逸使える神招魔法だ。
相手陣地の上に突然として現れた魔法陣は色を変え無数の矢を降り注ぐ。
それはまるで一種の流星群のようにも見えた。
もう、ルミナの魔力は殆ど残っていない。神招魔法が禁止されている戦場で、ルミナはその禁術を使ってしまった。もう、殺されてもおかしくない。
でも、それがどうしたのだろうか。親の元へ逝くだけではないか。ギロチンにでもかかれば良い。
ルミナは唇を噛み締めて、空を見上げた。




