【第二章 - 間章1】ルミナの過去
良く晴れた日ーー。
孤児院の裏庭にて剣と剣がぶつかり合う音が鳴り響いていた。
「今日も、腕は鈍っていない様で」
苦笑いをしながらルミナの剣を一生懸命に受け止めるその姿を見てもとくにルミナは何も感じなかった。
「カテリーナ様はどうしていつもそう笑っていらっしゃるのですか?」
「それは…怖いんだよ」
カテリーナは震える声で言う。
理解できなかった。
ルミナはカテリーナの剣を振り払い剣を首の間近で止める。
生気の無いルミナの目を見て、カテリーナは今日も微笑む。
やがて二人は手に水を持ちベンチに座った。
「ルミナって死ぬのが怖く無いの?」
そんな純粋な質問すらにもルミナは怒りを覚えた。
感情で生きている人を見ると何故か心の底から燃える様な熱いものが込み上げてくる。
ルミナが一番嫌いなのは『感情』いや『感情からくる行動』である。ルミナは感情に動かされる人が嫌いだ。特に『同情』というのは気持ち悪くて吐き気がしてくる。
黙り込むルミナを見て、カテリーナは心配そうに「大丈夫?」と尋ねた。
しかし、ルミナはそれを無視して、自分の部屋へと戻っていった。
セイシスト教会の孤児院の中でもここはかなり良い場所だ。
だからこそ、どの孤児院よりも設備が整っており一人一人に部屋がいや、家が用意されている。
荷物を全て元の位置に戻したルミナは、布団の上に横になった。
ルミナが孤児院にやってきたのはつい最近のことだ。
親は商売人だった。
親の親友は盗賊だった。親友が倒れたという知らせを聞いてお金を貸した。でも、親友が病気だったなんていうのは嘘で、そのお金は5大術式の一つ『エレボス』の研究のお金へと加算させられていたのだ。
不運なことに、その後『エレボス』の研究が帝国にバレ、親もその協力者として首を切られたのだ。
でも、親が目の前で首を切られる姿を見てもルミナは何も思わなかった。
なんなら(だから、感情に動かされるのは危ない)と思ったくらいである。
ルミナは布団の上で一人涙を流していた。
何故だか分からないけれどあの日から、涙が止まらない。別に悲しい訳じゃ無い。我慢している訳でもないのにだ。
「何故、私は泣いているのでしょうか…」
その声は微かに震えていた。
* * *
1ヶ月後ーー。
後に『悪天使の残虐劇』と呼ばれるほどの戦争が勃発し始めた頃ーー。ルミナは自分の家の前にある郵便ポスト入れの中を確認した。
その内容は想定していた通り戦場へ派遣されること。
別に、ルミナは何も思わなかった。
セイシスト教会は帝国と同等の存在価値があり、帝国とも協定を結んでいる。
だからこの頃のセイシスト教会は孤児を戦場へ送り出すのは当たり前だったし、今更驚くことでも無い。
中には泣いている人もいたし、友達同士で抱きしめあってる人もいたけど、ルミナはこういう人で戦場で死んでいくのだと、そう思った。
それからルミナは戦闘用の服に着替えてから、手紙に集合場所と書かれていた裏庭へと向かった。
この戦争は、ブレアス教とセイシスト教会によるもの。
『悪天使の残虐劇』と呼ばれるのにも理由がある。死傷者398万5431人もの大きな戦争だったからだ。
この頃のミラグロスはかなり沢山の国があり、ミラグロス帝国を象徴するのがセイシスト教会。
その隣国、ゼラレリスを象徴するのがブレアス教であった。
その二つの宗教は勿論のこと信者を増やしたいわけで、両国の小競り合いは日常茶飯事だったのだが、ブレアス教が優勢を示したことにより戦争が勃発したわけだ。
「これから貴様らには北の国ゼラレリスへと赴きブレアス教と対峙してもらう」
教官の言葉に、皆は「はっ」と一斉に返事をした。
「出発予定日は今日から一週間後。それまでに物資補給や戦闘準備、遺書など自由に過ごしておけ」
解散したルミナがやることはただ一つ。
戦闘準備である。
ルミナが裏庭から出ようとすると、誰かがルミナの手を掴む。ルミナはそれを振り払ってから後ろを向いた。
「ルーミナ。えっへへ、びっくりした?」
「いいえ。どうせカテリーナだと…。何か用ですか?」
「いや、別に。ルミナはこんな状況でもいつもと変わらないんだなって思って」
「まぁ、そうですね。どうせこういう日は来ると思っていました」
「じゃあ、そんなルミナに今日はとっておき。良い物見せてあげるよ」
カテリーナはルミナの手を取って、陽気にスキップしながら歩き始めた。
ルミナはその手を容易に振り払うことができたが、今は何故だかそうする気にはなれなかったのだ。
連れて行かれた先は思っているよりも遠い場所だった。
セイシスト教会孤児院から少し離れた街。
そこはなんという街だっただろうか…、海のすぐ近くで海岸沿いには階段上に連なる家が沢山あった。
「本当はダメだけど、たまにこっそり抜け出して来てるんだよね」
気まずそうに言うカテリーナの右手には美味しそうなフレッシュスムージーがあった。
海沿いのカフェに入ったルミナ達は「最後に」とカテリーナの提案で甘いものを食べることにしたのだ。
「でも、ほら。もう外出ても何も言われないし…。従順なルミナでも気にならないでしょ?」
「私はそんなに従順な人間じゃないです」
「え?そうかな。私には従順な人にみえるんだけどなー」
従順なのは感情に従う人間のことであって、ルミナは全然従順なんかじゃ無い。
結果的にそう見えてしまうだけだ。
ルミナは、机に置いてあったフルーツスムージーを一口飲む。
「ほら見て、これマカロンっていうんだ。すっごく美味しいんだよ」
カテリーナが差し出してきたその『マカロン』というお菓子は不自然な程に鮮やかな色彩をしていた。
拒絶する隙もなかった。強引に口の中に押し込まれた物体は、まさに砂糖の塊といった所だろうか。甘ったるくて、喉がイガイガする。
「どう?美味しいでしょ」
期待に満ちたカテリーナの瞳。ルミナが無言でスムージーをすすると、彼女は何かを察したのか、気を紛らわすように残りの菓子を瞬く間に平らげた。
「ルミナ、まだいる?」
空になった皿を見て、カテリーナが申し訳なさそうに聞いてくる。
ルミナは首を横に振り、残りのスムージーを一気に飲み干した。
結局、代金はルミナが払った。カテリーナは全財産を使い果たしていたらしい。
「ごめんねルミナ。…私、お金もう全部使い果たしちゃったんだった…」
申し訳なさそうに謝るカテリーナにルミナは「別に…」とだけ言い残し、無機質な表情で孤児院の方角へと歩き出した。
カテリーナはルミナの腕を掴み微笑んだ。
「いやいや、今回のお楽しみはこれからだよ!」
「帰ります」
「いやいやいや」
必死に食い下がる彼女の熱量が鬱陶しい。カテリーナの腕をルミナは冷たく振り払った。
「仕方ない…。じゃあ私だけで見るよ」
怒り気味にカテリーナは吐き捨てる。
しかし、ルミナはなりふり構わずそのまま歩き続けた。
「でも、ちょっと待って。この言葉は覚えておいて欲しいの『世界は思っているよりも狭くて、想像しているよりかは遥かに広い』って」
遠くから聞こえたその言葉。それを気にするはずもなくルミナはそのまま孤児院の方へと歩き続けた。




