【第二章 - 27】今日も祈りを捧げる
ルミナはセイシスト教会の聖堂礼拝室で祈りを捧げていた。
いつもはセイシスト教会本部の礼拝室で祈っている。しかし、ルミナはもう迂闊にあそこに立ち寄れない。
午前中、それも冬。大理石で出来ている聖堂はいつも以上に冷え込んでいて、周りには誰もいない。
だからこそ、どこか安心できるのだ。
上から差し込む暖かい光がルミナを包み込む。
そして、ルミナはこう祈るのだーどうか、これ以上崩壊しませんよう、お救いくださいませ。
すると突然、礼拝室の扉が静かに開く。
ルミナは反射的に座ったまま首だけを後ろへと向けた。
そこにいたのは、長いローブにフードを深く被った男。その隣にいたのは金髪をハーフツインテールに結び緑とオレンジ色のオッドアイをした少女だ。
「ルミナじゃん!」
向こうから近づいてくるれいりを見て、ルミナは後ろ側を向くように立った。
「お久しぶりですね。今日はどうかされたのですか?」
すると、隣に居たリフレイトが口を開く。
「えぇ。ここにプロソポンがいるので……」
その震えながらもどこか確信があるようなその言葉、ルミナは目を見開き、それから微笑みかけるように尋ねた。
「何故。そう思うのです?」
それから、リフレイトはローブの裾からエリーナからの手紙を差し出す。
その瞬間ーー。リフレイトの肩に黒いモヤモヤした黒い影が見え始め、それは段々と形を変えていった。
それは上位精霊のカラスーリフレイトの使い魔だった。
「ルミナ様お久しぶりです」
そのカラスはそう言う。
上位精霊とは、基本的に動物に属さない物、魔力から構成される突然変異の動物だと定義されているが。
どうやら、リフレイトの使い魔は普通のカラスであるが、上位精霊と同様の力を持ち、人間の言葉を話すことができるのだ。
名前は「ミスター・グレィ」
「お久しぶりですグレィ様」
ルミナがお辞儀をすると、グレィは話し始めた。
「リフレイトの代行で話させていただきます。まず、その手紙。それはエリーナ様から受け取った物。これを見たリフレイトは、すぐにこの使い魔であるグレィをルミナスタウンにあるセイシスト教会の聖堂まで派遣しました」
「まずは、ルミナ様の近辺を調べるように命じられたのです。ですから、私は聖堂の中へと侵入し、調査しました。すると巨大な地下空間があったのです。通常聖堂の下には異物や聖人の骨などが置かれている。しかし、セイシスト教会本部でも無いのに必要以上に広すぎる。まるで人が何人か暮らしているような……」
ルミナは目を瞑った。
それから、ゆっくりと目を開けて後ろを向いた。それから、礼拝室の窓から差し込む光をうっとりと見つめる。
「それで、どうするんですか?」
「殺す……」
リフレイトは無機質にポツリと呟いた。
「そうすると、もしかしたら甘猫と敵対することになるかもしれません」
「大丈夫だよ。甘猫は少なくとも私たちを傷つけないよ」
「それでは、私も同行しましょう」
ーールミナは、礼拝室の左奥にある部屋に入り、ドアノブにそっと手を触れて鍵を開けるための魔術をかける。
『ガチャ』と扉が施錠した。
「私は……」
ルミナは鍵を手に取る。
「私はー」そして、そのまま鍵は床へと落ちた。
部屋から出てきたルミナは生気が失われていた。それに、片手に持っていたのは鍵なんかじゃない。鋭く光る短剣ーー
「ルミナ…?」
でも、れいりの声は届かない。ルミナが吸い込まれるように一歩踏み出し、刃物を突き出した瞬間ーー。
れいりが倒れた。
その刃物はれいりの腹部を直撃したのだ。
あまりの痛さに倒れこんだれいりは、ルミナの方をなんとか見上げた。その顔は笑っていたが、目から涙が出ていたことにれいりは気がつく。
「あなたはいつから、私を信用…セイシスト教会を信用していたのですか…?」
ルミナは息の荒い声で言う。
あの時と同じーー。
それは、前にプロソポンに見せられた幻覚と似たものであった。
リフレイトが手を伸ばしたその瞬間ー体全身の力が一気に抜ける。
身体的脱力魔術を使われてしまった……。このままだと、到底1時間は動けない。
ルミナは目を瞑る。
しかし、ルミナはある違和感を覚えた。
「ルミナ。まぁ、良くやったよ」
真上から聞こえてきたルミナが大嫌いな声。
ルミナは思わず歯を食いしばった。
プロソポンがルミナに触れた瞬間、ルミナにかけられていた身体脱力魔術が解除される。
それから、ルミナは目を開けてゆっくりと体を起こした。
「…また私を洗脳しましたね」
憎しみに満ちた声でルミナは言う。
それを見て、プロソポンは微笑んだ後ルミナの頭を撫でた。
「可愛い子犬ちゃん。そんなに怒らなくっても良いんじゃない?」
「誰が犬ですか……」
「いや、猫と来たら犬でしょ」
プロそポンが見た方向に連れられてその方向を見ると、思った通り甘猫が居た。
「私は、猫ですが…。獣人の方です」
「まぁ、別に良いじゃん。ほら、君の故郷では猫は女神なんでしょ?」
「そうでしたっけ…。あまり記憶がありませんね」
それからプロソポンは大きく深呼吸をしてから、ルミナに問いかける。
「さて、君は僕のお気に入りだからべつに客席に引き込むつもりはないけれど…。これからどうするか作戦会議を立てようか…。あ、ちなみに僕は儚く消えるつもりだから」
「消えるって言うのは具体的に?」
「えっとね…プロソポンという役を捨てて、新しい狂人になろうと思って…。ほら、一番美しいのはやっぱり人が死にかけるときの演技でしょ?」
法悦に愉悦彼の生涯はこれに限る。もう法悦を感じたいなら人に迷惑をかけないで欲しいとルミナはつくづく思っている。
別に、プロソポンは殺人鬼なんかじゃない。ただ最初から殺す気なんて微塵もない演者だ。
だって、ルミナに洗脳魔法をかけて殺させようとさせたのに、そのナイフにはヴァンパイアを殺すための薬なんて塗られてなかったし、なんなら隣にヒーラーまでいた。
どちらかといえば殺人未遂鬼だろうか。あったとしても、大概ショック死な気がする……。
だから帝国はプロソポンを指名手配にしているのにも関わらず刑は投獄三年なのだ。
(そもそも捕まえる意味など…)ルミナは思わずため息をこぼす。
それからゆっくりと立ち上がって、近くにある小部屋の中に入った。
ルミナがセイシスト教会を信仰する理由。それはただ単に孤児院に入ってシスターになったからとかそういう理由ではない。
人間に限らずどの生物に限ったってどうにも解決できないものはある。
良く言われるのが「死」というものだ。
ヴァンパイアだって寿命は無限にあっても、太陽の光に当たったり、ヴァンパイアを殺す薬を使われたら死んでしまう。
ルミナは昔から死というものにあまり興味が無かったんだ。




